【本誌連載の拡大版】関本大介選手インタビュー(3)◆オークション開催!

2009年1月22日 22:05更新

横浜ウォーカー

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――入団と同時に横浜市民になってもう10年ですね。

「入団当初は鴨居にある道場の中に住んでいたんですよ。2階に6畳か8畳ぐらいの広さの部屋があるんです。僕が入った当時は8人。2階に6人が寝て、コンテナの中に2人。タコ部屋です(笑)。起きて、すぐ練習できるんで楽は楽でしたけどね」

――それだとオンとオフの切り替えができないでしょう。

「常にオンでした(笑)。オフの時はいろいろなトレーニングジムに行きました。トレーニングジム巡りが趣味なんですよ(笑)。トレーニングして、日焼けして、プロテイン飲んで。横浜だと関内周辺にジムが多いですよね。僕は地方の個人経営の小さなジムとかが好きなんですよ。最近のジムはフィットネスが主体で近代的なマシンが置かれているんですけど、僕はあまりそういうのは体に合わないというかやりづらいので。昔ながらのボディビルというか、ダンベルをやり終えてぶん投げても怒られないようなジムが好き(笑)。あと好きなことは寝ることと飯を食うことですね。オフのときはそれしかしていません」

――その体だとたくさん食べるでしょう。

「とにかく食べるのが大好きなので、気がついたら食べてますね(笑)。さすがに7割が外食です。JR鴨居駅前にある『五右ェ門』という立ち食いそば店には、ホント、毎日のように食べに行きました。おかみさんがすごく優しくて、とにかく量が多いんですよ。多分、レスラーなんで多くしてくれたんじゃないかな〜。うれしいですよね。一番すごかったのはしょうが焼きとから揚げ定食を頼んで、ライスはおかわり自由なので5杯ぐらいおかわりして、そのあとカツカレー食べて、締めに天ぷらそば! すごく食べたなと思って恐るおそるお勘定したら『500円です』って。ウソ〜っていう感じですよね(笑)。その時はハンパなくお腹が空いていたんですいけどね。(引っ越した)いまもよく行きますよ」

――09年はどんな年にしたい?

「プロレス自体が低迷しているというか不景気なので、プロレスが元気になれるような試合をしていきたいですね。かつ、お客さんも満足してもらえるような試合を毎回やっていきたい」

――その中で、大日本プロレスは横浜という地域により密着した団体として07年2月に“横浜プロレス”を旗揚げし、横浜市の娯楽の象徴でもある“横浜にぎわい座”で月一回の公演を続けています。市民との距離は縮まった感じがしますか。

「けっこう子供たちも増えてきたんですよ。横浜プロレスしか見に来ない、という子供たちをもっと増やしたいし、おじいちゃんとかおばあちゃんとかにも来ていただきたいですね。プロレスではなく、横浜プロレスを楽しみに毎月来てもらえる子供やお年寄りを増やせればいいなと。プロレスの迫力は広い会場だとなかなか伝わりづらいんですよ。にぎわい座はお客さんとの距離がすごく近いので、十二分に迫力が伝わると思います。ぜひプロレスの迫力を感じに来てほしいですね。あとは、横浜市の中田市長。彼に来ていただかないとプロレスが元気になりません! ことしのプロレス界は中田市長にかかっていると言ってもいいでしょう(笑)」

――ストーリー性のある“横浜プロレス”の中で関本さんは、一時、悪の団体に改造され、ヒールとして暴れていましたけど、昨年11月の公演で正気に戻りました!

「これからはハマプロ正規軍のメンバーとしてリングに立ちますけど、黒ドクロ団は何をするかわからないですからね(笑)。ヤツらに再び改造されない限りは正義の味方です!」

――大日本プロレスの関本としての抱負を。

「大日本の関本も基本的には横浜プロレスと一緒なので。キャラ的にあまり変わりません。僕が子供のころはプロレスラーのたくましくて精神的にも強いところに憧れたので、そういう部分をいまの子供たちに見せて、少しでもプロレスに興味を持ってもらえて、それで体を鍛えようと思ってくれたらもう最高ですね。そういうことをすれば家の中で遊びがちな子供たちもやっぱり解放的になるんじゃないかな」

――今後、対戦したい選手は。

「獣神サンダーライガーとはいつかシングルマッチでやりたいと思いますし、あとは新日本プロレスの中西学さんにはまだ一度も勝ってないので、絶対に勝ちたい。もう一回やらせてもらえればぜひとも勝ちたいです」

――修行の道はまだまだ続くわけですね。

「もちろん体が続く限り、いまのスタイルを崩さずに頑張っていきます!」

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