『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第20話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


横浜ベイホール。収容人数可変式、中規模のライブハウスと呼ばれているが、オールスタンディングにすると1100人は収容できる大きな会場だ。

元町・中華街駅を降りて山下埠頭に向かって十五分ほど歩くと、一目でそれと分かる集団たちが目につき始めた。

マイケルが『スリラー』のショートフィルムで使用した赤いレザージャケット、アイコンの黒いフェドラ帽、白いスパンコールの手袋と靴下など、本物顔負けの衣装からお手製の粗末なものまで、それぞれが思い思いの衣装を身にまとってみんな一つの目的に向かって歩いている。

その目的とは、オーディションで優勝してマイケルの前でパフォーマンスする権利を得るというものだ。

そもそもこの話が出たのが突然すぎて、ファンの間でも様々な憶測が流れた。なぜなら今までこれほど大々的なファンイベントなど開催されたことがなかったからだ。果たして、マイケルが本当にこれを了承したのかどうかも疑わしかった。

「マイケルって本当にクリスマスに来日するのかな?」

12月の埠頭は身を切るような寒さだ。ユーコはこれから始まるオーディションに緊張しているのか、ただ寒くて震えているのか、弱々しい声で僕に聞いてきた。

「分からない。でも、マイケルのインパーソネーターをずっとやってきた身として、このオーディションは受けなきゃいけない」

「にしてもさ、クリスマスチケットが一枚40万円ってありえなくね!?」

フレディーがマフラー越しにくぐもった声で言ってきた。

『マイケル・ジャクソン・プレミアム・クリスマス・パーティー』と称された来日イベントは、なんとプラチナチケットが一枚40万円、ゴールドチケットでも一枚20万円という法外な値段がついていた。ファンのためのイベントなのに、まるでファンに優しくないこの企画は、ワイドショーでも連日取り上げられてちょっとした騒ぎになっていた。

「でもやるんだよ!!」

そう言ったコングくんは、今日はカメラマンとして同行するだけで出演者ではないのだが、誰よりも気合いは入っている。

「てか、ジュディスはその格好、寒くないの?」

コングくんが指摘する通り、さっきから寒くて死にそうなメンバーをよそにジュディスは胸元を開けてかなりの薄着だ。

「アメリカデハ、これくらいじゃダウンキナイネー」

確かにアメリカ人は冬でもTシャツ一枚でいるのをよく見かける。暑がりなのだろうか。ただ、それに負けず劣らずオパちゃんも薄着だ。

「オパちゃんも寒くないの?」僕が聞くと「心頭を滅却すれば火もまた涼し」と返されて、みんな押し黙った。

横浜ベイホールは異様な熱気に包まれていた。扉を開けた瞬間、外の寒さがウソのように人間の体温から発せられる熱波が僕を襲った。いよいよこれから始まるオーディションに向けて各グループが円陣を組んで、振りの最終確認をしたり、準備体操をしたり、それぞれ気合いが漲っている。この大きな会場に全国からマイケルファンが集まっていると思うとそれだけで興奮した。

「MJ-Soulの一斗くんやろ?」

突然、知らない人から話しかけられた。声の方に振り向くと、見た目がデンジャラス期のマイケル・ジャクソンにそっくりな人がそこに立っていた。

「自分、大阪のデンジャラス・じゅん、言います。一斗くんの噂、よー聞いてまっせ」

「あ、それはどうも…。えっと、どこかでお会いしましたっけ?」

「ないで。ただ、僕は一斗くんのこと昔からよーチェックしてましたから。今日はお会いできて光栄ですわ!」

「そんな光栄だなんて。それより、デンジャラスの頃のマイケルにそっくりですね!」

「うん。整形したからね」

「え? 整形?」

こともなげに言ってのけたデンジャラス・じゅんに僕はびっくりして、しばらく固まってジロジロ眺めてしまった。

「整形だけじゃないで。僕、歌も唄うからね」

「え、歌う?」

「そうやー、見た目だけじゃなくて歌まで本人のように歌って、初めて本物のインパーソネーターやと僕は思うてんねん」

ドキっとした。なぜなら僕は音源に合わせて口パクするのであって、マイケルのように歌うことはできないからだ。

良いか悪いかは別として、インパーソネーターが歌うべきかどうかという問題は昔からずっとあった。

海外だとインパーソネーターが本人さながらに歌い、ラスベガスなどで何日間も公演することはある。僕のように音源を使用してパフォーマンスをする場合、権利問題が浮上するので、営業を続けていくのにはどうしたって限界が出てくる。マイケルの版権を保有するソニーとマイケル・ジャクソン・エステートは審査基準が厳しい。僕が自分を商業的に広めていくことができない一番の理由はここだ。自分を作品としてパッケージ化しにくいのだ。

