コーヒーで旅する日本/関西編|日常のなかで、誰かの“居場所”になれるように。「珈琲ヤマグチ」が体現する、珈琲店のあるべき姿

東京ウォーカー(全国版)

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

土壁の一部を残した額縁のような余白は、古いものを活かす山口さんの感性を体現。一見、バラバラなイスやテーブルも、却って気の置けない雰囲気を生む


関西編の第100回は、京都市中京区の「珈琲ヤマグチ」。市街西部、入り組んだ路地に古い町家が建て込む界隈に、ひっそりと佇む店は、開店2年目とは思えないほど、街なかに溶け込んでいる。店主の山口さんは、東京で過ごした学生時代に、日常の拠り所として珈琲店の魅力に出合い、先々の生業とすることを実感。東京で修業を重ねた後、紆余曲折を経て京都に移り、自らの思い描く憩いの場を形にした。

「何が主役というわけではなく、ここを訪れた時に人それぞれに、何かを持って帰ってもらいたい」。そう話す山口さんにとって、誰かの“居場所”となりえる、珈琲店のあるべき姿とは。

店主の山口さん


Profile|山口真名美 (やまぐちまなみ)
1991年(平成3年)、茨城県生まれ。学生時代に、珈琲店で過ごす時間に魅力を感じ、東京や京都の店を巡るなかでコーヒーに関わる仕事を志向。新宿や三軒茶屋など、いくつかの店で働きながら、独学で焙煎を始める。独立にあたり、たびたび訪れていた京都に縁を得て、2023年に移住し、京都市中京区に「珈琲ヤマグチ」をオープン。自身の珈琲店体験を元に、気軽に日常から離れてくつろげる、誰もが心地よい居場所作りに腐心する。

学生時代、珈琲店に見出した得難い“居場所”

もともとは米穀店だった、長屋の中の一軒を改装

「学生のころから、京都には何度か出かけていましたが、まさかお店をしようとは思わなかったですね。ただ、今思えば、自分の居場所として遠からず感じていたなと思います」。そう話す、店主の山口さんが、長年過ごした東京から京都へと移ったのは2023年のこと。それまで、2年に1回ほどのペースで訪れていた京都の印象は、「喫茶店や古本屋、映画館も多くて、いつもと変わらない過ごし方ができる街」とのこと。密かに惹かれていた街で始めた店は、まだ開店2年にもかかわらず、まるで前からそこにあったかのような表情を見せる。住宅街にひっそりと開かれた、そんな憩いの場のルーツは、山口さんの大学時代に遡る。

「コーヒーを飲み始めたのは、勉強している時に気分が上がらず、珈琲店で飲んだのがきっかけ。すごくリラックスする感覚があったのを今も覚えています」という山口さん。大学に入ってからも、近隣の珈琲店によく通っていたとか。そんなある日の些細な出来事が、心境の変化をもたらす。「たまたま目について入った珈琲店で初めて、ネルの一杯立てで提供するスタイルに出会って。“こういう仕事もあるんだな”と、珈琲店という存在を意識するようになりました」

ターンテーブルの周りにはお気に入りのレコードやカセットテープが並ぶ。ランプシェードは米穀店で使われていた漏斗を再利用


以来、散歩したり、出かけたりした先で、あちこちの珈琲店に立ち寄るうちに、やがて日常の中で、珈琲店で過ごす時間はどんどん長くなっていた。「そこに漂う雰囲気、言葉、道具などは、学生から見たら未知の世界。地元では珈琲店に行く習慣もなく、そういう場があることが都会の空気を体現していました。ちょっと入りにくい店も多いですが、日常と違う場に気軽に行ける、というのが珈琲店のあるべき姿だと感じて。何より気持ちを落ち着かせてくれる珈琲店の力ってすごいと思いました」。とりわけ気に入っていた店では、「そこに行くと自分の軸が戻る感覚がありました」と振り返る山口さん。奇しくも意中の店は、ネルドリップの名店が占めているが、山口さんにとっては、コーヒーよりもむしろ“居場所”として得難い存在だった。何度も珈琲店に救われたという当時の体験が、今にいたる原点にある。

