コーヒーで旅する日本/四国編|港町で出会った人の縁に導かれて。松山に新たな憩いのスタイルを広める「ICOI COFFEE」の現在地
東京ウォーカー(全国版)
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

四国編の第19回は、愛媛県松山市の「ICOI COFFEE」。松山の海の玄関口・三津浜で創業し、2023年には、市内中心部に2号店をオープン。近年、松山のコーヒーシーンを牽引している、気鋭の一軒だ。店主の佐々木さんは、学生時代にコーヒーへの関心を深め、当時から焙煎した豆の販売やイベント出店も経験。地元・愛媛に戻って「ICOI COFFEE」を開業し、いまや松山で注目の若手ロースターとして活躍の場を広げている。実は、佐々木さんがコーヒーに興味を抱いたきっかけは、意外にも深煎り・ネルドリップから。いまや松山でもいち早く浅煎り主体でスペシャルティコーヒーの魅力を伝える佐々木さんが感じてきた、コーヒーシーンと自身の心境の変化とは。

Profile|佐々木風帆(ささき・かぜほ)
1997年(平成9年)、愛媛県生まれ。山梨の大学に在学中にコーヒーの魅力に触れたのを機に、ネルドリップや手網焙煎を始め、豆のオンライン販売やイベント、間借り出店を経験。大学の専攻でもコーヒーを通じた地域復興に関心を寄せ、卒業後、松山市三津浜の島のモノ 喫茶 田中戸で飲食業の修業を経て、2019年、「ICOI COFFEE TATSUMI」を開業。2023年、松山市街に2号店として「ICOI COFFEE SUEHIRO」をオープン。
始まりは深煎り・ネルドリップから

江戸時代から、松山の海の玄関口として開けた三津浜。今も瀬戸内の離島へ渡る船が発着する港の一帯には、古い商家や醤油の醸造蔵、洋館建築が点在し、往時のにぎわいをしのばせる。「ICOI COFFEE」があるのは、ノスタルジックな街並みから少し外れた住宅街。界隈ではほぼ唯一といっていい、スペシャルティコーヒー専門店だ。「三津の町と縁ができたことが、今に至る大きな転機でした」。そう話す店主の佐々木さんは、地元の愛媛から山梨の大学に進学し、Uターンして開業。コーヒーとの関わりは、学生時代に遡る。

きっかけとなったのは、現在の奥様である中島里和さんとの出会いから。「彼女は山梨の出身で、お父さんが自家焙煎のコーヒー店を営んでいました。日常的に豆を焙煎してコーヒーを淹れる姿に接して、自分でもコーヒーを淹れるようになったんです」。そこで関心を持って以来、山梨や東京のコーヒー店を巡るようになったという佐々木さん。その中で大きな影響を受けたのが、山梨の自家焙煎コーヒーの老舗バンカム、ツルの存在だった。「大学のすぐ近くにある深煎り・ネルドリップが看板のお店で、マスターは福岡の名店・珈琲美美の森光さんとも交流があった方。マスターから聞いたエチオピア訪問時の体験や、銀座のカフェ・ド・ランブルや珈琲美美など老舗のエピソードがおもしろくて、より興味が湧いてきました」と振り返る。

やがて、マスターの勧めもあって、ネルドリップや手網焙煎を始めた佐々木さん。時々、自ら焼いた豆を持って店を訪ねては、味見をしてもらうように。「そのときに、たびたび“俺のコーヒーよりおいしいな”と褒められたんですが、今思えばうまいこと乗せられたんですね(笑)。1年ほどすると、マスターから“学生は先々のためになる経験をした方がいい”と勧められて、焙煎した豆の販売もすることになったんです。マスターに言わせると、ありきたりな遊びより、商売を体験する方がよほど楽しいよと」
経緯はともかく、佐々木さんはいわばトライアルの形で、学生ながらにオンラインで販売をスタートし、さらに間借りやイベント出店で、ネルドリップのコーヒーも提供。愛媛では最も若い世代のロースターである佐々木さんだが、意外にもクラシックな昭和のコーヒースタイルが佐々木さんの原点にある。その一方で、長野の丸山珈琲など、スペシャルティコーヒーのカルチャーにも触れ、学生時代を通して、昭和から令和に至る、時代ごとのコーヒーシーンや味作りの変遷を体感してきた。
港町で出会った人の縁で開けた独立への道

大学の卒業論文では、コーヒーを通じた国際開発援助やフェアトレードのことをテーマに制作するなど、経済・社会的な側面を通して、コーヒーの産地はもちろん、広く衰退地域の復興に関心の中心にあったという佐々木さん。卒業後は、地域おこし協力隊として地元愛媛に戻ろうと考えたが、「具体的な募集も見たものの、当時の自分が携わるには経験・実力不足と感じました。そこで、住民のボトムアップ型で街おこしに取り組んでいる三津浜に着目したんです」
2000年代に入ると、三津浜はかつての活気を失い、商店街も閑散とした雰囲気に変わっていた。ただ、戦災を免れた街には古い町家やレトロな建築が多く残り、2010年代になるとそうした建物をリノベーションして店を始める人が徐々に増え始め、新たな魅力を発信する活動が広がっていった。そのなかで、佐々木さんは、三津浜の再生を担う中心的存在の一つ、島のモノ 喫茶 田中戸の門を叩く。「田中戸には、卒業直前の2月ごろ、まさに飛び込みで入れてもらいました。このとき、なぜかコーヒー店に入るという選択肢を考えてなくて。コーヒーの研究は自分でもできるし、それよりも喫茶業、飲食業のことを幅広く経験したいと思ったんです」
田中戸はオリジナルのかき氷が名物ゆえ、夏の繁忙期のみの採用だったが、その間、イベント出店の際に、同じ三津浜のイタリアン・FLORの店主と知り合い、空いている店の1階を使ってみてはという提案を受ける。「FLORの店主は三津が地元で、元々家業だった喫茶店を改装して始められた方。田中戸も、町がどん底のときに店を始められたと聞いています。最初に田中戸と縁ができたことで、飲食業の楽しさ、難しさを知り、何より地元の人々とのつながりができたのが大きかった」と佐々木さん。

幸いにも人の縁に恵まれて、2019年、「ICOI COFFEE」はスタートした。ちなみに、店名の由来は、佐々木さんの祖母が今も営んでいる喫茶・スナック・憩から取ったそうだ。1年半ほど続いた間借り営業の時には、浅煎り、深煎りの両方のコーヒーを揃えていたが、メインは深煎りが中心だった。「当時、愛媛ではまだ若い世代のロースターはほぼなく、地元の嗜好も深煎りが強かった。それでも、まだ誰もやっていないのならと、このころから浅煎りの方にシフトしていきました。浅煎りもおいしいね、と言われるようになったのは、最近になってからのこと」という佐々木さん。いまだ喫茶店文化が根強く残っているが、コーヒーの苦味を敬遠する若い世代を中心に、徐々に支持を広げていった。とはいえ、実はこの時点でも、焙煎は手回しの器具を使っていたという佐々木さん。本格的にロースターとしてステップアップするべく、2021年に現在地に移転。ようやく焙煎機を導入したのはこのときからだ。

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