『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第37話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


「え、え、どういうことですか?」

新幹線の中は重要な話をするには適していない場所だ。周りの目は気になるし、よく聞こえない。今日はデッキにも多くの乗客が乗っている。

「なんか下田の海で溺れたみたいで…、僕も今、向かっているところだからまだなんとも…。詳しくはまたあとで連絡するから」

社長はそう言うと、慌ただしく電話を切った。

「海? 溺れる? なんで…」

すべてのことがピンときていなかった。死因も、亡くなった人も、何もかもが不意打ち過ぎて、現実だと思えない。

そもそもオパちゃんが亡くなることなど想定外で、あれほど身心共に健康そうな人間が海で溺れるなんてまったくつながらなかった。

新幹線のスピードがもどかしかった。この中で僕だけがどんなに急いだところで目的地には早く着かないという状況に苛立を覚えた。

社長にもっと詳しい話を聞きたかったが、向こうもまだ状況を把握していないのだから意味がない。僕は他に誰か知っている人間はいないかと考えを巡らせたが、誰も思い浮かばなかった。オパちゃんが普段から仲良くしている人など誰一人として知らなかったからだ。

今まで付き合っている彼女や友達のことを本人が話すことはなかったし、僕から聞いたこともない。なんて薄情なのだろう。いざとなれば人は他人のことなど何も知らないことに改めて気づかされる。同時に強い後悔が僕を襲い、もう二度とそれを取り戻すことができないのだと思うと胸の奥が締めつけられた。

その後、社長から電話があったのは23時過ぎだった。死因はやはり溺死だという。

下田で手作りの結婚式を挙げる友人のために、前日から入って色々と手伝っていたらしい。作業が一段落して海岸でみんなと遊んでいたとき、どうやらそこで溺れたようで、友人たちが、オパちゃんがいないと騒いだときにはもう手遅れだったそうだ。

引き上げたダイバーの話によれば、オパちゃんは海中でうつぶせの状態で見つかったという。近くに岩場がなければもっと沖に流されて捜すのが困難になっていた可能性もあった。社長が言うには、そこは遠浅であまり溺れるような場所でもないらしく、さらに不思議なのは、オパちゃんが泳ぎは得意ではなかったのに何で海に入っていったのだろうということだった。

僕はさっきから社長の言っていることが、耳には聞こえていても何一つ頭に入ってこなかった。途中で一体誰の話をしているのだろうかと思うほど現実味がなかった。

「明後日には火葬するから」

「え、もうですか? ちょ、ちょっと待って下さい!」

気持ちと現実が折り合わず、「明日、下田に会いに行きます!」と僕は勢いで言っていた。オパちゃんの顔を一目見ずにはいられなかった。

* * * * * * * *

告別式には、ユーコ、ジュディス、そしてコングくんが合流した。コングくんが下田まで来たことは意外だった。生前、二人はMJ-Soulの在り方や方向性の違いであまり相容れることはなかったからだ。

僕が入り口で親族の方に「この二人、仲悪かったんですよー」と冗談半分に伝えると珍しくコングくんが動揺した。

「イーくん! 何言ってんだよ! こんな席で!」

フレディーは誘ったが、来なかった。オパちゃんの死んでいる顔なんて見たくないと言って、電話の向こうで泣いていた。

水難事故の場合、遺体は一度検死にかけられ親族が安置所で身元を確認する。社長はそのとき体を覆う布から出た二本の足を見て、すぐにオパちゃんだと分かったという。足が左右に広がった感じが、いつも工場で横になって寝ているときに椅子からはみ出た足と重なって、それがよく見覚えのある光景だったからだそうだ。

社長はオパちゃんの顔が最初引きつっているように感じられたそうだが、棺の中に納められている今の顔は、仏と同じ薄目と薄い口元が開かれている半眼半口の状態で、とても穏やかな顔つきだった。

ただ、それでも僕らは実感がどうしても湧かず、告別式でお経を唱えられていても、火葬されて骨を拾っていても、何かの冗談にしか思えなくて、最終的に「これ、撮影じゃないよね」とまで誰かが言ったほどだった。まるでオパちゃんが眠りから突然目覚めて、棺からひょっこりと体を起こして出てきそうな気配さえしていた。

でも、現実だった。

現実はいつだって乾いているのだ。

昨日まではオパちゃんがいた地球で、今日からはオパちゃんがいない地球だ。それでもこの世界は回っていくのだろうが、決して同じではない。

世の中は何も変わっていないようで、日々変わっているのだ。

オパちゃんはメンバーの中で唯一僕のことを「いっくん」と呼ぶ人だった。まったく社交的ではない人が、なぜ僕のことを親しみを込めてそう呼んでいたのかは分からない。西新宿の『ザ・ウェイ・ユー・メイクー・ミー・フィール』のショートフィルムの撮影で初めて会ったとき、一人不思議なオーラをまとっていて近づきにくかったのを思い出す。

いつも感情をあまり表に出さず、時々笑い話のように僕が突っ込んでみても、その話をじっくりと頭で消化したあと、落ち着いた口調で「ああ、なるほどねぇ…」とオパちゃんの中で自己完結することが多かった。

たまにこれなら食いつくかなと別の角度から話を振って、その反応がちょっとだけ良かったりすると嬉しかったものだ。逆にオパちゃんから何か大事な話をするときは、決まってちょっと咳払いするのが癖だった。きっといつも人に気を遣っていたのだと思う。

みんなと離れた場所で一人黙々と振りの練習をして、開脚が得意で、本が好きで、自分の考えをコソッとブログにあげるのが好きな人だった。

僕はオパちゃんのファンだった。

独特な世界を持っていても、いざとなったらチームを強力にサポートしてくれた。あのSHIBUYA-AXもオパちゃんが心血を注いで改良したアンチ・グラヴィティやグラヴィティシューズ、特殊マイクスタンドがなければ、あそこまでのクオリティにはならなかっただろう。舞浜のリハーサルスタジオに軽トラで現れたときのことは忘れられない。

MJ-Soulの黎明期を共に闘い抜き、『所沢STREET DANCE CONTEST』で『スムーズ・クリミナル』でグランプリを獲ったときも、マイケルの『スリラー・オーディション』を同一優勝で勝ち抜いたときも、マイケル・ジャクソン本人の前で踊ったときも、いつも一緒にいた。

チームを離れ、遠くにいたとしても僕らは一緒にここまで生きてきた。まさかこの間の吉祥寺の『サンタバーバラ・カフェ』で懐かしいメンバーと久しぶりに踊ったのが最後のパフォーマンスになるとは思わなかった。

「マイケルは歌わなくても、ダンスだけでも世界を変えてたんだ」

僕が何度もインパーソネーターとして精神的に落ち込んだとき、オパちゃんはいつも傍でさりげなく声をかけて支えてくれた。オパちゃんがいなければ僕はとっくにダンスを辞めていたかもしれない。

「平凡な毎日の繰り返しに見えなくもない、そんな暮らしのなかにも豊かさを得ることはできるんだ」

厳しいこともたくさん言われたが、最後は気を送るようにしていつも優しく僕の背中を撫でてくれた。そういう人だった。

オパちゃんは誰かの背中を無理に押すような人ではなく、いつもそうやって人を静かに支える人だった。

人は生きている間に誰かを支えて死んでいくのだ。

人間はなんて優しいのだろう。

「オパちゃん、会いたいよ」

乾いた世界に水の膜が降りた。

(第38話へ続く)

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