『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第22話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


大方の予想通り、マイケルと一緒にクリスマスを過ごすという年末のプレミアムパーティーは実現しなかった。最初からそれほど期待もしていなかったが、それでも周囲の落胆は大きかった。

ただ嘘か本当か、イベントは来年3月に延期され、3月8日と9日の二日間に渡って開催されるという。また肩すかしを食らうかもしれないが、希望があるのならまだ良しとした。マイケルファンは我慢強くないとつとまらないのだ。

MJ-Soulはオーディションで優勝してからネットニュースなどで取り上げられ、全国的な知名度がぐんと上がった。そしてこれは名声を得た代償なのだろうか、否定的な声が以前よりも増えた。

「似てない」、「甘い」、「ただの口パク」などと心ない投稿が増えたのだ。なかには明らかにマイケルと一切関係のない身体的特徴への中傷もあって見るに堪えない。ただ、それも前よりはいくぶん冷静な気持ちで受け止められるようになれたのは、オパちゃんのおかげだろう。耳を貸すべきは、自分の心の声だ。

「ニレイ、ニハクシュイチレイ?」

ジュディスが、意味があまりよく分からないという顔をして、初詣の列に並んで見よう見まねでペコペコ練習している。

「そうそう、こうやってやるんだよ」僕が何度もやってみせるのだが、二礼二拍手のうちのどちらかが一回だったり、最後の一礼が一回余分だったりして、なかなかうまくできないジュディスが可愛くて、メンバーからそのたびに笑いが起きる。

「モウ! ワカラナ〜イ!」

去年オーディションを優勝したこともあって、僕らは神様に感謝の報告と、今年のマイケル来日が実現されるよう験担ぎも兼ね、所沢航空記念公園近くの神社に集まった。こんな田舎なのに境内は思いのほか混んでいて、参拝までに時間がかかっている。

「マイケル、来るといいな」

コングくんが手を擦り合わせて、温かい息をそこに吹きかけながら言った。

「そうだね」僕の口からも白い息がこぼれた。

「なんだよ。もうちょいテンション上げてこーぜ! 絶対、来た方がいいっしょ!」

「うん。そうなんだけど…でもマイケルに会いたい気持ちと同じぐらい、このメンバーがオーディションで認められたことも嬉しかったから」

正直な気持ちだった。一時期あれほどバラバラだったMJ-Soulも、お互い同じ目標に向かい、いくつもの試練を乗り越えたことでメンバー内の結束が過去最高に固くなっているのを肌で感じていた。

「今までずっと一人だったから」

コングくんは列の先頭を伺いながら、話の続きを待っている。

「何の取り柄もなかった自分が、マイケルと出会って、マイケルの景色が見たくてダンスを始めて、結局得たものって何だろうって思ったときに、MJ-Soulだって気づいたんだ。今はもうマイケルをやっているメンバーとしてじゃなく、一生を通じて大事にしたい仲間だと思ってる」

元旦の澄んだ空気が自分の素直な気持ちを告げさせたのかもしれない。と、使い慣れない仲間という言葉を使ったら急に照れ臭くなった。

するとコングくんが「ふ〜ん。だったら、なおさらマイケルに会って思いを伝えなきゃな!」と言って僕を肘で小突いた。

「よーし、ジュディス! 俺に倣え!」

コングくんが吠えると「これが二礼二拍手アンチ・グラヴィティだ!」と言ってそのまま前に倒れた。普通に並んでいた他の参拝客は、関わり合わないようにしている。

調子に乗ってフレディーもそれに続く。

「ドント・ストップ・ミー・ナ〜ウ!」

ユーコはジュディスに片言の英語で「絶対、ノーよ!」と必死で説明している。

笑いが絶えない素敵な元旦だった。

* * * * * * * *

年始早々、スケジュール帳がびっしりと埋まっていた。ケーブルテレビに出演したり、福岡に飛んだり。『スリラー・オーディション』で同一優勝してからオファーが急増して、週末はどこかで必ずパフォーマンスをするようになった。ウケは良いが、相変わらず辛辣な声も多い。ひょっとすると一部の好事家以外には、日本でインパーソネーターは根付かないのかもしれない。もしくは、その逆か。

