『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第9話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』


蒲田の『SOUL BARスタジオ54』で行われた『第一回 MJ DANCE PARTY』に参加したことで僕の交友関係は一気に広がった。期せずして、パフォーマンスタイムに一人で踊ったことがきっかけで相手からも自分からも声がかけやすくなった。

とにかく同じ熱量でマイケルトークができることが嬉しくて、気がつくと僕はその日だけで60人ぐらいの人たちと連絡先を交換していた。どさくさに紛れてタチアナの連絡先が自然に訊けたことも嬉しかった。

彼女は僕をマイケル・ジャクソンに見立てて『バッド』からの名曲『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』のショートフィルムを忠実に再現したいという。しかも相手役の女性モデルは自分だ。

最初は少々強引にも思えたが、僕は気負いなく自分を主張できるタチアナがむしろ素敵に見えた。それぐらいじゃないとCMプランナーなんて務まらないのだろう。それに、彼女はぴったりの配役だ。

あれから不定期だが彼女から進捗状況を知らせる電話があるのも嬉しい。自分からはなかなか連絡できなくても、共通の目的があるから話が弾む。どうやらタチアナはそうとう器用な人らしく、今回のプロジェクトのために自らサイトを立ち上げ、そこでエキストラの参加を募った。絵コンテも事前に送ってもらったが、カット割りで描かれている絵がすでに上手い。

「絵も描けるのか〜。なんでもできる人なんだなぁ」

ますますタチアナの魅力に惹かれている自分がいる。

電話が鳴る。おそらく彼女からだ。彼女から、と思っている時点でなんだかつき合っているみたいで照れる。

「もしもし」

「ITTOくん? 参加者、集まったよ!」

「ホントですか! 早いですね! さすがネットだ、すごい!」

「みんなのスケジュールを合わせるとやっぱり土日がいいみたいね」

「僕もバイト、調整してみます!」

「OK! じゃ、早めがいいから近日中に決行しましょう」

「はい!!」

僕は初めてのショートフィルム撮影に胸が躍って自分の部屋のベッドにダイブした。なんだかプロみたいだ。きっと俳優さんやミュージシャンも撮影前はこんな気分になるのかもしれない。僕はとにかく自分のパフォーマンスを磨くことに専念して、あとはタチアナにすべて任せることに決めた。

「えっ! メ、メイクですか!?」

僕は撮影場所となる西新宿の公園で素っ頓狂な声をあげた。

「そうよ。何で?」

「いや、メイクなんてしたことないですし…」

「何言っているの。撮影でメイクは普通のことよ」

「でも、これってメイクというより変装じゃないですか!」

「本物に近づきたいんでしょ?」

「そうですけど…」

タチアナはそう言うと僕にメイクさんたちを手早く紹介して、エキストラが待つ場所へと向かった。

「一斗くん! 大丈夫! 気持ちがあれば関係ない!」

「ちゃんといい感じにしますから〜」

僕は二人のメイクさんたちに言われるがまま、渋々公園のベンチに腰かけた。素人の僕らに楽屋はない。

西新宿がロケーション的にばっちりだとタチアナから連絡があったのは一昨日のことだ。きっとそれまで相当ロケハンをしたのだと思う。ロケハンなんて言葉も彼女から教わった。なぜならマイケルの『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』は、実際はスタジオで撮られていて、それに見合う場所などなかなか外では見つからないからだ。例えばビル群をバックに撮影するとなれば、どうしたって他の通行人や車に邪魔されてしまう。

そこで彼女はビルとビルの間に挟まれた大きめの公園を選んできた。ストリートの絵と広々とした場所でのダンスシーンを両方スタンバイさせるためだ。

撮影は人通りが少なくなった深夜から始めて、時間を効率よく使うために交通量の多いときは公園、通行人が少なくなったらすかさずストリートに出て交互に撮影する。これなら移動時間も短縮できるし、あとで良いシーンだけを上手くつなぎ合わせればなんとかなる。西新宿なら出演者たちも交通の便が良くてストレスが少ない。

