『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第19話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


#BAD

MJ-Soul最大の修羅場を迎えた後の『NEVERLAND』は、どうにかギリギリのところでやり遂げることができた。イベント的には集客も多くてとりあえずは成功したと思う。

これを機にグループはもう解散しようと思ったが、すでに決まっているイベントもあったのと、コングくんの粘り強い説得もあり、あと少しだけ頑張ってみることにした。ただ、タチアナとは別れた。彼女は僕をなんとしてでも更生させようとしたが、色んなことが嫌になって一人になりたかった。

皮肉なのは、時を同じくして本国のマイケルが児童性的虐待で無罪判決になったことだ。僕は有罪で、マイケルは無罪。ひとまず良かったのか悪かったのか…。

「どうする? 今日は?」

コングくんが安田ビルの練習後、言ってきた。

「うん。行こうかな」

最近、毎週のように茅ヶ崎にあるコングくんの一人暮らしの家に行っている。埼玉と茅ヶ崎の距離だと帰れないから結局泊まることになる。僕も真似して最近実家を出て一人暮らしを始めたが、なんだかあまり家にいたくない。

長いことバイトしていた回転寿司は、バイトリーダーになってようやく体裁が保てたので辞めた。僕はフレディーみたいにこれ一本で生計を立てるという思いにはなれない。飲食店で働いた経験を生かして、調理師免許を取得して今は銀座のレストランの厨房で働いている。土地柄か、仕事の内容はかなりしんどい。そのあとに練習となるともうヘトヘトだ。

オパちゃんは、従兄弟が社長を務める金属加工の会社に入ったらしい。それで合点がいった。おそらく、アンチ・グラヴィティはそこで制作したのだろう。さすがにもうホームレスはやっていないみたいだが、それ以外の動きは相変わらず謎だ。

フレディーはクイーンのインパーソネーターとして磨きがかかってきて、最近は色んなところに呼ばれてそっちの方が忙しいらしい。むしろそっちを頑張りたいみたいだ。

一番若いユーコとジュディスは、まだ辞めずに参加してくれているが、彼女たちは「バックダンサーの衣装がダサい」とか、「オパさんの動きがキモい」とか、細かいことをいちいち注文するようになってきた。女性というのは、結局強い。僕らは解散こそしていないが、グループ内はバラバラだ。

「何か観る?」

コングくんは映像関係の仕事をしているだけあって、家にDVDが山ほどある。部屋の壁一面がコレクションケースになっていて、バットマンやスターウォーズなどハリウッド映画のフィギュアが所狭しと飾られている。僕は遠慮せずにもう横になって自分の家のようにくつろいでいた。

「うーん、なんでもいいよー」

適当にそう言うと、言葉だけが宙を漂った。

「な、イーくんさ…」コングくんがパソコンを広げて僕に言ってきた。「別にうちにいるのは構わないんだけど、マイケルがそんなんじゃ、何も変わんないぜ」

ローテーブルにあった袋の開いたポテチに手を出す。

別に僕はマイケルじゃない。

「俺さ、初めてイーくんを麻布十番で見たとき、マジですげーと思ったよ。ガキのころに見たマイケルの『バッド・ワールド・ツアー』の、あのマイケル・ジャクソンが目の前にいるって。何でこんなところにいるんだって、本気で思ったんだ」

僕は黙ってポテチを食べ続ける。

「イーくんは自分のことをどう思っているか知らないけど、インパーソネーターだろうがなんだろうが、イーくんは今でも俺のアイドルなんだ。世界で一番だと思ってる。俺はそれを一人でも多くの人に届ける手伝いがしたい。見てくれ! こいつすげーだろって! な、だから、こんな些細なことに負けんなよ」