長じて、自らも珈琲店を生業にするべく模索し始めた山口さん。周りからは、飽き性だから続かないのではと言われたそうだが、それでも、あちこちの店のアルバイトに応募し、新宿の自家焙煎珈琲店で一歩を踏み出した。「気軽さのなかにもこだわりがしっかりある店で、繁華街のど真ん中だから、いろんな人が来られます。働くうちにそのまま仕事になって、お客でなく“中の人”として、いろんな人と出会えたことが勉強になりました」

カウンターの一角には、山口さんが読んできた書籍も置いている


思わぬハプニングから結ばれた京都との縁

手回し焙煎機はキッチンの奥に設置。豆を焼く際は、独自の工夫も凝らしている

新宿の珈琲店に勤めてほどなく、焙煎にも着手し、手回しの器具を自宅に置いて独学で練習を重ねた山口さん。さすがに店の焙煎機は触らせてもらえなかったが、「店長さんの計らいで、焙煎を見ることは許してもらえて、基本的な工程は教えてもらいました。ただ、自宅で実践する時間がなかなか取れなくて。ご近所さんにも影響があるので、人知れず静かに練習していました」。その後、いくつかの店を替わりつつ、およそ5年の経験を積み、漠然と開業のイメージを描いていたが、最終的に背中を押したのは想定外のハプニングだった。

焙煎後の豆はザルで振るって冷却し、欠点豆をハンドピック


「当時、焙煎をしていた住まいが、急に取り壊しが決まって、本腰入れて独立を考えないと、と思って物件を探し始めました。ただ、東京で紹介されて好感触を持った物件がダメになって。でも、もう気持ちが盛り上がっていたから、この間、京都に行った時に何となく物件を見て回っているうちに、“こっちに住んでもいいかも”と思えたんです。ダメならまた戻ればいいと」。遠からず感じていた京都との偶然の縁に導かれるように、2023年、「珈琲ヤマグチ」はスタートした。店があるのは、市内でもとりわけ路地が入り組んだ、住宅街のただ中。看板もない、目立たぬ店構えは、うっかりすると通り過ぎそうになる。「この辺で珈琲店を始めると言うと、地元の人には“えっ?”って、怪訝な顔をされました(笑)。他所から来て土地勘がなかったから、この場所を選べたと思います」

当初は不安も大きかったが、蓋を開けてみれば、自身と同じように、居場所を求めてくる人々がいることを感じたという。市街のにぎわいとは無縁の界隈だが、だからこそ穏やかな静けさに満ちた店の空気は、ここを訪れる十分な理由になる。客席からキッチンまですとんと見通せるフロアには、山口さんが今まで収集してきた表情もさまざまなイスやテーブルに、京都の古道具屋で集めた調度を加えて配置。「お店をする前提で自宅の家具も置いていたので、開店したら家が空になった感じです。新しいものより、今あるもの、古いものを活かしたいという思いは強くて。本来なら新しいものを使って味を出していくのが筋ですが、あまりにも古いものがなくなっていっているから、せっかくならいいと思ったものは使っていこうと思って」と、ここでは年季を重ねた古道具も新たな美点を見出されている。

ミニマルな空間は、開放的でありながら凛とした佇まいを見せる。元の建物の構造を残した空間に、表情もさまざまなアンティークの家具が調和する


なかでもとりわけ目を引くのは、建物の構造の一部が露出した壁の凹み。一見、額縁のように見えるが、「元は古い長屋で全面が土壁でしたが、そのまま残すには見た目がよくなくて。ただ、隣家の階段の跡が見えるのがおもしろかったので、ここだけ壁を塗り直さずに残しました。といっても、あくまで壁として使いたいから、目立つ木枠などは付けていないんです」と山口さん。建物の来歴を語る痕跡を、用途はそのままに形を変えて愛でる感性が、この空間が醸し出す不思議な調和の芯にある。

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