『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第21話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


「やりたくねーだと!!? ふざけんなよ!!」

コングくんが控え室でキレている。合同楽屋だから他の出演者たちもチラチラこちらを見ているのが分かる。

「世界一のインパーソネーターかどうか確かめに行こうって俺に格好つけておいて、今さら何言ってんだよ!!」

メンバーがすでにスリラー用のゾンビメイクをしているのに、僕だけ着替えもまだだ。

「いいんだ、もう別に。僕はどうせ偽物だから」

「インパーソネーターに本物も偽物もあるかよ!! みんな今日まで必死でイーくんについてきたんだろ!? それを怖じ気づいてやめるって、それでもリーダーか!?」

「僕はリーダーじゃないよ。リーダーはコンくんだ」

「はぁ〜!?」コングくんが、近くにあったゴミ箱を蹴り倒した。その瞬間、他の出演者たちが何人か楽屋を出て行った。

「てめー、ふざけんなよ。どんな気持ちで俺らが今日までついてきたと思ってんだ!」

コングくんが僕の両肩を持って壁に押しつけた。生まれて初めてこんなことを人にされたが、それでも突き返す気力もない。

「やめとけよ! 本番前に」

フレディーがそう言って僕らを無理やり引き離した。

「どうせ出ねーんだろ! 勝手にしろよ!」

コングくんが楽屋のドアを力任せに閉めて出て行った。僕はしばらく呆然と立ち尽くした。

「いっくん、ちょっといいか?」

珍しくオパちゃんが話しかけてきた。そのまま外に出ていったので、僕もそれに従った。

横浜ベイホールの外は、湾岸沿いに倉庫が等間隔に広がり閑散としている。月と照明灯の区別がつかない工場の夜景は、侘しさをいっそう募らせて何も訴えてこない。すぐ近くにあるはずの海も、まるで漫画のベタ塗りのように夜空と同化されていて見えない。ただ、なんとなく潮風の香りが時折する程度だ。

「寒いね」

返事がないので、仕方なく、二人でジッと海の方を眺めてからまた僕の方から切り出した。

「前にさ、オパちゃんに言われた一言、ずっと引っかかってるんだ。“このままでいいのか? いっくん”って。覚えてる?」

オパちゃんはチラッとこちらを見ただけでまだ何も答えない。そもそもメガネに照明灯が反射して目線が合っているのかさえ分からない。

「マイケルが好きで、マイケルと同じ景色が見たくて、がむしゃらにやってきたのに。現実はただの物まねにすぎなくて、本物のパフォーマーの前ではあっさりと負ける。最近は色んなところから呼ばれることが増えたけど、僕はやっぱりただの色物で…」

喋っていて泣けてきた。頭ではずっとわかっていたことでも、いざ言葉にすると自分の敗北を認めているようで涙が溢れてきた。

「オパちゃん、僕は偽物なのかな…。このままでいいのかな?」

すると、オパちゃんがようやく口を開いた。

「誰に負けるんだ?」

とても澄んだ声だった。

「え?」

「いっくんは、誰に負けるんだと、オラは訊いてるんだ」

「本物のパフォーマーの前では…」

「自分だろ」

その時、メガネ越しのオパちゃんと初めて目が合った。その目がすべてを見透かしているようで心臓が止まりそうになった。

「いっくんは、精神面にノイズが多すぎる。人目が気になり過ぎて動きが固くなっている。人に見られることに心が囚われているからだ」

オパちゃんがこんなに喋るのを初めて聞いた。前から思慮深い人だとは思っていたけど、自分の弱さの原因をピタリと言い当てられて僕は何も言えなかった。

「デンジャラスなんちゃらがなんだ。言っておくが、技術=ダンスじゃない。ダンスの形を借りて技術を見せるのではなく、心を見せるんだ。それがMJ-Soulじゃないのか?」

その通りだった。

僕らはマイケルの魂を再現する集団だった。自己を顕示するわけじゃない。僕の心に邪念が生まれたらそれが濁ることになる。最近やればやるほどマイケルから離れていくように感じていたのは自分の心に原因があったからだ。

「オパちゃん…」

さっきとは違う種類の涙が出てきた。

「マイケルは歌わなくても、ダンスだけでも世界を変えたんだ」

オパちゃんはそう言うと、僕の背中を優しく撫でた。

そうだ。僕は歌えない。でも、マイケルのダンスだけなら誰にも負けない。そのダンスですべてを変えてやる。敵はデンジャラス・じゅんじゃなくて、鏡に映っている自分だ。

「お! 一斗、戻ってきたかー!」

フレディーがつとめて明るく振る舞っているのが声でわかった。顔はすっかりクイーンの影もなく完全にゾンビになっている。

コングくんは僕に気づいているのに、愛用のノートパソコンを広げて知らない振りを決め込んでいる。

「さっきはごめん!」

僕はコングくんの前に行って深く頭を下げ、今度は息を大きく吸い込んでからメンバーの方を見た。

「みんなもごめん! 誰が偽物とか本物とか、もうどうでもいいや! MJ-Soulの神髄を会場中に見せつけてやる。お客さんも、審査員も、腰が抜けて立ち上がれなくなるぐらいにね! マイケルの魂を再現するなら、僕らがナンバーワンだ!」

