【第47回】家族経営のアットホームな老舗焼鳥店、愛知・春日井「泉屋」

2018年1月10日 19:27更新

東海ウォーカー エディマート

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1939(昭和14)年に大衆食堂として創業し、時代と共に店の形態を変えながら、80年に近い歳月を刻んできた愛知県春日井市の「泉屋」。アットホームで良心的な焼鳥店として愛されながら、常連から一見客まで毎晩たくさんの客でにぎわっている。

大衆食堂から焼鳥店への変遷

JR春日井駅の北口から徒歩4分と、好立地に恵まれている焼鳥店「泉屋」。同店の創業は、春日井駅がまだ鳥居松駅と呼ばれていた戦前の1939(昭和14)年にさかのぼる。「そのころ、すぐ近くに軍需工場が建てられてね。そこで働く人たちのために、親父がここで大衆食堂を始めたんですよ」と話すのは、2代目の木全克敏(きまたかつとし)さんである。

その後は戦火が激しさを増し、一時的に店を閉めていた時期があるものの、戦後の昭和20年代に営業を再開。この時に、大衆食堂から割烹料理店へと生まれ変わった。当時、特に人気があったのはウナギや鶏料理など。現在もメニューに残っている「うなぎ小串」(780円)は、そのころの名残であるという。

さらに1959(昭和34)年、当時はまだ22歳だったという克敏さんが、割烹料理店の隣でカウンターだけの小さな焼鳥店を開業した。「ちょうど伊勢湾台風のあった年だから、よく覚えている。仕入れの帰りに、たまたま見つけた焼鳥屋に入ってね。そのおいしさにびっくりした。それで、自分でもこういう店をやっていこうと思ったんだ」。

そして、現在の店の形が整ったのは1988(昭和63)年。店内を大きく改装する際、2つに分かれていた割烹料理店と焼鳥店を1つに統合し、居酒屋メニューをそろえた焼鳥店として新たなスタートを切った。店内に漂う独特の風格は、そうした時代の変遷を生き延びてきた老舗店ならではの証とも言えるだろう。

串物の具材の大きさがうれしい

同店は串物や揚げ物、一品料理などメニューが豊富。その中でも、やはり一番人気は克敏さんこだわりの串物だ。炭を使い、強い火力で素早く焼き上げる。しかも、具材の1つ1つが大きく切られており、1本だけでもかなりの量だ。

「ネタが小さいと、あんまり食べた気がしないじゃないですか」と克敏さん。ちなみにタレは、焼鳥店を始めた1959(昭和34)年からの継ぎ足しだ。そしてもう1つの人気メニューが「うなぎ小串」。こちらのタレはさらに古く、昭和20年代の割烹料理店のときからの継ぎ足しだとか。

さらに一品料理の中にも、家庭的な味を楽しめる定番メニューが数多い。特にオススメなのが「ポテトサラダ」(350円)。皮がついたままのジャガイモを圧力鍋で炊き、熱いうちに潰すので、もっちりとした食感が楽しめる。

ほかにも、ショウガ醤油で味付けした「ぼんじり」(280円)、ニンニク醤油で香ばしく揚げた「手羽から揚げ」(380円)など、常連に人気の名物メニューが目白押し。初めて行く人は最初にオススメを聞いてみるのもいいだろう。

地域の人も認める人気店

現在は、3世代による家族経営。焼き場を受け持つ2代目の克敏さん、一品料理を担当する女将のふみ子さん、揚げ物を担当する3代目の正継(まさつぐ)さん、そして接客を受け持つ正継さんの妻である潤子さんと娘さん。家族同士ならではの和気あいあいとしたやりとりが、同店独自の和んだ雰囲気を作り出している。

席数はカウンターとテーブル、さらに奥の座敷を合わせて48席。決して小さい店ではないのだが、それでも満席になってしまう日が少なくない。「どうも近くのホテルの人やタクシーの運転手さんたちが『春日井に来たなら泉屋に行け』って勧めてくれるみたいで。本当にありがたい話ですね」と克敏さん。まさに地域が認める名店というわけだ。

「父からは、休まずにしっかりと仕事を続けていく姿勢を学んでいます」と3代目の正継さん。今後の目標は、古くから地域で愛されてきた店を受け継いでいくこと。これからも家族経営ならではのアットホームさで、たくさんの人を温かく迎えてくれるだろう。【東海ウォーカー】

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