『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第11話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


西新宿で行われたマイケルのショートフィルム『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』を忠実に再現するというプロジェクトは大成功を収めた。タチアナの正確な絵コンテと周到なロケハンのおかげで撮影は無事に終わり、バラバラだった素材も見事に編集され、これ以上ないほどの仕上がりになった。

スタジオでどんどん完成されていく様子を見ていた僕は、魔法は最初だけでなくラスト一分一秒までかかることも知った。今ではこの作品をマイケル本人にも見せたいぐらいだ。

このプロジェクトを通じて僕がいくつか学んだことがある。

一つは、映像化されたときの再現力の高さ。

カメラという新たな視点が加わり、それまでマイケルのダンスを忠実に模写することだけに情熱を注いでいたのが、照明、衣装、カット割り、メイクなど撮られ方をもっと意識することで完成度が高められることを知ったのだ。きっとこれは今後のパフォーマンスにも役立つだろう。

マイケルが世界を席巻した要因に、80年代のMTVの存在というのがある。『スリラー』の映像がお茶の間で何度もオンエアされ、テレビの前の子供たちがかじりついたのだ。映画好きのマイケルは、自分の音楽を常に視覚としても表現する。今ではどんなミュージシャンでも当たり前に作っているミュージックビデオも、彼はその効果を誰よりも早い段階で気づいて実践していたのだ。僕がマイケルをもっと深く知るために、映像に興味がいくのは必然な気がした。

二つ目は、プロ意識。

周囲の反感を買っても絶えず最良のジャッジをして、エキストラやスタッフに指示を出すタチアナの姿は僕に本質的なことを教えてくれた。

私情を挟まず、良い作品を追求するのがプロなのだ。結果、完成したショートフィルムを観て誰もが喜んだ。すべてのしがらみがウソみたいになくなり、あれだけ悪態をついていたフレディーも、今では自ら進んで肌を黒く塗ろうと言っている。良いものができれば、それが一番ハッピーなのだ。

ただ、予想外だったのは三つ目である。

恋だ。

いや、正確に言えば、恋する前の唇だ。

完成したショートフィルムは、そのシーンをシルエットでうまく誤摩化していたが、事故なのかわざとなのか、僕はあの日、タチアナとキスをしてしまった。

一瞬気が動転し、何が何だかよく分からなくなってしまったが、明らかにあのとき唇と唇が触れあったことだけは確かだ。

それ以来、彼女のことが頭から離れず、昼も夜もバイト中も気になって仕方がない。あの冷静なタチアナが、一体どういうつもりでそんなことをしてきたのか、僕にはさっぱり分からない。ただ、もっと大きな問題が浮上した。

なんとタチアナがキノさんの彼女だという噂を耳にしたのだ。

#THRILLER

「今度の『所沢STREET DANCE CONTEST』で踊る曲、決めた?」

タチアナから久しぶりに連絡があったのは、バイトから帰って来てちょうどお風呂に入ろうとしているときだった。彼女は僕のスケジュールをほぼ把握している。

「いや、まだです」

彼女からの電話は死ぬほど嬉しかったが、あのときの真相が聞けずにずっとモヤモヤしていた。もし本当にキノさんの彼女だったら、僕は一体どうすれば良いのだろう。

「やっぱり『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』ですかね?」

タチアナが電話口の向こうで珍しく黙っている。

あのショートフィルムで息の合ったダンスを見せたエキストラたちと踊れば、何度もやって身体に染み付いている分だけ勝算があると思って発言したのだが、内心はその話題を出すことで例のキスについても何か触れてくれないかと期待した。そして僕のことをどう思っているのかも。

「うーん、なんか違う気がする」

「え?」

てっきり『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』なら喜んで賛同してくれると思ったのだが、思いのほか違う反応が返ってきて戸惑った。

「ダンスコンテストなら、もっとシンプルにダンスにフォーカスしたものが良い気がする」

確かにあれはショートフィルムだからこそ成り立つものだった。もちろんダンスパートもカッコいいのだが、大半はマイケルがタチアナを追いかけ回すことがメインになる楽曲だ。

「なるほど…」

彼女の助言はいつだって的確だ。

「そうだ、スムクリにしてみたら?」

「え! スムクリ!?」

スムクリとは、アルバム『バッド』に収録された第七弾シングル『スムーズ・クリミナル』のことである。すべてのワールドツアーのセットリストに必ず入るほどマイケルの作品の中では絶対に外せない定番曲だ。

『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』同様に印象的なそのショートフィルムは、マイケルが主演、原案、製作総指揮を取ったミュージカル映画『ムーンウォーカー』に収録された作品で、ギャングが幅を利かせる1930年代のシカゴのクラブを背景に繰り広げられるクラシカルなダンスパフォーマンスだ。

ライブだとさらにアレンジされ、イメージを踏襲しつつも、全体的に決められた振り付けがあって見る人を最後まで飽きさせない。

「スムクリかー。確かに、その手がありましたね」

「ただ、一つ問題があるわ」

「もしかして…」

「そう、アンチ・グラヴィティよ」

『スムーズ・クリミナル』の中で用いられるアンチ・グラヴィティと呼ばれた演出は、マイケルとダンサーたちが一斉に前に向かって倒れ、全員が地面すれすれのところで止まり、また定位置に戻るという自然の法則を完全に無視したパフォーマンスのことだ。重力に逆らうという意味でアンチ・グラヴィティである。

披露された当時は画期的で、見るものの度肝を抜いた。それはそうだ、どんなに努力しても筋肉の力だけでどうにかなる技ではない。完全に重力に逆らっているのだ。

今では『スムーズ・クリミナル』のアイコン的な演出となっており、これなしでは考えられないほどパフォーマンスをする際はお客さんから否が応でも期待されてしまう箇所だ。

「やっぱり、やらなきゃいけないですよね」

「そうね…。ま、みんな期待するでしょうね。審査員たちも」

あのトリックができるのはマイケルの圧倒的な経済力と一流のステージスタッフのおかげだと思っていた。ショートフィルムではワイヤーを使って天井から吊り上げているそうだが、ライブでは靴底を床から出てくる特殊な杭にハメて体を45度近くまで傾ける。

最初は靴にも床にも細工してあったなんて、まったく気づかなかった。マイケルなら自力でやっているのではないかと本気で思っていたのだ。果たしてこんな素人集団に、あのトリックを実現する術はあるのだろうか。

「でも、無理しなくてもいいわ。マイケルもバッドツアーではその部分を省いてやっていたから」

「だけど、ブカレストやそのあとのワールドツアーではやってますもんね」

「そうね…」

二人とも口が重くなった。タチアナもこればっかりは、なかなか名案が浮かばないようだ。

「やっぱりスムクリでいきます!」

「大丈夫なの?」

「はい!」

タチアナの気持ちに応えたい。いや、本音を言うと良いところを見せたい。ただそれだけの不純な動機でそう言い切ってしまった。

今はまだ名案が浮かばなくても、もしも僕がスムクリでアンチ・グラヴィティを再現できたら、彼女にすごいと思ってもらえるかもしれない。そうしたらきっと僕のことを見直して、歳下としてではなく、もっと一人の男性として見てくれるかもしれない。

(よし、やるぞ!!)

すでに僕の心が重力に逆らって浮いていた。

(第12話へ続く)

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