コーヒーで旅する日本/四国編|産地での交流で芽生えた真摯な思い。“人”を通じて伝えるコーヒーの尽きない魅力。「コーヒービーンズショップ アロバー」
東京ウォーカー(全国版)
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

四国編の第36回は、香川県高松市の「コーヒービーンズショップ アロバー」。香川でいち早くスペシャルティコーヒー専門店として、多様な楽しみを発信してきたパイオニアだ。「実は、以前はコーヒーにそれほど愛着はなかった」という店主の梶さんは、創業者である父の急逝を機に、本格的に店の仕事に携わり、初めて訪れた豆の産地で価値観が一変。今では毎年必ず産地を訪ね、生産者との関係を築きながら、ダイレクトトレードの豆で地元のお客の嗜好を広げてきた。近年は、コーヒーに携わる人々が豊かになる環境作りに注力する梶さんが目指す、“誰も泣く人がいない”コーヒーのサイクルとは。

Profile|梶聡一朗(かじ・そういちろう)
1976年(昭和51年)、香川県高松市生まれ。中学生時代の1991年に父・誠史さんが高松市国分寺に「アロバー」を創業するも、半年後に急逝。母・早苗さんと共に店を引き継ぐ。2004年、初めてブラジルのコーヒー農園の視察に訪れたのを機に豆のダイレクトトレードの道を模索。2007年、ニカラグア、エルサルバドルを訪れて仕入れ先を開拓し、スペシャルティコーヒーを通して生産者と消費者をつなげる提案に注力。2016年から、スマイルトライアングルをコンセプトに掲げ、“誰も泣く人がいないコーヒー”のサイクル実現に取り組む。2024年、松縄店の移転リニューアルを機に、コーヒーに親しむ入口を広げるための新たな試みに取り組んでいる。
創業者の急逝で突然に訪れた人生の岐路

「アロバー」の焙煎人、梶さんのモットーは、毎年必ず産地を訪ねること。「単にコーヒー豆を買いつけるというより、“この人たちから買いたい”という思いが強い。一緒に農園で作業して、カッピングして、フィードバックして、合間に他愛のない世間話もする。ビジネスだけではない関係を築いていきたいと思っています」。今からおよそ20年前、初めてコーヒー農園を訪ねて以来、生産者もお客も満足できるダイレクトトレードの道を模索してきた梶さんは、香川でいち早くコーヒーの多様な楽しみを発信してきた先駆け的存在だ。自ら焙煎人として、産地とお客の橋渡し役を自認するが、その始まりは決してポジティブなものではなかった。
1991年、父の誠史さんが「アロバー」を創業した当時は、まだ中学生だった梶さん。体質的にコーヒーを飲み慣れていなかったこともあり、「自分が店を継ぐなんてありえない」と思っていたそうだ。ところが、開店から半年余りで誠史さんが急逝。期せずして、母の早苗さんが引き継ぎ、梶さんも手伝うことになったが、「周りからは、続けられるわけがないと思われていました。豆の仕入れも焙煎のこともわかりませんし、母も何からしたらいいかもわからなかったはずで、いわば、もう一度創業し直したようなもの。それでも当時は、とにかく来てくれた人を笑顔にしたいという思いだけで、頑張ってきたところがあります」と振り返る。

そんな渦中にあって、「アロバー」では、1997年より国連が進めた「国連グルメコーヒー開発プロジェクト」に参加。ここから少しずつ、店で扱うコーヒーの品質を追求し始めた。梶さんが本格的に店の仕事に携わるようになったのは、ちょうどこのころ。「当時は高校を出たくらいでしたが、お世辞にも自立しているとはいえず、進路も曖昧なままでした」という状況だったがある時、早苗さんが体調不良で1カ月入院することになり、急きょ焙煎を担当することに。本人は、ほんの手伝い程度の軽い気持ちで引き受けたが、これが大きな転機となる。「焙煎できる人が母だけだったので、僕が1カ月見よう見まねでやっていました。ただ、退院後すぐに期間限定のテナント出店の話があり、人手がないからと駆り出されて。変わったことが好きな性分もあり、出店の現場も担当することになったんです」
ここから家業に本腰を入れるようになるのだが、本人の動機は意外なところにあった。「コーヒーが好きになったというよりは、モノを売ることの醍醐味を覚えたのが大きい。テナント出店を機にパソコンを導入して、ポップをデザインして、その効果で商品が売れたときの喜びが強くて。ここまで継ぐ気がなかったのに、この体験があって店に居座ることに…って、自分の店ですけど(笑)」

