『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第5話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』の連載をスタート。


「それでは続きまして! 豪華景品総取りビンゴ大会!! パフパフパフ〜」

司会役の人が宴会場に設置してあるカラオケマイクを使いながら無理やり盛り上げようとして必要以上に声を張り上げている。

精度のいいマイクじゃないから、ピーピーとよく音がハウって声の抜けが悪い。そもそもいつから自分でパフパプパフというようになったのだろうか。

手元には入り口で配られたビンゴカードがあるが、一番初めに開ける真ん中のオールマイティーの穴もまだ開けていない。てか、それどころじゃない。まさか200人も来る社員旅行だなんて思いもしなかった…。埼玉近郊にある全店舗の社員とバイトが、ほぼ全員参加しているんじゃないだろうか。こんなことなら誰か遠い親戚が死んだことにしとけば良かった。

バスの車内でもずっとお腹がキリキリした。窓外を流れていく美しい景色も、夜のたった一つの催し物のせいで僕の目にはまったく入らなかった。この世界には風光明媚な地獄というのもあるのだ。

「ビンゴ!!!」

総勢200名がゆうに入る大会場で、数字が縦横斜めのどれかに揃った人たちの威勢のいいビンゴコールがあちこちで上がり始める。そのたびに「ええ!」という怒号が飛び交う。でもそれは心底悔しくてというよりは、なんだか酔った勢いでみんなこの大きな空間に自分の声も響かせたいような適当なニュアンスが含まれている。

ディズニーリゾートパスポート、松阪牛セット、メガドライブ、ご当地のお取り寄せグルメカタログ。次々と豪華景品が壇上で勝者に渡されていく。僕が全然参加しなかったなんてあとで母と姉が知ったら呆れるだろうか。でも、今は何も欲しくない。そんなことよりもビンゴコールが出れば出るほど終わりが近づいているということであり、それはつまり、このあとの一発芸がもう間もなく迫っているということだ。

「お、飲んでるか! 舞子の弟よ!」

浴衣の前がはだけたツッキーが瓶ビール片手によろめきながら僕のところにやって来た。

「ツッキーさん。僕、まだ学生なんで飲めないんです。ペプシで大丈夫っす」

「そうかそうか〜。舞子は酒豪だったけどなぁ」

「え?」

姉が飲めるなんて知らなかった。

「どれだけ飲んでも顔色一つ変えなかったもんな。むしろ潰されたもん、俺。あいつは仕事もすごかったが、飲んでもすごかったなぁ」

姉にまさかそんな一面があったなんて。うちの母は下戸だが、父は結構飲める人だ。体質は父に似たのか。

「そんなことより! 一発芸、楽しみにしてるぞ〜。うちの店舗が一番だって他の店のやつらに見せつけろよ〜」

「あ、はい…」

「大丈夫だぁ! どれだけスベッても俺が無理やり笑ってやるから〜」

そう言ってツッキーは自分が言った発言に自分で笑うと、また瓶ビールを持ってほかの席にフラフラと移動していった。

人の気も知らないで、のんきなもんだ。そもそもなんでスベる前提なんだ。

「ええ、それでは皆さん! ビンゴの景品もすべて出きったということで、恒例の一発芸大会に移りたいと思いまーす! 大いに盛り上がっていきましょう!! パフパフパフ〜ドンドンドン〜」

今度はパフパフパフのあとに太鼓までついた。そしてついに恐れていたこのときが来てしまった。

ずっと隠していたマイケルのダンスを、いよいよ人前で踊ってみようと決意したのは三日前だった。これまで学校のクラス会はおろか、身内にさえ自分がマイケルダンスをしていることを秘密にしていた。

自信がなかったというのもある。まだ機が熟していないとも思っていた。それよりも、僕はマイケルがどんな気持ちでいるのかを知りたくて踊っているのであって、誰かに見せるために踊っているわけじゃない。一挙手一投足をマイケルに限りなく近づけることが僕の最大の喜びなのだ。

「飯能店、バイト歴1 年目、ホール係、バック宙やります!!」

ステージに上がったどこかのバイトがマイクも使わずに大声で自己紹介すると、人垣で前が見えなくなった後方からでも分かるほど高く上に飛んで回転した。

「うおおおお!!」という歓声があがる。会場中で「すげー」、「ハンパねー」、「カッコいい」の声が入り乱れる。こういうとき、ああいった派手なアクションは有利だ。僕はますますお腹が締め付けられて痛くなった。

「新座店、バイト歴5年目! キッチン担当、コーラを一気飲みします!!」

いい加減、社員になれ〜。

コーラじゃなくて普通ビールだろー!

そこは寿司でいけよ!

バイト歴が5年にもなるとみんなから顔が知られているのか、当たりがやけにキツい。そして彼はコーラを途中で吐いてしまい失敗に終わった。

サムいぞー。もう一回やれ!

