映画「永い言い訳」西川美和監督インタビュー【前編】
関西ウォーカー

「ゆれる」、「ディア・ドクター」、「夢売るふたり」の西川美和監督が書き上げた小説を映画化した「永い言い訳」が、10月14日(金)より公開される。妻を亡くした男と、母を亡くした子供たちによる新しい家族の形が描かれる本作では、本木雅弘が他人の家族との交流を通し、人を愛する素晴らしさを実感していく主人公の人気作家・衣笠幸夫を演じ、妻を亡くし幼い兄妹を育てるトラック運転手の父親・大宮陽一をミュージシャンの竹原ピストルが演じている。身近な人の“死”と向き合い続ける人たちの長い日々を、フィクションでありながら研ぎ澄まされた心理描写でリアルに映し出された本作はいかにして生まれ、どのような想いが込められているのか西川美和監督に聞いた。

―先ずは、本作の原作となる小説を書かれたきっかけからお伺いできますか?
西川監督「震災のあった2011年の暮れ頃に思いつきました。普通に続いていくだろうと思い込んでいる日常が、いかに一瞬で失われるかということをあの1年で被災された方だけではなく日本中の人たちが感じたと思います。その中で、すべての人が愛し合った関係のまま最後の瞬間を迎えられるわけではなく、ある日突然いろいろな関係性のまま別れを迎えて、いろいろな後悔を胸にこびりつかせてしまうケースもあるだろうなと想像すると、苦い別れを経験した人のその後の話を書いてみたいなと思いました」
―映画全体に漂う空気感だったり、登場人物の心理描写がとても細やかでリアルに感じました。それはフィクションの中に、監督ご自身の経験も反映されているからなのかなと感じたのですがいかがでしょうか?
西川監督「私はあの震災で誰かを亡くしたりはしていませんが、予期せぬタイミングで親しくしていた人を亡くしてしまった経験はあります。あるいは40年近く生きてきましたから、死別だけでなく、こんなあっけない形で縁が切れてしまうんだなんてことも経験しています。なので、死別などに関わらず、人と別れた後で思うことがたくさんあるし、関係性のあった存在を失ってしまった後で、また新しい生き方を模索していかなければならないこと。そういった日々というのは、意外にも変化に富んでいて、自分自身との格闘の日々が色濃くなっていくということ。そして、亡くしてしまった存在の穴を埋めようと悪あがきするんだけれど、そう簡単には埋まらないし人のことは忘れられないということなど、本作に描かれているようなことを身を持って感じてきました。そして、悪あがきする中で出会った新しい人との関わりを通して、自分がそれまで考えもしなかったような世界が広がっていくこともあると知っているので、作品にはそこも大きく影響していると思います」
―小説を書き始めたられたのが2013年で、震災直後というよりは何年か時間があいていのは、監督の中で気持ちの整理など時間が必要だったということもあるのでしょうか?
西川監督「実際のところ、震災でああいうことを見聞きした中で発想がでてきたというだけなので、それがメタファーになっていたり震災を題材にして書こうという意識はなかったです。ただ今もそうですが、当たり前だった日常や関係性が壊れてしまった後の方が、本当に長くて、おいそれと修復できない。当事者以外は忘れていっても、自分の中には残った傷を孤独に抱えながら、長い年月をかけて立て直していかなければいけないし、ある意味で耐えながらも前を向いていかなければいけない。その立て直しにかかる時間の長さを描きたいなと思いました」