産地の訪問を機にダイレクトトレードの道へ

経緯はどうあれ、「アロバー」の一員となった梶さん。「まだ、このときは愛着はなかった」というコーヒーとの関係が一変したのは、2004年。豆の共同仕入れグループが主催する、ブラジルのコーヒー農園視察ツアーに参加したことがきっかけだった。「とにかく、すべてが衝撃的でした。考えたら当たり前ですが、コーヒーも人が作っている。広大な土地に、農園の人々の生活があり、土地の習慣や音楽がある。見るもの、聞くものがすべてカルチャーショック。何より、今まで知っていたつもりだったコーヒーのことを何も知らずに扱っていたのが申し訳ないと思うようになったんです。ちゃんと向き合わないといけないなと」。それまでは、商社から提案されるサンプルから選んでいただけだったが、これを機に一念発起、自店でのダイレクトトレードへと舵を切った。
目指すべき道が見えたとはいえ、当時、日本でそれを実践する店はほぼ見当たらなかった。ならば、自らが行くしかない。2007年、勉強会で知り合った山口県のロースターと共に、ニカラグアとエルサルバドルへ赴き、仕入れ先の開拓に踏み出した。「ダイレクトトレードを始めたきっかけは、よりおいしいコーヒーが欲しいからというのが最大の理由でしたが、ただ、当時はカッピングを学ぶ場もなくて、発酵臭とナチュラル精製の香りの差もわからないような状態。しかも、伝手を頼って訪問したものの、いきなりやってきた日本人が信頼されるはずもないから、現地のカッピングでもサンプルは質の低いものばかりが出てくる。何百カップと試して、これじゃないと言い続けて、ようやく質の高いものを出してくれるようになりました。だから、カッピングのスキルも現場で磨いたようなもの。買うか、買わないかの判断を背負って、緊張感の中で必死にやることで覚えられたんだと思います」

それから2、3年は、両国のさまざまな農園から買い付けるようになったが、ここでふとした疑問が湧く。「その年に買わなかった豆はどうなっているか気になって聞いてみたら、すごい低価格で買い叩かれていたんですね。産地まで行って、いいものを見つけてお客さんに届ける、と聞くと、よいことをしてるように思ってましたが、誰かの笑顔のために誰かが泣く、という理不尽なことはしたくないと感じました」。その後は、豆の評価スコアよりも作り手が豊かになるような、適正な仕入れ値を話し合い、継続的に購入できる関係を目指した。
現在、「アロバー」の店頭に並ぶのは、2007年から関係が続くニカラグア、エルサルバドルの7人の農家から届いた豆。「ほんまに偏ってますよね(笑)。アフリカやアジアの豆を扱う店を見て、うらやましいと思うときもありますが、同じ作り手でもロット違いで全く変わるし、ときにCOE(カップ・オブ・エクセレンス/スペシャルティコーヒーの品評会)に匹敵するスペシャルな豆も入ります。品種もプロセスもさまざまだから、お客さんのニーズには十分応えられる幅があります」と胸を張る。その多彩な豆のキャラクターを活かすため、界隈でもいち早く浅煎りのコーヒーを中心に提案してきた。深煎り嗜好が根強い香川の土地柄では、それもまた思い切ったチャレンジだった。「10年ほど前に焙煎度を一気に浅煎りに振ったら、お客さんにえらい怒られたこともあります(笑)。それ以来、ちょっとずつ浅めにしていって、ようやく定着した感があります」
お客の嗜好の幅を広げる提案の工夫の一つが、まとめ買いするほどディスカウントされるという販売スタイル。希少ロットの豆は量り売りで換算すると高額になりがちだが、このシステムなら、ざまざまな銘柄を気軽に試すことができる。まさに目から鱗のアイデアだ。

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