コーヒーで旅する日本/東海編|おひとり専用喫茶がもたらした、吸い込まれるような静けさが心地いい。「星屑珈琲」
東海ウォーカー
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも名古屋の喫茶文化に代表される独自のコーヒーカルチャーを持つ東海はロースターやバリスタがそれぞれのスタイルを確立し、多種多様なコーヒーカルチャーを形成。そんな東海で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

東海編の第10回は、名古屋・本山にある「星屑珈琲」。東海エリアには珍しい夜型のカフェとして、2017年にひっそりとスタートした。マイペースに営業していたところをコロナ渦に見舞われ、思い切って「おひとり専用喫茶」という営業スタイルへと舵を切った岩井啓悟さん。「あまりにぎやかな場所が得意ではないので、静かな空間を大事にしたいという思いが創業当初からありました。自分でもいろいろな店に行きますが、そういう静かな場所というのはあまりに少ない。だから、コロナ禍の今だったらこういう営業スタイルも試せるかなと思って」。その結果、店の個性はより確かな輝きを放ち始めた。

Profile|岩井啓悟(いわい・けいご)
1983(昭和58)年、愛知県名古屋市生まれ。過眠症の発症をきっかけに、勤めていた会社を辞めて一人でも営業できるコーヒー店主への転身を決意。約4年かけて準備を進め、2017年に「星屑珈琲」をオープンした。コロナ禍の2020年、短期間だけ「おひとり専用喫茶」として営業し、2021年1月からは完全に現在の営業スタイルへと移行。
コンセプトは「群れない魂の止まり木」

交通量の多い名古屋の大動脈・広小路通りから少し北に入ったビルの2階に、ひっそりと店を構える「星屑珈琲」。地下鉄東山線本山駅からすぐという好立地にも関わらず、濃密な静寂をまとっているコーヒー店だ。街の喧騒から逃れるように扉を開けると、たったひとりで店を営む店主の岩井さんが優しく迎えてくれる。

店内を満たすのは深い焙煎香。奥に進むにつれて、時間の流れがスローになったかのような錯覚に襲われる。ポツン、ポツン、と離れてお客が座っている様子は、店のコンセプトである「群れない魂の止まり木」そのものだ。「当店は『おひとり専用喫茶』。ふたり以上でご来店いただいた場合は、心苦しいですが、たとえ『離れた席』でも『喋らなく』てもお断りしています」と説明を受け、その徹底ぶりには感心するばかりだ。

「ひとりで店を営んでいるので、コーヒーの抽出中などお待たせすることもあります」というが、店内には岩井さんの私物である本がたくさん置かれていて、そんな時間もまったく気にならない。むしろ、スローな時間にどっぷりと浸ることで、心のこわばりがほぐれていくような心地がする。

コーヒーは浅煎りから深煎りまで幅広いラインナップ。深煎りはネルドリップ、中深煎りと中煎りは松屋式ドリップ、浅煎りはハリオV60によるペーパードリップ、と豆の個性に適した方法で抽出される。2022年からはレバー式のエスプレッソマシンが導入され、カフェ・ラテもメニューに加わった。焙煎はすべて手回しロースターで行われる点にも、コーヒーに対する美学のようなものを感じる。
豆の様子がダイレクトに伝わる手回し焙煎

一般的な焙煎機に比べて、手回しロースターが一度に焙煎できる量は圧倒的に少ない。商用利用するにはかなり手間と時間がかかるが、それでも岩井さんが手回しロースターにこだわるのはなぜか。

「最初は手網で焙煎を始めたのですが、手回し焙煎の第一人者である大坊勝次さんに少し憧れていたので、手回しロースターを使ってみようと購入しました。それが、今も現役で使っている銅製の機体です。さらにもう1台、大坊さんが監修したフジロースターの鉄製の機体も購入しました。1キロまで焙煎できるので、メインはこちらを使用します。ひと言で手回しロースターといっても、銅製と鉄製ではまるで別物を扱っているような感覚がおもしろくて、ふたつとも使い続けています。今のコーヒー業界最先端を行く人たちは、デジタル技術を駆使していると思うんです。だけど、手回しロースターのよさは、アナログなところ。豆の水分がだんだんなくなっていくと、回す感覚も豆の音も軽くなっていきます。煙の量や香りも重要なポイント。極力、数値としては何も計測しません。身体感覚とともに焙煎するのが楽しいんです」