―その長さを描く上でも、約1年間をかけて撮影されたことが映画には様々な効果をもたらしているように思いました。
西川監督「そうですね。大人の俳優たちだけであれば、無理やり一月半の撮影でもお芝居で撮れるといえば撮れるんです。しかし、どうしても時間の長さを表現したかったので、時間や季節の移ろいと共に撮影して、きちんと映像に残した方がより説得力が出るだろうなと思いました。また、長い期間撮影するという意識と共に、俳優同士の関係性も育っていった気がします。本木さんと竹原さんの関係性もどんどん色濃くなっていきましたし、子供たちとの関係、スタッフも含めて疑似家族的な関係に育まれていったものが、随所に表れている気はしますね。演技として親しげにやっているのではなく、本当に親しくなっているんだろうなという空気が出ていると思います」
―特に竹原ピストルさんが演じている大宮陽一の子供たち、真平と灯の兄妹を演じた藤田健心くんと白鳥玉季ちゃんの演技から、本木さんや竹原さんへの信頼度がすごく出ているように感じました。見た目の面でも、子供たちが最初に登場した時とラストでは同じ役者だとは思えないぐらい成長していて、そういったリアルな時間の流れまで切り取られているところが凄くよかったです。
西川監督「私も初めて特定の子役を長く見たので、子供ってこんなに変わってくるんだなと見ていて楽しかったですね!」

―子役の2人はオーディションで選ばれたとのことですが、どういったところが決め手になったのでしょうか?
西川監督「いずれもほとんど演技の経験がない子供たちで、技術みたいなことが身についている子ではなく、その子が持っている資質が今回の役とどれぐらい近いかというところを見て決めました。健心くんの場合は、実際に弟や妹がいて、本来面倒見がいいところがあるんですよね。私たちと話をしたりお芝居をしている空間だけでなくオーディションの待機所でも、妹役の子供たちがたくさん来ている中で辛抱強く面倒をみてくれたり遊んだりしてくれていたりして、自分の我を出さずに年下の子供たちに振り回されたりしているところに演じてもらった真平と近いものがあるなと感じました。お芝居を見せてもらった時も、自然と妹役の背中に手を添えられていたりしたのも良かったですね。そういうものは私が演出で教えられるものではないので、普段から身についているなと。あとは彼が本来持っているものとして、何とも言えない切なさがあるんです。いろいろなことを我慢しながら、いろいろなことで躊躇して、噛みしめるように物を言っている部分も役が抱えているものに近かったので、うまく表現してくれるのではないかなとお願いしました」

―白鳥玉季ちゃんはいかがでしょうか?
西川監督「妹の灯役のオーディションは、3歳から5歳児の子供ばかりなので当たり前ですがコミュニケーションにならないんですよ(笑)。だけど玉季ちゃんは、会話のキャッチボールができていました。一方的に自分の話をしていてもおかしくない年齢ですが、こっちの話も聞くし、自分の話もする。それがとても生き生きしていて、『また来れた!』って毎回楽しそうにオーディションに来てくれるんですよね。その明るさと、あとは単純に『こいつ面白いな!』と思ったんです(笑)。やはりキャスティングは相性なので、この人のことが好きだなと思えることが大切だと思います。私は玉季ちゃんのことを見たときに、彼女のことが好きだなと思ったので、やっぱり好きな子にやってもらいたくてお願いしました。実際に、撮影に入ってみればそんなにお利口さんでもなく、そこは子供ですから調子が悪いと一切言うことを聞かなくなったりするんです。仕事で来ていると思っているんだけど、どうにも虫の居所が悪くなると大人のいうことなんて聞かなくなる。そこが、面白い(笑)」
―本木さんや竹原さんとのやりとりの中で、子供らしい無垢な言葉や無視したり叫んだりする絶妙な間が、どこまで演技でどこまでが素なのかとても気になりました。
西川監督「こちらが完全に演出でやった部分もありますし、本人のフリースタイルに任せた部分もあります。とにかく肝っ玉が太いところがあるので、決められたセリフをきちんと言うだけではなく、どんな状況でも動じずに役に入っていけるところが彼女の面白さだったと思います。こちらのコントロールのままにいかない部分は、本当の子供らしさですよね。子供扱いされるのも嫌だし、思った以上に大人びたことを言ったりするので子供っぽくなんてない。大人の思う子供らしさと本当の子供らしさは違っていてるので、そういう本当の子供らしさを映画として撮ることが実は難しいんです。だから今回は、思った以上に生意気なことをいうところもそのまま採用しています」
※インタビュー後編(http://news.walkerplus.com/article/89585/)に続く
大西健斗
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