できることなら僕だってマイケルのように歌いたい。歌うことができればカバー申請を出して正式にアピールすることができる。しかし、歌唱力に関してはどうしても限界がある。たとえ母がカラオケの先生でもマイケルの歌は唯一無二だ。簡単に真似することはできない。

「一斗くんは歌わへんの?」

「あ、いやー、歌はちょっと…」

「そうなんや。残念やな。“それ以外は”めっちゃ似てんのに〜」

それ以外という言葉が妙に癇に障った。僕に会えて光栄だとか言いながらさっきから随分と好戦的だ。

「音源の上でずっと真似したって、お客さんはただCD聴いている状態と変わらへんもんね。ほな、お互いがんばりまひょ」

そう言うとデンジャラス・じゅんは、ひょいと後ろを向いて僕の方を見ずに手を振った。

「ちょっ」

何か言いかけようとしたとき、オパちゃんがいつの間にか僕の横に立っていた。

「オパちゃん…」

やはり持つべきものは仲間だ。

「心頭を滅却すれば火もまた涼し」オパちゃんはまたそう言うと、ふらっとどこかへ消えていった。

「オパちゃん…、それ、どういう意味なのよ」

* * * * * * *

『スリラー・オーディション』には、全国各地から計8組のマイケルフリークたちが参加した。キッズダンサーからプロのダンサーまで、MJダンパで見知った仲間も会場で多く見かけた。それぞれが与えられた尺のなかでマイケルの曲をアレンジしつつも『スリラー』を使用することが必須条件である。

参加者の中には、和太鼓とマイケルの曲を融合させてメッセージを伝えようとするもの、キッズダンサーを使って世界に平和と愛を伝えようとするもの、『スリラー』をヒップホップアレンジにして披露するもの、種々様々だ。

司会者が次々にエントリーナンバーを呼んで『スリラー・オーディション』が滞りなく進行していく。僕はここにきて、自分の完コピスタイルで良かったのかと今さらながら後悔し始めていた。

そして、あのデンジャラス・じゅんの出番になった。

衣装はもちろん上から下までデンジャラス期のマイケルで決めている。おそらく『ジャム』をやるのだろう。マイクを持たずにダンスしながらでも歌えるワイヤレスのヘッドセットを頭につけている。

登場してからしばらく動かない。僕の大好きな、あの有名な『ライヴ・イン・ブカレスト』の冒頭シーンだ。そしてたっぷりと時間をかけたあと、デンジャラス・じゅんは予想通り『ジャム』からパフォーマンスを始めた。

「ヒィーヒィー!!!」

(歌っている!)

どこでカラオケだけのバージョンを見つけてきたのか知らないが、デンジャラス・じゅんは確かに自分の声だけで歌っている。僕は心底驚いた。

マイケルの歌は昔からカバーするのが難しいと言われている。それは彼が作る独特の世界と強烈な個性が楽曲に染み付き過ぎていて、オリジナルを越えられないからというのもある。だがそれよりも最大の原因は、マイケルの歌唱法に特徴があるからだ。

マイケルの歌はとてもパーカッシブなのだ。ドラム的とも言える。もともとジャクソン5結成当初、マイケルの担当楽器がボンゴだったように、彼は楽曲制作においても、たとえばミュージシャンへの楽器の指示など、ほぼ口だけで音を再現してパーカッシブに伝達する。

あの天才的なリズム感があるからこそ、初めてマイケルの歌になるのであって、それがない限りはたとえどんなに上手いシンガーがカバーしても凡庸なものになってしまうのだ。

しかし、デンジャラス・じゅんにはそれがあった。そして『ジャム』と『スリラー』を自分の声だけで最後まで歌いきった。それも、踊りながらだ。確かに日本のインパーソネーターでここまで歌える人はいないだろう。

会場も初めて歌うマイケルのインパーソネーターを見たのか、異様に盛り上がっている。審査員の反応も良さそうだ。

圧巻だった。

あれはどうしたって僕にはできない。

やりたくても、できない。

僕はステージに出るのが怖くなった。

(第21話へ続く)

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