『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第38話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


オパちゃんが亡くなってから約2ヶ月後に『オパールメモリアル』と題してMJ-Soulのメンバーで追悼イベントを開いた。

まさかこんな形でまたみんなとすぐ再会するとは思わなかったが、この日はフレディーも参加して、とにかく楽しくやろうと決めた。30分ほどのパフォーマンスタイムから始め、『バッド』ではバックスクリーンにオパちゃんのダンス映像を同時に流して、一緒にコラボレーションをした。

その後90分ほどのトークタイムを設けて、従兄弟の社長にも入ってもらい、みんなで思い出話をして故人を偲んだ。メンバーとは事前にオパちゃんが亡くなったからと言って、良い話ばかりをするのはやめようと決めていたのだが、思いのほかみんな遠慮がなくてだいぶヒヤヒヤした。なぜなら親族も会場に来ていたからだ。

「オパちゃんってさ、イベント後に自販機の上で座禅組んでたことあったよね」

「オパちゃんってさ、一回、アッシャーの役やったことあったよね」

「オパちゃんがアッシャー!? だいぶ飛距離あんな、それ」

「オパちゃんって、私、ずっとゲイだと思ってたー」

「おい、ユーコ。俺はフレディーだが、ゲイじゃないぞ!」

「きいてねーよ!」

「オパちゃんってさ、実はイーくんと付き合ってたんじゃないの?」

「Really?」

みんな好き勝手に言って、ゲラゲラ笑った。でも湿っぽいのも嫌だったので、これはこれでちょうどいいと思った。悲しいのはみんな一緒で、淋しさにフォーカスするよりも、その人がいたことで生まれた楽しさに目を向けたかった。僕も亡くなったら、仲間からこんな風に好き放題言われてみんなで笑っていて欲しい。

イベントが終わってから、みんなで後片付けをしていると、社長がなにやら大きな包みを大事そうに抱えてこちらにやってきた。

「コングくん」

僕じゃなくてコングくんを呼び止めた。

「はい?」

コングくんは、まさか自分が呼ばれたとは思わず、怪訝そうな顔をして社長を見ている。

「ちょっと受け取って欲しいものがあるんです」

「え? 僕にですか?」

まったく予想もつかない様子だった。僕も社長が突然何を渡したいのか、まるで見当がつかない。

「これ、タケからコングくんにプレゼント」

「え、プレゼント? オパちゃんが、俺に??」

そう言ってコングくんは不思議そうに包みを受け取ると、丁寧に梱包を解いた。すると、なかから金色に光り輝く丸い物体が出てきた。

それを見てメンバーもみんな集まった。

「え。何、それ?」

「What is it?」

ユーコとジュディスが興味深そうに覗いて言う。

「『THIS IS IT』の特殊マイクスタンドです」

笑顔で社長がそう言うと、僕らは身を乗り出してコングくんの手元を見た。よく見るとマイクスタンドの棒がない状態の、ハンドルのような形をした足元の部分だ。

「試作品をたくさん作ったときに、一つだけ余ったんです。僕がどうする? ってタケに聞いたら、コングくんにあげようと言うんで、じゃ、このままの状態で送るよりもちょっと加工しようってなって…」

「それで、金ピカに?」僕がそう聞くと「はい」と言って社長はそのまま説明を続けた。

「シルバーはすでにあるから、どうせならゴールドでド派手にいこうって。それと、ここにマークがあるでしょ。Kって」

見ると数カ所にKというロゴが刻印されてある。コングくんがよく自分のキャップやTシャツにプリントしているトレードマークだ。

「そう。これはコングくんのKです。実はこれ、あえて手彫りのような質感で掘ってあって、機械的で無機質なマークにするよりもこういう感じでやりたいってタケがこだわって掘ったんです」

不揃いのKのマークがマイクスタンドに等間隔に押されてある。ロゴの曲線部分が少しガタガタしていたり、字の幅が統一されていなかったり、一つ一つは歪だが、それがむしろいい味を出している。