ペプシにしとけ!

流刑地に送るぞー。

みんな口々に好き放題言って彼を罵っている。

「上尾店、バイト歴2年目! 揚げ物担当、店長のモノマネやります!!」

似てねーぞ!

てか、誰だ、それ!

チョイス、考えろー。

最悪だ。これは史上最低に最悪だ。僕がマイケルなんてやった日には、一体どんな言葉が飛び交うのだろう。ただでさえ人から注目されるのが嫌いなのに、初めて人前で披露してあんな罵詈雑言を浴びせられたら僕はもう生きていけない。

次々と各店舗のバイトが死刑台にあげられ、衆目に晒されて可否を問われていく。ふと気づくと会場の奥の方で座布団を枕代わりにして寝ているツッキーの姿が見えた。

何がスベっても俺が無理やり笑ってやるからな、だ。

そんな飲みっぷりだから姉に負けるんだ。これで僕の味方は完全に消えた。

「では続いて、所沢店の尾藤一斗くんです!」

司会役の人が僕の名前を呼んだ。きた。もうやるしかない。

「あ! はい! あの…、すみませんが、このCDをかけてくれますか」

いつもとは違う手順に「おお!?」と会場がざわめく。みんな酔っぱらっているからいちいちリアクションが大きい。

「所沢店、バイト歴1年目! レーン担当、マイケル・ジャクソンやります!!」

「うおおおお!!!」まだ何もやっていないのに、マイケルと言っただけで急に会場にいる200名近い社員とバイトたちが一斉にどよめいた。もちろん、後方で眠っているツッキーを除いて。

(さすが、マイケルだ…)

なぜかその歓声を聞いた途端、僕の中にあった緊張と不安が一気に吹っ切れた。声援が僕に安心感を与えてくれたのだ。

演目は『スクリーム』と『ビリー・ジーン』。特に後者は何度も繰り返し練習してきた楽曲だ。マイケルのことはよく知らなくても、イントロ二小節のドラムと、そこに入ってくるあの特徴的なベースラインは、誰だって一度ぐらいは耳にしたことがあるはずだ。そしてこの曲はマイケルが初めてムーンウォークを披露した記念すべき作品でもある。ライブでは長く伸ばされた後半部分での超絶技巧のソロダンスが最大の見せ所だ。

会場に設置してあるスピーカーからいつも聴いているあの音が大音量で鳴った。その瞬間、僕はそこに安心感とマイケルの無敵さを身体中に感じた。改めて、なんてカッコいい音楽なんだろう。

すると酔った大勢の社員とバイトたちが一斉に拳を振り上げ「うぉい! うぉい! うぉい!」と掛け声をあげ始めた。会場が大きく揺れ、その地鳴りと波動が僕をさらに興奮させ、一気にテンションがあがった。

よし、見せてやる。

ここはブカレストだ。僕を見に集まった7万人の観客が今、目の前にいる。

彼らに一生忘れられない魔法をかけてやろう。

幸い、靴下で踊っているからいつもよりもうんと滑りがいい。

ムーンウォークからサイドウォーク、そして回転しながらのターンウォーク。

華麗に滑るたびに会場から面白いほど反応がある。

表情も口パクも完璧なタイミングで決まった。最後は帽子を観客席に向かって思いっきり飛ばしてフィニッシュだ。

…が、実際は帽子を被っていないので、頭に巻いていた手ぬぐいをアリーナに投げた。

ヒラヒラと空中に舞う豆絞りの行方を目で見送る。

「アイラブユー!!!」

気がつくと僕は両手を広げて「アイラブユー!!!」と言ってしまっていた。

(しまった、また入り込んでしまった…)

でも、それを笑う者は誰一人いなかった。

次の瞬間、会場から割れんばかりの拍手と大歓声が起きた。

「すげーよ!!」、「カッコいい!!」、「マイコーーーーー!!!」

僕はしばらく放心状態だったが、急に恥ずかしくなり、広げた両手を引っ込め「あ、ありがとうございましたー」と小声で言って、そそくさとステージを降りた。

自分の席についてからも息が整わず、鼓動がおさまらない。

とにかく喉が渇いていて目の前にあったペプシを一気に飲み干した。色んな人たちが今までとは違った目で僕を見ているのが分かる。女の子たちも悪くない感じでヒソヒソと話している。

「おお、どうだったよ〜。舞子の弟よ〜。すまんな、ちょっと寝ちゃったわ」

見上げると目の前に寝起きのツッキーが揺れて立っていた。

「やっぱ、スベッた〜?」

僕は込み上げてくる喜びをどうにか抑えて、「はい。滑りました」と笑った。

(第6話へ続く)

加藤由盛

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