つくづく機転が利く人だと感心したが、まさかメイクまで施されるとは思わなかった。僕はてっきりカット割りごとの動きとダンスさえきちんとできればいいと思っていたのだ。しかし、混乱する僕をよそに、メイクはどんどんと進んでいく。

ファンデーション、アイブロウ、ノーズシャドウにアイシャドウ。アイラインを引いてビューラーで睫毛をカールさせる。どれもよく姉がやっているやつだ。まさかそれを自分がやる羽目になるとは。

するとメイクさんが口紅を僕に塗ろうとした。

「ちょ、ちょっと待って下さい!! 口紅は!!」

「もうここまできたらつべこべ言わないの! マイケルって結構、唇大事よ」

口紅だけに留まらず、チークにハイライト、顎を少し割るための薄い線まで足された。そして最後はヘアメイク。一体ここまででどれほどの時間をかけたのだろうか。1時間はゆうに越えている。僕はもう目を閉じてなすがままにされた。

「うわーーー! すご!」

「めちゃくちゃ似てるんだけど!!!」

メイクさんたちが揃って声をあげる。

「ね! 一斗くん! 自分で鏡を見てみなさいよ!」

僕はあまり気乗りしないまま、手鏡を借りて覗いてみた。

「え…」

思わず言葉を失った。

なんとそこには見事なまでに『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』のときのマイケルが再現されていたのだった。

「これ…僕?」

信じられない。手鏡を使ってありとあらゆる角度から覗き見る。顎のライン、鼻の雰囲気、髪の毛の乱れ具合、すべてが完璧だ。

「タチアナちゃん! ちょっと来てーー!!」

メイクの一人がエキストラに細かく指示を出しているタチアナを大声で呼んだ。

僕はまだ自分の顔に見とれていた。いや、正確に言えば自分の顔ではない。マイケルの顔だ。メイク一つでこんなにも人は変わることができるのか。

「ほらね。やって良かったでしょ」

振り向くとタチアナが両手を組んで満足げにそこに立っていた。

「さ、やるわよ。その前にエキストラのみんなを紹介するわね。こっちに来て」

僕はメイクの間、タチアナが熱心に指導していたエキストラの輪へと向かった。

「みんな、紹介するわ。マイケル役のITTOくん!」

見回すと僕よりもみんな大人に見える。僕は小さな声でよろしくお願いしますと言って頭を下げた。

タチアナが手際良く次々にエキストラを紹介していく。人数が多すぎてなかなか覚えられないが、何人かこの間のダンパで知り合った人たちもいた。

「ども、フレディーです。この間のダンパぶりだね! マイケルの顔バッチリじゃん!」

僕のことをバッチリじゃんと褒めてくれたその人は、英国のロックグループ、クイーンのフレディー・マーキュリーに顔がそっくりで自分のことをフレディーと名付けたそうだ。

確かにオデコの広さや髭の濃さも含めてフォルムが似ている。きっと僕みたいにメイクしたら劇的に変身するに違いない。マイケルとフレディーは実際に交友関係があったから、なんだか運命みたいだ。

「よろしくお願いします!」

さらに何人か紹介されたあと、ふとさっきから一人だけ輪から外れて自分の振り付けに専念している人がいることに気づいた。自分から挨拶しにいこうと思ったが、不思議なオーラをまとっていて少し近づきにくい。タチアナが「あの人はオパールさん」と言って簡単に紹介して次にいったので、気にはなったが時間もないので彼女の仕切りに従った。

「さ、時間がないわ! 人通りが少ない深夜から明け方が勝負よ! みんなで最高のショートフィルムを撮りましょう!」

そういうとパンパンと手を叩いて、みんなを鼓舞した。

よく見るとその表情はすでにタチアナ・サムツェンの顔になっていた。

(第10話へ続く)

加藤由盛

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