そうこうしているうちに、あっという間に3月になった。

僕らの祈りが通じたのか、もしくはコングくんの二礼二拍手アンチ・グラヴィティが通じたのか分からない。だが公式に、マイケルが来日するということが発表された。何よりも、プロモーターから直々に出演オファーがMJ-Soulに届いたのが決定的な証拠だった。いよいよ夢物語が現実となる日が来たのだ。

「続いてのニュースです。マイケル・ジャクソン氏が9ヶ月ぶりに来日。成田空港第2ターミナルの到着ロビーAゾーン付近で数百名のファンや報道陣が見守るなか、マイケル一行は午後5時過ぎに姿を見せました。黒のジャケットに身を包んだマイケルは、たくさんのフラッシュと出迎えた人々に大きく手を振りながら終始にこやかにファンサービス。宿泊先は昨年に引き続きフォーシーズンズホテル椿山荘のインペリアルスイートの模様…」

「おいおい、本当に来ちまったよ」

茅ヶ崎のコングくんの家で僕らはテレビにかぶりつきながらその様子に魅入っていた。さすがにニュースで観ると急に現実味を帯びてきて落ち着かなくなる。

「あと数日後に、本物のマイケルと会うのか…」

この人は、テレビの中の人じゃなかったのか。

僕は本当にマイケルの前で踊るのか。

想像と現実の焦点が合わず、ただ唾を飲み込むだけで精一杯だった。

* * * * * * * 

東京都江東区新木場にある『STUDIO COAST』。収容人数2,402人。38機の赤色の特大アンプ付きオクタゴンスピーカーが全方位に設置され、会場はライブスペースだけじゃなく屋内にアイランドバー、ラウンジ、屋外にプール、テントなど複数のイベントスペースを有する。

都心からは少し離れたところにあるが、渋谷から無料シャトルバスが運行されるほか、近隣に150台収容の臨時駐車場がある。海外のミュージシャンもここでワンマンを行うほど有名なライブハウスだ。僕らは近くに車を停めて歩いて会場まで向かうことにした。

「とうとう来たな〜、このときが!!」

フレディーが興奮しているのが歩くスピードで分かる。

「マイケルと同じ空気を吸っているんだぜ、俺たち!!」

コングくんは今回カメラマン以外に、得意のスティーヴィー・ワンダーとしても少しだけ登場する予定だ。どうにかしてマイケルから一笑いとろうと企んでいるらしい。

「あー、ドキドキする!! でも、ワクワクの方が勝っているかも!」

ユーコが言った通り、僕も二日前までは緊張で眠れなかったのだが、いざ本番が迫ってくるとだんだん開き直れたのか、今はマイケルに会えることが楽しみで仕方がない。あのオパちゃんでさえ、いつもよりも足取りが軽やかに見える。

僕はすでにメイクをばっちり家で済ませ、身なりもきちんと整えてマイケルの格好でここまでやって来た。さすがに今日は入り口からインパーソネーターとしての正装で入らないと失礼にあたると思ったからだ。

すると会場の周りを囲むおびただしい数の報道陣の姿が見えてきた。なかには海外メディアもいるようで、彼らは僕を見つけると「マイケルだ!」と言って、一斉にフラッシュを焚き始めた。

ちょっと嬉しい勘違いである。

いつもなら遠慮するところを、なんだかそれが面白くて、マイケルが空港に到着したかのように手を振ってサービスした。すぐに違うと見抜かれたが、報道陣との間に好意的な笑いが起きた。そんな冗談ができるほど、僕もメンバーも今日は心に余裕があった。

「Mr.マイケ〜ル、入り口はこちらになりまーす!」

コングくんがそう言って進行方向を手で示すと、フレディーも一緒に倣ってSPの真似をして僕を入り口へと先導した。それを見てまたみんなが笑った。

あと数時間後に、本当のマイケルに会えるなんて嘘みたいだ。

僕は冗談で、持っていた荷物をコングくんに投げると、入り口へと続くレッドカーペットをハリウッドスターのように颯爽と歩いた。

(第23話へ続く)

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