そう言ってゾンビメイクの顔を一人ずつ見回した。みんな微動だにせず、目だけを白黒させている。

「じゃ、さっさとメイクしろよ。もう時間がねーぞ。俺たちの出番は8番目の最後だ。イーくんのスッピンは、逆にゾンビだからな」

パソコンから顔を上げてコングくんがニヤリと笑った。

* * * * * * * *

「では、続いてエントリーナンバー8、埼玉県所沢市から来たMJ-Soulの皆さんのパフォーマンスです! よろしくお願いします!!」

司会の人が捌け、ステージが暗転する。スモークが焚かれ、怪しい照明がグルグルと照らされる。ゾンビがゆっくりと地を這うように出現し、オパちゃんとフレディーが片腕をもぎ取られたような動きをしてステージを徘徊する。僕は世界のどこかにいるマイケルに周波数をカチッと合わせて、『スリラー』モードに入る。

“人類史上最も売れたアルバム”としてギネスに認定されたこの作品は、人類史上最も有名な振り付けがついていると言っても過言ではない。監督は『ブルース・ブラザース』なども手がけた巨匠ジョン・ランディス。振り付けは、『今夜はビート・イット』も手がけた故マイケル・ピータースだ。

マイケルの魂を再現する者として、すでに完成された作品にオリジナルの振り付けを施すことなど僕には畏れ多くてできない。やれることといったら敬意を払いながら限りなく忠実に、一ミリ単位まで自分を寄せることだけだ。

ただ一カ所だけ『スリラー』の途中にサプライズで『ビリー・ジーン』を差し込んだ。もちろん、それも本家のマイケルの踊りを精巧に再現して。その場面転換はどうやら功を奏したらしく、まさかの展開に、観客も審査員も総立ちになった。僕は『ビリー・ジーン』も得意なのだ。

そして『スリラー』のアウトロに入っているクラシックホラーの第一人者、ヴィンセント・プライスの不気味な高笑いとともに、僕らのパフォーマンスは無事に幕を閉じた。

ステージとは、ほんの数分間の長い旅だ。

結果は分からない。でも、客席でコングくんがカメラを回しながら何度も目頭をおさえていたような気がして、それだけで十分だった。メンバーもみな清々しい顔をしている。

僕らが最後の出番だったので、そのままステージに残り、今日エントリーしたグループがもう一度呼ばれて一列に並んだ。

司会者が一組ずつ改めて紹介していき、感想などを聞いて回っている。マイクが一本しかないので進行がたどたどしい。

一通り聞き終えると、いよいよ審査結果が発表されるときがきた。

スタッフから白い封筒を渡された司会者が、開封したあとにわざとらしく間を空けてニヤリと微笑むと、声高々に読み上げた。

「優勝は……エントリーナンバー3、ウルトラ・ストーミー・ガールズ!!!!」

(最初の方に出ていたキッズダンサーたちだ)

列の端の方で子供たちが手を取り合い、抱き合って喜んでいる。

確かにあの子たちのパフォーマンスは大人顔負けでとても良かった。それに、子供好きのマイケルなら当然の結果だろう。

「そして! なんと今回は特別に同一優勝があります!!!」

会場が予想外の展開にざわつく。

「エントリーナンバー8!!! MJ-Soul!!!!!」

「え?」

「は?」

何が起きたのかよく分からず、メンバー同士で一瞬顔を見合わせる。

「審査員長のバーグさんから、マイケルが必ず喜ぶから絶対に入れるべきだとお達しです! 今回は特別にMJ-Soulも同一優勝とさせていただきます!! よって、この二組が来たる『マイケル・ジャクソン・プレミアム・クリスマス・パーティー』にてマイケルの前でパフォーマンスをしていただくことになります!!!」

「なんでやねん!!!」デンジャラス・じゅんが大声で吠えたが、すぐに大歓声で掻き消された。

飛び跳ねるメンバーたち。僕は事態がうまく飲み込めず、肩や背中をバンバン叩かれてもしばらく放心状態だった。そして気がつくと自分の意識とは無関係なところで滂沱の涙が溢れ出てステージの上にポタポタと落ちていた。

あの、マイケルに会える。

マイケル・ジャクソンに会えるんだ。

(第22話へ続く)

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