妊娠したら病気になっちゃった!?「妊娠糖尿病」体験記の作者と医者が語る妊娠糖尿病との向き合い方
妊娠糖尿病は改善できる病態「健康的な食生活を手に入れるチャンスと考えて」




――奥田さんはインスリンの注射に抵抗感があったそうですね。なぜでしょうか?
奥田さん:
小さい頃からすごい注射が苦手で。気絶するまではいかないものの、冷や汗ダラダラで怖すぎて震えてしまうことがありました。それぐらい注射が嫌いだったので、毎回血糖測定の針を刺すのも緊張してしまって。押し当てると針が飛び出してくる仕組みなんですが、当たりどころによっては結構痛いんです。なので毎回「痛くありませんように」と祈るような気持ちでいました。手汗をかきすぎてしまって、血液と汗が混ざってしまって反応しなかった…なんてこともありましたね。それくらい緊張していたので、お腹に、ましてや自分でインスリンを打つなんて絶対無理!という考えがありました。それからインスリンを打ってしまうと真の糖尿病患者になってしまうという思いがあって、絶対に打ちたくない一心でした。糖尿病に対して、偏見だとは思うのですが、幼い頃から糖尿病を患っている方は別として、大人からの糖尿病には生活習慣病ということで太っていたり、不摂生というようなマイナスイメージがありました。私、子供のころ太っていまして、小学校の高学年のころは今よりも体重が8キロくらい重くって。親が糖尿病なんじゃないかって心配して血液検査に連れて行かれたこともあって「糖尿病=肥満」のイメージがあったんです。
――妊娠中はインスリンが効きづらいため、高血糖になりやすいといっても妊娠糖尿病に至らない妊婦さんのほうが多いですよね。何が原因として考えられるんでしょうか?
門岡先生:
前回の妊娠時に妊娠糖尿病だった、妊娠前からの肥満、ご家族に糖尿病患者さんがいる、高齢出産であることなどがリスク因子としてあります。なので、奥田さんが糖尿病に対してイメージされていた肥満や不摂生も原因の一つとして考えられますが、太っていない人も妊娠糖尿病になることはあります。体格のいい人は妊娠前からインスリンが効きづらいという性質があって、妊娠をしたことで余計にインスリンが効きづらくなるということがあるんですが、痩せている方の場合は、インスリンの出る量自体が少なくて発症するということがあります。あとは一見痩せてはいるんだけど、前回の妊娠から体重が増えっぱなしというのもリスクだったりしますね。ご自身の中での体重の増加率も関係しています。
――奥田さんは妊娠糖尿病と診断されたとき、非常にショックを受けたとのことですが、振り返って「もしこういう説明を受けていたらここまでショックを受けていなかった」というようなことはありますか?
奥田さん:
「産んだら治るから」と先生は声掛けをしてくださっていましたし、フォローはあったかと思うのですが、“糖尿病”というワードでガーンときてしまって…。元々、私はネガティブ気質なので、先生の言葉を聞き入れられなかったというのは反省点です。なので、私が言うのもなんですが、妊娠糖尿病と診断された方には、あまり重く捉えないでほしいなと思ったりします。
門岡先生:
妊娠糖尿病になった方に毎回「妊娠をきっかけに軽度の糖代謝異常を見つけることができて、健康的な生活が手に入れられるチャンスだよ」と声をかけるようにしています。「気をつけていたのになんで」「なんで私が」とか落ち込まれてしまう方が多いのですが、でも妊娠もせず、食事も体重も気をつけてないで生活をしていたら5年後10年後に急に「糖尿病」と診断されていたかもしれません。妊娠糖尿病はそこに至っていない病態で、必ずしも糖尿病になるというわけではありません。自分は注意しなければならない体質だというのがわかって、食事や体重増加を気を付ければ”将来糖尿病にならないように心がけて生活できる”というのは妊婦さんだからこそ与えられた機会です。診断されてすぐに「わかってよかったね」と言ってもなかなか受け入れにくいと思いますが、時間が経って、診断を受け止められたところでこうしたお話をすると、「そうですね、頑張ります」と言ってくださる方が多いですね。妊娠糖尿病をしっかり治療することは、ご自分の身体だけでなく赤ちゃんが大きくなった時の肥満や生活習慣病も抑えられるので、前向きに一緒に取り組んでいこうね、と話をしています。
