第64回 “細く長く”を信条とする、発祥の店「元祖 天むすの千寿」
東海ウォーカー

三重県の県庁所在地、津市にある大門町は、エビの天ぷらを包んだおにぎり“天むす”が発祥した地だ。ここで長年営業を続けている「元祖 天むすの千寿」による登録商標である。
夫への愛から生まれた天むす

店自体のスタートは「昭和30年ごろ」と伝わるのみで、正確な年は分かっていない。初代の水谷夫妻が天ぷら料理の店としてスタートさせていたのだが、妻の水谷ヨネさんが、忙しく働く夫へのまかないとして作り出したのが天むすだ。常連客向けの裏メニューとしても人気だったという。

天むすの評判がすこぶるいいため、やがてこれを看板メニューにすることが決まる。それから改良を重ねて商品化が確立したのは1959(昭和34)年ごろ。以来「おいしい天むすの店」として知られていくことになった。店名が「千寿」から「天むすの千寿」になったのもこのころだろう。水谷夫妻が営む初代の時代に、名古屋の店へ暖簾分けもしている。

水谷夫妻には後継ぎがなかったため、店の手伝いをしていた遠縁の親戚である仲村磯路さんが、店の2代目を継ぐことになった。そうして「元祖 天むすの千寿」は初代のレシピを守りながら時を重ね、現在は仲村さんの娘である福田尚美さんが3代目を継いでいる。福田さんは、従業員として10年前後の経験を持つ横山さん、中川さんと一緒に店を守っており、また、90歳を数えた仲村さんも、福田さんが店に立てない日は代わりに店でおむすびを握っている。
シンプルな料理だからこそ素材にこだわる

3代目の福田さんは「素朴だからこそ、味を守ることを大事にしています」と話す。天むす(1人前、5個650円)の味付けは、手に付けた塩だけである。あとは、米、エビの天ぷら、海苔だけで完成する料理。「だから素材の影響が大きいですね」と福田さんは続ける。素材選びには相応のこだわりを持っている様子だ。

天ぷらを揚げる油にはとりわけ上質なものを選んでいる。そうすると天ぷらの油が米に染み込まないという。「1日経っても全然ベタベタしないって、お客さんに褒めてもらえますよ」と仲村さんは微笑む。海苔は伊勢産を使い続けており、天むすに添えるきゃらぶきも初代の時代から変えていない。初代のこだわりが今も残っている。

ただし、米に関してはここ数年で変化があった。「以前はコシヒカリを使っていましたが、年によって作柄が違って苦労していたんです。でも三重県産の『結びの神』という銘柄ができて、これは県が品質チェックをしているから安定しているんです。それに、おにぎりに合うお米なんです。粒がしっかりしていて、ちょうどいい粘りの硬さがあります」と福田さんは地元の米を高く評価する。仲村さんも「おにぎりに“もってこい”ですわ」と認めている。
おいしさのために“作りたて”

「元祖 天むすの千寿」では、持ち帰りの大量注文を除いては、客の注文を受けてから天むすを握りはじめる。「作り置きはしてませんでね。お客さんの顔を見てから握ります」と仲村さん。前述の油が染み込まない点もそうだが、客においしく感じてもらえるよう、できる限りの努力をするのが当たり前。そうして客からは「いつでも変わらない味でいいね」と評価してもらえるという。

持ち帰りで数百人前という大量注文も多い。だからスタッフが常におにぎりを結び続けているような形で営業する日が多くなる。3人で流れ作業的に素早く天むすを完成させていき、来客があれば適時それに対応する。福田さんは1時間に400個の天むすを握ることができるという。仲村さんも「頑張れば350個ぐらいですかね」と衰えていない様子を見せる。
いたずらに手広く事業を広げるつもりはないと、仲村さんと福田さんは口をそろえる。「『芯のない人にやらせてもあかん』て初代さんに言われてますでね。昔からの変わらんやり方で、細く長く続けていきます」。
加藤山往
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