コーヒーで旅する日本/四国編|静かな海辺の小さな憩いの場。多様なコミュニティが交わる「みんなのコーヒー」の大らかな引力

東京ウォーカー(全国版)

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メニューが物語るロースターとしての足跡

移転から10年目の今年、新たに3キロの焙煎機を導入予定

2007年から手網焙煎を始め、やがて手回しの機械を購入。松山の自家焙煎コーヒー店に焼いた豆を持って行って評価をもらうなど、少しずつ手ごたえをつかみながら、自分のコーヒー作りに取り組むこと2年。2009年に新居浜市内にある自宅の一部を焙煎所にして、「みんなのコーヒー」はスタートした。

「開店から1年はまずはお試しみたいな感じで、しばらく手回し機械で焙煎していました。団地の奥の隠れ家的な場所だったので、口コミで少しずつ店の存在を広まっていった感じ。それでも、さらに広げるにはやはり飲んでもらう機会がないと、と思っていました」と伊藤さん。そこで、地元の店主らとともに、アンティーク、雑貨、フードのショップが集まるマルシェのようなイベントを企画。伊藤さんはフード部門の担当として、最初は7店で始まったが、次回に35店、やがて80~100店にまで出店者が増え、来場者も何万人単位の規模に広がった。

オリジナルブレンド470円。地元のパティスリー・ヒーリングスイーツKのベイクドチーズケーキ470円は、ムース的な軽い食感と、ヨーグルトを使ったさっぱりした甘さが好評


「4年ほど続けて、ここで味を知ったお客さんが店を訪れる数も増えて。このときは、オーダーに応えるために、ひたすら焙煎していた」と、自宅の店は追いつかなくなり、喫茶もできる場所を探し始めた。お客さんにも手伝ってもらって出会ったのが、この海辺の集落にあった古い建屋。一見、店を作るには不向きにも思えるが、裏手に広がる瀬戸内と大島の眺望に心惹かれた。「今思えば、教えてくれたお客さんは先見の明がありましたね」という新天地で心機一転。2013年に「みんなのコーヒー」は新たなスタートを切った。

現在、コーヒーの品ぞろえは20種を超える幅広さだが、「店を始めたばかりの頃は、コロンビアしかなかったんですよ。お客さんに“ブレンドはないですか?”と聞かれて、“そうか!”と気付いたくらいで」と笑う伊藤さん。メニューに記されたスタンダードとスペシャルティというカテゴリーは、伊藤さんの焙煎の足跡を伝えるものだ。

コーヒーのドリップは、スタッフの平田さんが担当


「元々は、いわゆるプレミアムやコモディティの豆から焙煎を始めたので、スタンダードのコーヒーが店の原点です。当時はスペシャルティコーヒーは手が届かない豆だと思っていて。開店3年目くらいに、兵庫のマツモトコーヒーを紹介してもらってスペシャルティもメニューに入りましたが、お客さんの方でも注文を使い分けていて、元々のファンもいたので、スペシャルティだけに絞らずスタンダードもそのまま残したんです」

ロースターとしては質を追求したくなるが、お客本位の良心的な提案はこの店らしさ。文字通りの原点、オリジナルブレンドがスタンダードの枠に入っているのはそのため。ほろ苦さと淡い酸味、ふっくらと広がる香味は余韻も軽やか。肩肘張らない、飲み飽きない味わいはこの店の大らかな雰囲気に似つかわしい。

コーヒーバナナジュース470円。コーヒーのほのかな苦味にバナナのコクある甘味を際立つ


小さな店から“みんな”に広がるコーヒーの縁

学校で使われていた机と椅子を岸壁に設置。海と大島を間近に望む、1席だけの特等席だ

同じ市内とはいえ、場所が変われば、お客の顔ぶれも新たに広がったという。伊藤さん自身バイクに乗ることもあって、バイクメーカーからの提案で移転オープンに合わせてイベントを開催。以来、ライダーやサイクリストがツーリングの拠り所として集まるようになった。さらには、海辺でSUPを楽しむ人々とつながったのも、開店後の偶然の出会いから。「パドルを落としたので、もし潮が引いて見つかったら連絡ください」という些細なやり取りがきっかけで、いまやSUP仲間が集うクラブハウスのようになることもある。

伊藤さんは地元のコミュニティFMでも番組を持つことになり、お客のつながりからゲストを招き、店内で収録。リスナーにも店の存在を広げている。また、集まるのは人ばかりではない。時おり店を出入りする猫たちは、元々はこの辺りにいた“先客”。伊藤さんが世話をするうちに、懐いた猫は6匹まで増えて、今では店の招き猫として親しまれている。移転を機にさまざまに広がったコミュニティが、日々店内で行き交い、界隈の日常に欠かせない拠り所となっている。

店に集う猫をテーマにした写真集も販売。売上の一部は保護猫活動に寄付される


移転前のお客は少々距離が離れてしまったが、「今でも豆をお求めの方のために、毎週水曜は配達の日にして届けています」と伊藤さん。ただ、配送はしてもネット販売はしていない。その理由は、「ここに来てこその体験があるから。ここにしかない景色とつながりをぜひ感じてほしい。何もない場所だからこそ、逆にいろんな人の発想やアイデアでいろいろなことができる」。いまや休日には全国からお客が来る場所になった。「でも、ここは地元の人がいて、私たちがそこに入っていく感覚でやってきた」と、あくまで、地域のための場所としてあり続けている。

クロ、ジャム、トム、ジェリーの4匹の猫たちを目当てに訪れるお客も多い


ところで、何ともユニークな店の名前は、伊藤さんのお子さんが名付け親だそう。「焙煎を始めた頃、息子に言われたんです。“お母さんは、みんなにコーヒー飲んでもらいたいんやろ? だったらこのコーヒーは、みんなのコーヒーやな”って。それを、そのまま屋号にしたんです。その頃は、それこそ家族や親戚、知人、周りのみんなに自分が焙煎したコーヒーを飲んでもらっていたし、それをきっかけに遠い関係の人や知らない人とも話せたりした。そこから始まった店なので」。伊藤さんの仕事を傍で見ていたお子さんの見立ては、まさに慧眼。いまやこの店のコーヒーは、彼が思うよりずっとたくさんの“みんな”に届いている。

入口扉のイラストは、伊藤さんのお子さんの作


伊藤さんレコメンドのコーヒーショップは「LIMA COFFEE ROASTERS TAKAMATSU」

次回、紹介するのは、香川県高松市の「LIMA COFFEE ROASTERS TAKAMATSU」。
「うちのロケーションとは好対照の、都会的な雰囲気が感じられるお店。高松の繁華街・瓦町の真ん中にあって、街を歩いて立ち寄れるのは、普段、車移動の私にとって新鮮な気持ちになります。お店とお客さんとの距離感も近すぎず遠すぎず、さらっとした雰囲気が心地よいですね。スペシャルティコーヒーの品ぞろえも幅広く、コーヒー豆や焙煎の話もできて、同業者としても勉強になります」(伊藤さん)

【みんなのコーヒーのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル1キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/ブレンド6種、シングルオリジン13~14種、100グラム550円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

※新型コロナウイルス感染対策の実施については個人・事業者の判断が基本となります。
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