日本映画のはじまりに華を添えた活動弁士に着目! 「京都・太秦での撮影も素晴らしい体験に」『カツベン!』周防正行監督インタビュー

関西ウォーカー

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 『シコふんじゃった。』(92)では学生相撲、『Shall we ダンス?』(96)では社交ダンスなど特殊な世界の人間ドラマを描いてきた周防正行監督が、今回注目したのは無声映画に声をあて、日本特有の映画鑑賞文化を作ったしゃべりのスーパースター「活動弁士」。監督にとっても5年ぶりの作品となる映画『カツベン!』について話を聞いた。

「今作は、彼らに対する贖罪の映画でもある」と語った周防監督。その理由とは?


■「今作は、僕が活動弁士を無視していたということへの反省であり、贖罪でもあります」


 約100年前、活動写真がモノクロでサイレント(無声映画)だった時代に、映画を盛り立てるために、楽士の音楽に合わせて個性をもった「しゃべり」で物語を作りあげては喝さいを浴びていた「活動弁士」という人たちがいた。彼らの語りは人々を熱狂させ、当時の娯楽におけるスーパースターでもあった。

今作は、そんな活動弁士・通称“カツベン”にあこがれたひとりの青年・俊太郎(成田凌)が、ニセ弁士となり泥棒の片棒を担いでしまったことでそこから脱走、小さな町の映画館に流れ着いたことで始まる涙と笑いのドタバタ群像劇。ライバル映画館の館主(小日向文世)やその娘(井上真央)、つねに酔っ払っている活動弁士(永瀬正敏)や自信過剰(高良健吾)な活動弁士、気難しい映写技師(成河)、人使いの荒い館主夫婦(竹中直人・渡辺えり)、そこに、自分を追いかけてきたヤクザ(音尾琢真)や無声映画が大好きな熱血刑事(竹野内豊)などが入れ代わり立ち代わり。はたして俊太郎の運命はどうなる!?

【写真を見る】映画愛に満ち溢れた、笑って泣けるドタバタコメディ映画『カツベン!』(C)2019「カツベン!」製作委員会


 今作が生まれたのは、長く周防監督を支えてきた片島章三監督補が20年以上温めてきた脚本に監督が目を通したのがきっかけ。

 活動弁士を主役に、日本映画の始まりといえる大正時代の映画の世界が生き生きと描かれた脚本を読んで「ああ、僕は、活動弁士のことを勘違いしていたなと思った。無声映画はたくさん観ているんですけど、僕は、サイレントのまま見るのが正しいと思っていたんです。でも、この脚本を読んで、世界中で無声映画を無音のまま見てた観客っていないんだ、と気づいた。音楽があったし、日本ではさらに語りも入る。日本映画の監督に限って言えば、音楽と活動弁士の語りが入ることを前提に無声映画を撮っていたんですよ。そうなると、サイレントのままで観てきた僕の見方って邪道もいいところ。だから、活動弁士のことをもっと知りたいと思ったし、活動弁士は、日本の監督たちに大きな影響を与えたのではないか。この作品は、僕が活動弁士を無視していたということへの反省であり、贖罪でもありますね」と振り返る。

■「僕の驚きをみなさんと共有したい。そのためにどう物語を作るかが僕の仕事」。


 これまでも学生相撲や社交ダンスといった独特な世界のなかで起こる物語を作品にしてきた周防監督。メジャーではないものに目を向ける理由とはなんだろう。

「僕が驚いたことを皆さんと共有したいんです。同じ現実を見ていて、僕は気づいたけれど、みんなはまだ気づいていない世界。それを僕は映画にして、その驚きを伝えたい」と話す監督。「なんで僕は驚いたのか、気づいたのか、それを掘り下げるのが取材。そして、こんなところに驚いた、怒ったり喜んだりしたんだよということを物語にして表現する、それが僕の仕事です」。

■「僕の映画は役者が練習しないといけないものが多い。主演の成田凌さんのカツベンは素晴らしかった!」


 そんな監督が驚き、気づいて作り上げたのが活動弁士の世界。主人公の俊太郎を演じるのは100人を超えるオーディションの中から選ばれた成田凌。

「僕の映画は役者が練習しないといけないものが多い」と監督が言う通り、活動弁士の役を極めるために、監督は現役で活躍する活動弁士に指導を依頼した。

「成田さん演じる俊太郎は自由奔放な魅力があるキャラクターなので、坂本頼光さんというお笑いの世界でも活躍する弁士に、主人公と真逆の弁士役でこってりした語りの魅力を放つ茂木貴之役の高良健吾さんには、アカデミックで日本映画にも造詣が深く、海外にも招聘される片岡一郎さんにお願いしました。師匠が同じだと根っこのところで似てしまうと思ったのでそうしましたが、狙い通りに全く違う弁士になりました。二人は、撮影現場での最初のテストでもう言うことはないくらい完璧だった。素晴らしかったです」。