浅煎りは熱伝導率のいい銅製を使用。柑橘の皮のようなドライな酸味を出しつつ、決して生焼けにならないギリギリのポイントを意識している。苦味の奥の甘味を引き出すために鉄製でじっくり熱を入れていく深煎りと比較すると、焙煎時間は約半分で完了するという。「実は、創業時から使っている豆のラインナップはほぼ固定。何百回も焙煎をしていると当然その銘柄に対する理解は深まっていきますが、同時にそれまで知らなかった新たな表情にも気が付いていきます。焙煎は『生豆の個性を引き出す作業』というより『生豆と焼き手の個性のぶつかり合い』と捉えているので、相性のいい豆とは長く付き合っていきたいです」
ネルにしか出せないとろみがある

焙煎は手回しロースターにこだわるが、抽出はさまざまな方法にトライ。なかでも「個人的に深煎りのコーヒーが好き」という岩井さんが最も楽しそうに抽出しているのが、ネルドリップだ。

「まずは点滴のようにポタポタと1滴ずつお湯を落としていき、十分に蒸らします。それから粉の膨らみ具合など全体的な雰囲気を見ながらお湯を差す速度を調整していきます。深煎りの豆を抽出する時はお湯の温度が低いこともあり、サーバーも温めて、抽出完了時の温度が下がりすぎないようにすることがポイント。ネルドリップだと抽出し終わるまで4、5分はかかりますから(笑)」

そうしてできあがったコーヒーは、ネルにしか出せないとろりとした飲み口に。「深煎りの場合、このとろみが大事なんです。ペーパードリップではどうしてもこのとろみが出せません」。焦がしの風味を強めに仕上げた自家製のプリンと一緒に味わえば、最高のペアリングが完成する。
非効率を極めた先に見えた、やすらぎの時間

開業する前から「こういう店にしたい」とさまざまに想像を巡らせていた岩井さん。店名の「星屑珈琲」は、そんな将来を思い描いていた時に浮かんだ店名候補のひとつだった。「ある時、イラストレーターをしている義姉(兄の奥さん)がこの店名を気に入ってくれて、架空の店をテーマに版画展をすることになったんです。私がコーヒーにまつわる短い文章を書き、それを元に義姉が版画を刷るというものです。個展会場で私は出張コーヒーをしていたのですが、なんと突然大坊さんがいらしてくれて驚きました。後にも先にもあの時ほど緊張したことはありません。でもそのおかげで、静かな夜を過ごすひとりの時間を届ける店ができました。おひとり専用、手回しロースター、豆に合わせたさまざまな抽出法など、思えば非効率なことばかりをやってきましたが、こういうのもありかな、と思っています」

「開業前は、ひとりで過ごす静かな空間というのは膨大な需要が眠るブルーオーシャンだと思っていました。しかし、実際やってみて分かったのは、こんなやり方では全く儲かるはずがないということ(笑)。でも、ある意味私のような独身で家庭を持っていない男にしかできないスタイルだと思うので、ニッチな部分を担っていきたいと思っています」
岩井さんレコメンドのコーヒーショップは「吉岡コーヒー」
「名古屋・桜山の『吉岡コーヒー』は尊敬するコーヒー店のひとつです。定期的にネパールの農園に通い、単なる『視察』ではなく『長期滞在』をされている、ネパール推しの店。連載第9回目で紹介されている『コクウ珈琲』で開催されたイベントをきっかけに交流が始まりました。私のコーヒーが平面的な絵だとするなら、吉岡さんのコーヒーは彫刻。立体的な香味の表現が素晴らしいと思います」(岩井さん)
【星屑珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル手回しロースター鉄製1キロ、特注手回しロースター銅製500グラム
●抽出/ハンドドリップ(ネル、松屋式、ハリオV60)、エスプレッソマシン(ラ・パボーニ ユーロピッコラ)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/なし
●豆の販売/100グラム700円~
取材・文=大川真由美
撮影=古川寛二
※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。
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