コーヒーで旅する日本/関西編|ドリップは目の前の人との対話。一期一会の一杯がもたらす、思いがけない世界の広がり。「MAHOU COFFEE」
東京ウォーカー(全国版)
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
関西編の第103回は、京都府木津川市の「MAHOU COFFEE」。店主の山㟢明央さんは、沖縄でコーヒーの魅力に出会って、那覇市で創業。以来、10年にわたって支持を得た店を、2022年に京都に移転した。沖縄時代から一貫して、山嵜さんがフォーカスするのはコーヒーの抽出。「抽出に求めるのは、飲む人を見ながら淹れるライブ感。お客さん一人ひとりとのコミュニケーションの媒体として捉えています」と、一期一会のコーヒーに、抽出の技でこそ出せる味わいの世界観を深めてきた。「できるなら、四六時中、いつまでも淹れていたい、終わらないでほしいなと思う」という、山㟢さんの尽きぬ探求心を呼び起こす、コーヒーが持つ魔法の力とは。
Profile|山㟢明央(やまざきあきお)
1980年(昭和55年)、東京都生まれ。20代前半までを関東で過ごし、見聞を広めるため全国各地を旅するなかで沖縄の風土に惹かれ、2006年に移住。八重山の離島から沖縄本島へ移り、カフェユニゾンで働き始めたことで、コーヒーの世界に引き込まれる。2011年に独立し、宜野湾市にカフェ「魔法珈琲」を開業した後、2015年、那覇市に移転し「MAHOU COFFEE」に改称。コーヒー専門店として支持を得た。2022年に京都府木津川市山城町にて「MAHOU COFFEE」を再開。
抽出は目の前にいる人とのコミュニケーション
京都府南部、滔々と流れる木津川の畔、のどかな国道沿いに店を構える「MAHOU COFFEE」。「3年前の開店からしばらくは、前の店の看板のままでしたが、ようやく描き換えできました」という店主の山㟢さん。実は「MAHOU COFFEE」を初めて訪れたのは、沖縄でのこと。2011年に沖縄で創業し、10年続けた後に、子どものシュタイナー教育のために学校のある京都に移住するとともに、店も移転した。すでに沖縄で厚い支持を得ていた店だけに、知らせを聞いた時は驚いたものだ。
とはいえ、山㟢さんはもともとが東京出身。20代前半までを関東で過ごしてきた。ただ、「当時から都会の暮らしにくさを感じていて、もっと外の世界を見てみたかった」と、放浪するように世界を旅していた。自分が居心地よい場所を求めて方々を巡った末に、落ち着いたのが沖縄だった。2004年ごろから八重山の離島を旅し、波照間島で働きながら、最終的には沖縄本島へ。当時は全国的に波及していたカフェブームが、沖縄にも到来し出した頃。その中の一つ、カフェユニゾンで働き始めたことが、コーヒーとの縁を深めるきっかけとなった。カフェユニゾンは、本州から沖縄に移住した編集者が開店して以来、新たな文化発信地として定着した、沖縄のカフェの草分け的存在だ。「ここで芸術、本、音楽、旅も含めて、全方位のさまざまなカルチャーに興味を持って、その一つとしてコーヒーがあったんです。当時のユニゾンでは、県内の個人焙煎士の豆を使っていて、月並みだけど、ここで飲んだコーヒーが素晴らしかったのがきっかけで、みるみる引き込まれていった」と振り返る。
幼少期から、手に職を付けて生業にしたいという思いを持っていた山㟢さん。コーヒーと出会って以来、「とにかく淹れるのが楽しくて、興味は尽きなかった」と、その自由で奥深い世界を知り始めた頃に、あの東日本大震災が発生する。未曾有の災害を機に、「この先、何が起こるかわからない、生きているうちにやりたいことをやろう」と一念発起。同じ年に、宜野湾市の元外国人住宅を改装して、「魔法珈琲」を開店する。