そんな風に言ってもらえて有り難かった。ただ僕はなんだか素直になれず、考え事をしている振りをしてコレクションケースに入っているフィギュアをボーッと眺めた。

正直に言うと、インパーソネーターの在り方について迷っているところもある。このままの活動で本当にいいのかどうか、オパちゃんのあの一言もまだ響いている。

何かを広めるということは、どうしたって商業的にもなるということだ。そうなると色々と弊害も出てくるし、何よりも心がマイケルから遠ざかるような気もしている。

「お、おい!!」

コングくんが急に声をあげた。

「ん?」

あまりのテンションの高さに僕が振り向くと、コングくんがパソコンに釘付けになっている。

「マ、マイケルが…、マイケルが来日するって!!」

「え!?」急いで起き上がってパソコンを覗きにいった。

「しかも、マイケルの前でパフォーマンスできるオーディションが開催されるらしいぞ!!」

記事を読んでみた。

【マイケルがクリスマスに来日することが発表された。クリスマスにマジカルプロダクションが主催するMJファンイベントのため来日。イベント内でマイケルの前でパフォーマンスする権利を賭けたオーディション開催!】

「これってさ…、デマじゃないよね?」

マイケルほどのスーパースターにもなると、あらゆる噂が絶えず飛び交う。その一つ一つに真偽の疑わしいものが多い。気をつけて判断しなければ大きな肩すかしを食らうことになる。

「どうなんだろ…、マイケルもコメントを寄せているぐらいだからなぁ」

【「また日本を訪れて僕のファンや友人たちと挨拶できるのを楽しみにしています」マイケル・ジャクソン】

「キノさんに聞いてみよう!」

日本一のマイケルファンサイトを運営しているキノさんなら確実だろう。コングくんに携帯を借りて、僕は久しぶりにキノさんに連絡を取ってみた。「もしもし! キノさん!」で、すべてがもう通じた。

やはりマイケルが…来る!

しかもマイケルの前で踊れるチャンスがあるという。

心臓が早鐘を打った。この感じ、久しぶりだ。長年マイケルのダンスをやってきた身として、このオーディションを受けないわけにはいかない。いつの間にか僕は立ち上がって拳に力を入れていた。

「コンくん!」

「?」

「僕が本当に世界一のインパーソネーターかどうか、確かめに行こう」

『スリラー・オーディション』と題されたそれは、ファン感謝デーと称されながらも世界で一億四百万枚以上も売り上げたモンスターアルバム『スリラー』の25周年を同時に祝うものでもあった。新たなリミックスも収録されてリミテッド・エディションとしてCDも再リリースされ、マイケル旋風が音楽市場にまた吹き始めていた。

オーディションの条件は、どんなアレンジであれ『スリラー』を使用すること。新しく自分たち流に振りを考えたりしても良いが、僕はMJ-Soulの本来の形である“忠実にマイケルのステージを再現する”というスタイルでエントリーすることに決めた。

仮にオーディションに通った場合、本人の前で本人と同じことをそのままやるなんてどうなんだという意見も多く出た。

確かに、僕がマイケルなら自分の作品をどんな風にアレンジしたのか見てみたいと思うかもしれない。だが、たとえこのやり方で僕らが勝てる見込みは少なかったとしても、それでも僕はもう一度MJ-Soulの原点に返ることにした。

なぜなら、僕はマイケルの景色が見たくてこの活動を始めたからだ。

自分自身を見せたいのではない。

そのためにマイケルに近づく努力だけを今までずっとしてきたのだ。そこに余計なアイデンティティはいらない。マイケルに対して僕なりの感謝の仕方があるとすれば、僕がしてきたことをしっかりと見せるだけだ。

マイケル、あなたが僕を作ったんだ。

最終的にオパちゃんが「いっくんが、したいようにすればいい」と強く後押ししてくれたのはとても心強かった。

その日から練習の鬼になった。

明確な目標ができて自分に喝が入ると、自然とグループの士気も上がる。人を動かすのはいつだって言葉よりも熱量だ。しかも、今回は今までとはわけが違う。マイケル本人の前で踊るチャンスなのだ。

僕の真価が、問われるときがきた。

(第20話へ続く)

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