――奥田さんは注射への恐怖心がおありだったと。妊娠糖尿病のことを抜きにしても、妊娠していると採血の機会って多いですよね。
奥田さん:
はい、ストレスでした。
門岡先生:
こればっかりはお母さんと赤ちゃんのためなので、すみません!お産もそうですが、心許している人がいると乗り越えられるというのはあるかもしれません。例えば採血室にご家族に一緒にきてもらうとか。とはいえ、コロナのこともあって、なかなかご本人以外の来院を断らざるをえない状態なので難しいですよね。インスリン注射が嫌だとおっしゃる妊婦さんに関しては、なぜ嫌なのかを把握するのが大事かなと思っています。奥田さんのように針自体が怖いという方もいますし、お腹にいる赤ちゃんに針を向けたくないという方もいます。面倒とか大変そうだからという方もいらっしゃいます。針が怖いという方への1つの提案としては、血糖測定も含めて別の方にやっていただくという手があります。痛みは感じづらい、吸収速度が早いということから、インスリン注射はお腹に打つのが通常なのですが、太ももや上腕に打っても大丈夫なんです。面倒という方には、いかにきちんと管理することが赤ちゃんとお母さんにとって大事なのかをとうとうと説きますね(笑)。赤ちゃんが成長していく過程にも影響すると話をすると「なら頑張る」と思ってくださる方がほとんどです。やみくもに打て打てとはしたくないですね。医者がこうしてほしいと話をするのは、あくまでも妊婦さんと赤ちゃんのため。納得して取り組んでいただきたいです。
奥田さん:
もし、また妊娠の機会があったらまずはバランスのよい食事と運動をしていきたいです。それでも妊娠糖尿病になってしまってインスリンを打たなければならないとなったら、腹を括りたいと思っています。
――門岡先生から「妊娠糖尿病は健康的な食生活を手にいれるチャンス」というお話がありましたが、奥田さん、現在の食生活はどのようなものでしょうか?
奥田さん:
朝昼は普通に炭水化物を食べて、夜は遅いことが多いのでタンパク質と野菜だけにするようにしています。おやつも今まではがつがつ食べてしまっていたんですが、低糖質のものを取り入れたり、半分量にしたりして、健康的な食生活を意識しています。妊娠糖尿病を経て「長生きしたいな」と思うようになりました。コロナ禍だったり、子供が小さいこともあって運動が全然できていなかったんですが、最近はステッパーマシンを買って、家でふみふみしています。主治医の先生にも有酸素運動をするようにすすめられたので、子供が寝た後2、30分運動しています。出産前よりも健康であろうとする意識は高まりました。
――最後に、奥田さん、門岡先生それぞれから妊娠糖尿病の方へメッセージをお願いします。
奥田さん:
私もそうでしたが、妊娠糖尿病と診断された方はストレスを感じていると思います。門岡先生も話されていましたが、いかにお母さんがストレスを感じず血糖をコントロールできるかが大事なんだと思います。書籍を通じて、こんなお母さんもいるんだということで、私のアホなところとかミスも踏まえて、笑ってもらったり、レシピを参考にしてもらったり。少しでも気持ちが軽くなってもらえたらうれしいです。
門岡先生:
先にお話したことと少しかぶりますが、診断にショックを受けるとは思いますが、こんなに軽度な糖代謝異常が見つかる機会は妊娠以外なかなかありません。これを一生の長期的なスパンでいい機会だと思って、自分と赤ちゃんの将来のために治療を頑張っていただきたいです。辛いことはたくさんあると思うのですが、医師・栄養士・助産師・看護師に弱音をどんどん吐いてほしいです。医療従事者と悩みを共有して乗り越えていってください。共有という点では友達って大事だと思います。妊娠糖尿病仲間を見つけた方って和気あいあいと一緒に頑張ろうとされているので、奥田さんの著書がその友達がわりになって「こういう人もいるんだ、頑張っているんだ」と捉えてもらえたらと思います。
取材・文=西連寺くらら