当初から一貫して、山㟢さんがフォーカスするのはコーヒーの抽出。「今でも注文が入るとテンションが上がるし、いつまでも淹れていたい。終わらないでほしいなと思う」と、一時は抽出家、ドリッピストと名乗ったこともあったほどだ。「自分がコーヒーの抽出に求めるのはライブ感。飲む人のために淹れること。焙煎は基本的には外から見えないし、豆を焼く時に想像するお客さんは不特定多数になる。抽出は、一人ひとりに対してのコミュニケーションの媒体として捉えています」。独自の志向には、大坊珈琲店とベアポンドエスプレッソの存在の影響が大きいという。「この2店を通して、人の手技で作る味の世界観の無限の可能性を知ったことがドリップにも反映されていると思う。スペシャルティコーヒーで重視される、豆のプロファイルやカッピングスコア以上のものを作る。俗にコーヒーは“焙煎が8割”と言われますが、抽出だけで全然変わります。少なくとも、僕のコーヒーにおいて抽出が2割ということはないと思います」
趣味や遊びの延長から新しいものが生まれる
コーヒーには素材本来の風味だけでなく、調理を加えることで出す味に楽しさもある。開店以来、その信念をもって、よい素材を使ったうえでもっとよくする抽出を追求してきた山㟢さん。沖縄での創業当初はカフェとして始まったが、徐々にメニューをコーヒーに絞り、抽出による味作りを深めていく。2015年には那覇市中心部の壺屋に移転。専門店らしい重厚な雰囲気で、よりコーヒーと向き合う店作りを形にしていった。
現在の店は、壺屋時代の雰囲気を継承。「沖縄で来てくれた人も懐かしいと思える空間。光の入り方はすごく意識した」と、いくつかの調度もそのまま取り入れ、4カ月かけて改装。ほぼ当時と近い雰囲気を再現している。コーヒーのメニューは、3種のブレンドが柱。創業以来の定番、マホウブレンド、ピースブレンドは、当時から変わらず群馬のトンビコーヒーの深煎りを、新たに加わったジャズブレンドは自ら土鍋で焙煎した豆を使用する。「手回しよりアナログな土鍋焙煎は、沖縄での最後の1年で始めて、その時は裏メニューとして出していたもので、移転後に定番にしました。今の自分の味作りの基準として無農薬栽培の豆にフォーカスしていて、洗ってから土鍋で焼くので、蒸し焼きの時間もある。煙も多少かぶせてと、一豆一豆に土水風火の力で命を吹き込み、まさに料理をしている感覚です」
ドリッパーはコーノ式。開店以来、1杯24グラムと贅沢に豆を使い、だしを取るように、大量の豆からさらりと清澄な味わいに仕上げる。「豆の旨味の上澄みだけを取りだすイメージ。きれいな味わいを重ねて、その層によって厚みを作る」と、沖縄時代より洗練を重ねている。中でも、「スモーク感がありつつクリアな飲み口、矛盾するアプローチを目指した」というジャズブレンドは、滑らかな口当たりの軽やかさはありつつ、じわっと染みこむような濃密な余韻が同居する。
また、長年磨いたドリップもさることながら、山㟢さんならではの抽出の新境地を味わえるのが、裏メニューとして提案するハンドプレスエスプレッソ。電力を使わない完全手動式マシンを生かした、独自のレシピを構築した。「カウンターに座って、器具に興味を持った人だけに提供するメニュー。文字通りメニューの裏面に載っています(笑)」と、工芸品を思わせるマシンに湯を入れて、ゆっくりとレバーで圧をかけて液体を絞り出す。ぽつぽつと滴り落ちる雫を集めた一杯は、デミタスの底にわずか10ccほどしかないが、一口で思わず目を見張るインパクトを秘める。トロみはありながら、空気を抱き込んでいるようなふわふわとした舌触り。トロリと粘っているようで、ふわりと消える。しかも少量ながら、アロマの余韻がいつまでも続くよう。まるで香りだけを飲んでいるような感覚になる。
「本来、エスプレッソは9気圧がセオリーですが、ここでは5気圧くらい。優しく圧をかけることで上澄みだけを引き出します」と山㟢さん。機械任せの印象が強いエスプレッソだが、動力や熱源をそぎ落とし、ドリップの感覚を融合した一杯は、エスプレッソとは全く異なる、唯一無二の新感覚。これぞ抽出による味作りの真骨頂だ。「新しいものを生み出すのは、趣味の世界、遊びの延長から出てくる世界。毎回、出方も変わるから、同じものは再現不可能。そういうものだと納得してもらえる信頼関係がないと出せない。だから裏メニューなんです」。先入観に囚われない、自由な発想と人の手技から生まれるコーヒーは、まさに一期一会の体験だ。
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