「タケが亡くなったとき、あいつの机の周りを整理していたら、ちょうどこの金のマイクスタンドが出てきて、そういえばと思って。途中だったところは僕が少し手を加えちゃったけど」

そう言うと社長は照れ臭そうに軽く咳払いした。

その咳払いの仕方が、オパちゃんとそっくりだった。

コングくんは黙ったまま、マイクスタンドを持って肩を小刻みに奮わせていた。

オパちゃんとコングくんは、面白いほど何もかもが違っていた。

考え方も、進め方も。

二人はMJ-Soulを愛しているがゆえに、よく対立していた。

オパちゃんは表現者としてマイケルのパフォーマンスをストイックに追求することを望んだが、コングくんはそこに経営者としてストイックにチームを軌道に乗せることも望んでいた。

そのためにはMJ-Soulをもっと組織化することや、大きなところでやるための道筋などコツコツ企画して実行していた。その最たる例がSHIBUYA-AXだった。ときには強引に見えなくもない演出や営業も、すべては未来のためだった。コングくんは本気で、東京ドームを狙っていたのだ。でもそういったことが、商業的なものを毛嫌いするオパちゃんとは相容れなかった。

僕はそんな対照的な二人の間に挟まれ、苦悩し、そしてインパーソネーターとして成長させてもらった。

「コングくん」

社長が何も言わないコングくんに優しく語りかける。

「タケは君のこと、尊敬していたよ。きっとあいつなりに離れてみて分かったことがあったんだよ。このマイクスタンド、ぜひもらってやって下さい」

オパちゃんはMJ-Soulを辞めるとき、六本木の牛丼屋に僕ではなくコングくんを呼んで断りをいれていた。それはつまり、コングくんがそのポジションの人間だとオパちゃんが認めていたからだ。それが筋だと思ったのだ。

「あいつ、最近はコングくんの真似してアップル製品買ったりしててね。柄にもなくiPadとか持ったりして」そう言って社長が笑うと、フレディーが「くそ! 今日は笑って終わるんじゃねーのかよ! あの、ライアーめ! おい、ユーコ、ティッシュ!」そう言って自分の袖で涙を拭いながらもう片方の手を出した。

ユーコはティッシュを取り出すと、フレディーに渡さずに自分で使った。

コングくんは下を向いたまま、声を押し殺して泣いていた。

その夜、不思議な夢を見た。

突然オパちゃんが夢に出てきたのだ。部屋の天井からぬーっと顔だけ出して。それがあまりにも生々しかったので、僕は会話してみることにした。

「オパちゃん、なんで死んだのさ。すごく辛かったんだよ…」

オパちゃんは相変わらず何も言わない。

「なんで海に入ったの。泳げもしないのに。みんなどれだけ心配したと思ってんのさ」

まるで能面のように涼しい顔をしてこちらを見ている。幽霊なのにきちんとメガネをかけているところが夢っぽい。だが、なぜだか妙に現実感もある。すると、オパちゃんがようやく僕に気づいてこう言った。

「…ん? もうオラのことはほっといてくれ」

その瞬間、目が覚めた。

目が覚めた、というよりも、納得したような寝起きだった。

それはお葬式のときよりもよっぽど実体を持っていた。

もしかしたら僕の思いが強すぎてオパちゃんをずっと現世に引き止めていたのかもしれない。それでなかなか成仏できないオパちゃんが、遂にしびれを切らして「いい加減にしろ」と僕に言いにきたのだろう。

それほど、言いそうな言葉だった。

「オパちゃん、僕のこといつもそばで支えてくれてありがとう。どれくらい先になるか分からないけど、オパちゃんの分も生きるから。いつかまた会おうね。それまで、たくさんそっちの世界を観察しててね。そのときは話、いっぱい聞かせてもらうから。マイケルによろしくね」

(第39話へ続く)

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