 また、俊太郎の恋の相手、梅子を演じるのは清楚な顔立ちの黒島結菜。「彼女はちょっとどこか陰があり、自分がここにいていいのかしら、自分のやるべき仕事なのかしらと悩んでいるようなタイプに見えたんです。そこが梅子にぴったりだった。今ではこの作品をきっかけにお芝居に自信を持って向き合おうと思ってくれたみたいで、監督としてはうれしい限りです」。

それぞれの個性が光るカツベンシーンは見どころのひとつ。(C)2019「カツベン!」製作委員会


黒島結菜演じる梅子。俊太郎との恋の行方は?(C)2019「カツベン!」製作委員会


 また、今回は映写技師という裏方にもフォーカス。「映画館は忙しいところで、飯を食う暇もない。しょうがないから足で映写機のハンドルを回しながら弁当を食った、なんて話が昔のエッセイなんかにでてくるんですよ。ほんとか?と思いながら、今回は場面にいれてみました。職人気質な映写技師・浜本を演じる成河(そんは)さんは身体能力も高く、演劇の舞台でも活躍する実力派で、頭もよくて努力もできる人。歌もうまいので、もし、活動弁士の役をやらせたらめちゃくちゃうまかったのではないかと思います」と語る監督。

 ほか、靑木館の館主夫婦に竹中直人と渡辺えり、楽士には徳井優、田口浩正、正名僕蔵と周防作品に必須の俳優が勢ぞろい。「竹中さんやえりさんの存在は、現場の空気を柔らかく、自由にしてくれるんですよね。最初は緊張していた成田さんが、あんなにおちゃめになれたのも竹中さんと芝居をしてからです」とベテラン&常連組を讃える。楽士の3人組についても「田口さんとは『ファンシイダンス』から。太って愛嬌のある人をずっと探していて、最後の最後に出会ったんですがその瞬間「あ!いた!」と思った。彼は、強く縁を感じる人ですね。

また、徳井さんも『ファンシイダンス』からで、今作は特に徳井さんのキャラクターに期待してお願いした場面があります。正名さんは『それでもボクはやってない』の裁判官役でご一緒した、大好きな役者さん。僕は顔立ち、体型、佇まいといった、その人がもつ色を大事にして役を決めます。世界にはいろんな人がいるのだということを映画の中でも表現したい」とキャスティングに込めた信条も語ってくれた。

■劇中に登場する無声映画10本はすべて新作! 


 また、見ていて楽しいのは劇中に、さまざまな場面で登場する「無声映画」。よく見ると、あの俳優、女優が役者として登場している。これら10本の無声映画はすべてこの作品のためだけに撮り下ろした新作だ。

「僕は昭和31年生まれで大正時代を知らないから、どんなに作ったって僕の思うファンタジーの大正時代にしかならないし、実際に大正時代に撮影された本物の映画を入れるとそこだけがさらに古い印象になってしまい違和感があるのでは」という理由から撮り直した、と話す監督。

 しかも、撮影した10本のうち『火車お千』『後藤市之丞』『怪猫伝』『南方のロマンス』はすべて新しくシナリオから作られたオリジナルだ。さらに、『金色夜叉』『不如帰(ほととぎす)』は何度も映画化されているが、大正の終り頃に撮られたものは現存していないので、前後の時代に撮られたものを参考に撮り、『ノートルダムのせむし男』『十誡(じっかい)』『椿姫』『国定忠治』は歴史に残る名作を忠実に再現したという。

「特に現存しているものに関しては本当に同じようなアングル、カット割り、衣装、メイク、セットをつくって撮影しました。中でも『ノートルダムのせむし男』や『椿姫』はオリジナルと見比べていただけると、どれくらい似させようと頑張ったか、わかってもらえると思います」と監督。

