コーヒーで旅する日本/関西編|新しすぎず、突き詰めすぎず、偏らず。「珈琲山居」が醸し出す、穏やかな包容力に惹かれる理由

東京ウォーカー(全国版)

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

香ばしい苦味とまろやかな酸味が調和する、ブレンド550円。甘さ控えめの国産小麦のサブレ220円


関西編の第101回は、京都市北区の「珈琲山居」。店を構えるのは、地元で親しまれる商店街の真っ只中。買い物客が行き交う界隈にあって、クラシックな空間と静謐な雰囲気は、まさに市中の山居の趣がある。店主の居山貴行さんは、大学でのサークル活動で喫茶店巡りを始め、京都の老舗でコーヒーの魅力に開眼。「古い喫茶店が数多く残る京都に住んでみたい」と、京都への就職、移住を実現したユニークな経歴の持ち主だ。会社員時代にコーヒーの抽出、焙煎に親しみ、10年を経て開業。以来、じわじわと個性を発揮してファンを広げてきた居山さん。長いコロナ禍も経験したなかで、店を続けていくことに対して至った境地とは。

店主の居山さん


Profile|居山貴行 (いやまたかゆき)
1982年(昭和57年)、埼玉県生まれ。学生時代のサークル活動がきっかけで喫茶店を巡り始め、京都の老舗・六曜社珈琲店の地下店でコーヒーに魅了される。卒業後は京都の企業に10年勤め、その間に自宅で豆を焙煎、販売もスタート。2014年にイベントで大坊珈琲店の店主・大坊勝次さんとの出会いを経て、具体的に独立を目指し、2019年、京都市北区に「珈琲山居」をオープン。

喫茶店巡りを通じて惹かれた京都の土地柄

店が立つのは新大宮商店街沿い。角地にあってシックな店構えが目を引く

京都随一の名刹、大徳寺の東側、南北に伸びる新大宮商店街。昔ながらの商店が点在する界隈で「珈琲山居」のシックな店構えが目を引く。穏やかな空気が満ちる店内は、「今まで自分が見てきた喫茶店の雰囲気を融合した感じ。この通りは意外に喫茶店が少なくて駅も近くにないので、お客さんも比較的近場の人が多いですね」。そう話す店主の居山さんが喫茶店巡りを始めたのは学生時代。当時所属していた「渋い喫茶店を回るサークル」での活動がきっかけだった。「このときに喫茶店という空間のおもしろさに気づきました。こういう場所が世の中に存在しているってことに、惹かれるものがあって。本好きなので、古本屋と喫茶店をセットにしてあちこち訪ねていました」と振り返る。

出かける先は大学のある関東近郊が中心だったが、行動範囲は時に遠方にも及び、なかでも京都では記憶に残る体験をしている。「仲間内で京都は古い喫茶店が多いという話をしていて、行くときは、聖地巡礼みたいな感覚でした。そこで、コーヒーが初めておいしいと感じたのが、六曜社珈琲店・地下店。訪ねた理由は有名だからというミーハーなものでしたが(笑)。ただ、それまで喫茶店の空間に惹かれていたのが、それ以来自分でもコーヒーを淹れるようになったんです」

焦げ茶を基調にした落ち着いた店内。カウンターの壁のアールが印象的。テーブルや腰板の柿渋、カウンターの壁は居山さん夫妻が自ら塗装


以降もたびたび京都を訪れ、行きたい店は数々あったが、学生のうちにすべて巡るには到底、時間が足りなかった。そこで、「それならいっそ、京都に住んでみたい」と一念発起し、京都本社の企業を目指して就職活動。2008年から、憧れの京都住まいを始めることになった。当時は店を開くつもりなど毛頭なかったが、住んでみて気づくことは多かったという。「京都は個人店が根付いている印象があって。もともと、店でしゃべるのは好きではなかったですが、京都では店主さんとお客さんとの距離の取り方が心地よいと感じました。何より自分でお店をすることが楽しそうで、会社も楽しかったけど10年勤めたらほかのことをしようかなと、考えるきっかけにはなりました。個人店の在りように惹かれた、京都の土地柄の影響は大きいかもしれません」