 また、『国定忠治』『金色夜叉』『不如帰』は、CGを必要としないので、35ミリのモノクロフィルムで撮影した。さらに、お楽しみは、無声映画に出演している俳優たち! 監督となじみのある役者が続々とモノクロ画面に登場。スクリーンのすみずみに、気を配れば配るほどに楽しみが増す作品となっている。

人気弁士はアイドル的存在でもあった。(C)2019「カツベン!」製作委員会


■東映京都撮影所で撮影を敢行!「素晴らしい体験だった。2、3か月居座って時代劇を撮ってみたい!」


 大正時代を撮るために、ロケーションは全国津々浦々で行われた。物語の舞台となる靑木館の内部は福島市にある旧廣瀬座で撮影。そのほか、日光江戸村や名古屋の市政資料館、滋賀の三井寺、近江八幡など多様な場所で撮影を行った。

 その中でも「本当に大きな経験になった」というのが東映京都撮影所、太秦でのオープンセットでの撮影。「助監督の時からずっと『京都だけはいくもんじゃない、いじわるされるぞ』って言われてたんです(笑)。でも、いじわるどころか、大歓迎してくださって! 劇中に出てくる『火車お千』はカメラマンと照明技師以外は太秦のスタッフで撮ってるんですよ。殺陣や所作指導までやってくださって、本当にすばらしかった。積み上げてきたもの、それを存分に使わせていただいた。東映京都撮影所に2、3か月居座って、時代劇を撮ってみたいと心から思いましたよ」と、京都での撮影を振り返った。

■活動写真の魅力は動きとユーモア! ドタバタ喜劇のエッセンスもたっぷり。


 今回の目玉になるのは、活動写真的な動きと笑い。「当時の映画人が行きついたのは普段見ることが出来ない動きを撮ること。チャップリンの歩き方もバスター・キートンのアクションも日常では見れないですもんね。だから驚きを生む。活動写真の魅力って動き、アクションなんですよ」という監督。劇中にも「世界一スピード感のないおいかけっこ」という名場面や、タンスの引き出しを使ったドタバタシーンなど「活動写真時代ならではのお笑いの象徴」がちりばめられている。「活動写真って、こういう映画なんだよと、みなさんに伝えるエピソード」でもあるという。

「世界一スピード感のないおいかけっこ」にも注目!(C)2019「カツベン!」製作委員会


■「活動弁士は日本の語り芸。師匠から弟子へと受け継がれる」


 主人公の俊太郎は、靑木館で住み込みで働き始めるが、そこで再会したのが昔あこがれていた活動弁士・山岡秋聲(永瀬正敏)。今は昔の勢いは見る影もなく、大酒のみの酔っぱらいとなってしまっていたが、そんな山岡も、俊太郎の才能を目の当たりにする。

 「活動弁士そのものが日本の語り芸のひとつだと思う。平家物語を語った琵琶法師や浄瑠璃、落語、紙芝居、すべて物語(もの語り)なんですね。日本人は語りを聞くことで物語の世界を楽しんでいた。それがあるから無声映画を語った活動弁士の存在も違和感がなかったんだろう」と監督。ヨーロッパのようにみなが共通に学べるメソッドを作らず、「全部師匠から弟子へ受け継がれていくのが日本の芸能。師匠のマネをしながらその人独自のものを育んでいった。歌舞伎もそうですよね。だから、そういう関係性は大事にしようと思って。僕なんかの世界でも、師匠は誰だったの?とよく聞かれます」と、人の真似をして活弁を身に着け、密かに師と仰いだ山岡との関係性に日本の芸能のスタイルを込めたことを教えてくれた。

 そして、「もしトーキーという技術が開発されないで、あのままサイレントの時代が続いたら、いったい活動弁士はどんなふうになっていったんだろうなとも思う」とも語った。

今作への尽きぬ思いがあふれ出る周防監督。


 オープニングにはフィルムが回る音と古い東映のロゴマークも入れ込んで無声映画風の編集を施した今作。「昔はこんな風にフィルムを回す映写機の音が聞こえて、だけど映画自体には音がなかったんだよということを、ちょっとでもいいから体験してもらいたい。知ってる人は懐かしいし、知らない人はどう感じるか聞いてみたいですね」と作品への思いをたっぷり語った監督。尽きることのない監督の思いをぜひ劇場で受け止めて。

映画『カツベン!』は、梅田ブルク7、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマなど全国公開中。

■映画『カツベン!』公式HP

https://www.katsuben.jp/

田村のりこ

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