このときは、具体的に喫茶店とまではイメージしていなかったが、それでも自宅でコーヒーを淹れることはすっかり日課として定着していた。そればかりか古い一戸建てに住んでいた一時期は、自宅で焙煎まで始めるようになる。「当時、ネットオークションで手に入れたのが、大阪の板金屋さんが作った、福引のガラガラみたいな原始的な手回しの焙煎器でした。最初は自分用の豆を焼いていたのが、おもしろがって友人に分けていたら、“売ったらいいんじゃない?”と言われ、豆の販売もし出して。それでもまだ店のイメージは持ってなかったですね」と居山さん。会社勤めも7、8年経つころには、漠然と独立の思いはあったが、特に修業と呼べる経験もない。強いていうなら、友人たちと共同で管理していた古民家での定期的な喫茶営業が唯一のコーヒー提供体験だった。

店の奥にはターンテーブル、真空管アンプを設置。選曲はジャズがメイン


背中を押してくれたレジェンドとの出会い

焙煎機のハンドルやミルのホッパーは、友人の木工作家・岩橋正隆さんに依頼したオリジナル

その間、居山さんが1つの転機と捉えているのが、2014年。大坊珈琲店の店主・大坊勝次さんが岐阜で開催した、著書刊行記念イベント。学生時代、東京では一番よく訪ねた店であり、手回し焙煎のスタイルに影響を受けた、いわば憧れの存在だった。「一参加者として伺ったのですが、せっかく遠方から来たのだからと、終了後の打ち上げにお誘いいただき、そこで初めて大坊さんとお話する機会に恵まれました。突然のことで緊張しましたが、私がコーヒー好きで自家焙煎していることを同好の士を見つけたといった反応で喜んでくださったのが印象に残っています。これを機に、自分で焼いた豆をお送りしたり、近況をご報告したりするなかで、少しずつ開業の方向性を具体化していきました。自分のなかでの区切りとして、今も重要な意味を持っています。今思えば、わざわざ岐阜まで出向いたのは、将来店を構えることをどこか思い描いていたゆえの行動だったのかもしれません」

大坊さんとの邂逅から5年を経て、「珈琲山居」を開店。すべてが独学という状況だったが、ある意味、開き直りの心境で始めたという居山さん。それでも「実際に開けてみたらリアル店舗は楽しかった。前職はデスクワークばかりでしたが、こっちのほうが意外と性に合っていたのかも、と思います」。ただ、開店から間もなく、折り悪くコロナ禍に。しばらくは豆の販売だけにしたこともあったが、繁華街から離れていた分、少ないながらも近所のお客が訪れるようになったという。

焙煎後の豆はサーキュレーターで冷却


大坊さんに私淑したとはいえ、開店当初からコーヒー専門店然とした気負いはない。「天邪鬼なので、カテゴライズされるのは苦手で」と、深煎り・ネルドリップ一本で突き詰めることなく、あくまで気軽に立ち寄れる喫茶店のスタンスを心掛ける。コーヒーは時々で配合、焙煎度を変える看板のブレンドに、シングルオリジンが4、5種類をペーパードリップで提供。中煎り以上の深めの焙煎度を中心に、後味も軽やかな飲みやすさを重視する。

「深煎りに入れ込んでいるわけでもないので、あまりこだわらず。エチオピア、ボリビアは定番ですが、時季替わりの豆もそれぞれにファンがいて、なかなか変えられない」と居山さん。一方で、濃厚な味わいを求める向きには、ネルドリップのデミタスも用意。こちらも豆はその日の即興のブレンドで、芳醇な香味がありながら、すっきりと切れる余韻が印象的だ。お供には、奥様お手製の古代小麦のバターケーキや国産小麦のサブレのほか、日本各地の郷土菓子とのペアリングで味わえるのも楽しい。突き詰めすぎず、偏らず。レトロになりすぎず、新しすぎず。絶妙なバランスを保つ空間に、子ども連れのお客が多いというのも、懐深さゆえだろう。

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