物語のはじまり【いきものがかり山下穂尊の『いつでも心は放牧中』Vol.4】

東京ウォーカー(全国版)

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いきものがかり山下穂尊の『いつでも心は放牧中』


「どうして水野くんと一緒にやり始めたの?」

 いきものがかりでデビューして、公のインタビューでも、地元の友人からも、あとになってよく聞かれた。

 もちろん、小中高と一緒だったから、と言えばある程度納得はしてもらえる。しかし、どうして良樹とやり始めたのだろうと考えると、自分でもはっきりした答えがない、というのが正直なところだ。

 聖恵の場合は、はっきりしている。

 僕らが路上ライブを始めた当時、ゆずの影響はものすごく、男子二人組しか周りにいなかった。僕らは相模大野や本厚木でやっていたのだが、5、6メートル置きに7、8組が並んで歌っていた。みんな似たり寄ったりだ。だから僕らは考えた。曲を書く自信はある。けれど見た目が男子二人組である以上、お客さんが分散してしまう。もっとわかりやすい違いが必要なのかもしれない。たとえば--おこがましいのだが--ゆずのあいだにaikoさんが入ったらすごく華やかになるんじゃないか? まわりを見渡しても、男女混成で弾き語りをやっているグループはいなかった。そこで、知り合いを通じて聖恵を紹介してもらった、というのが大まかな経緯だ。

 良樹とは、小中を通じて、お互いに顔は知っているというくらいの関係性でしかなかった。グループも違ったから、一緒に遊んだりすることもなかったと思う。たぶん話をしたのも2、3回くらいじゃないだろうか。

 高校に上がる時に、同じ中学出身というのもあって、喋るようになったんじゃないかと思う。お互いにギターが弾けることを知ったり、良樹が高校で音楽をやりたいと希望しているのを知ったりした。そこで、じゃあ一緒にやろうか、とはまだならなかった。へー、音楽やるんだ。いいね。僕の反応はと言えば、それくらいクールなものだったんじゃないだろうか。高校に入ったばかりの頃、僕にとって音楽はまだほんの少しだけ遠いところにあった。そこに向かって情熱を傾けるようなものではなかった。じゃあ何がやりたかったのだろう。よくわからなかった。ただ、部活はやりたくないっていうことだけはあった。

 僕は暇を持て余した高校1年生だった。そんな折、ゆずが出てきた。若く明るいキャラクターにまずは親しみが持てた。それなのにフォーク・デュオというスタイルのアンバランスさ。そして何より、路上ライブから出てきたということが驚きだった。僕にとってはコロンブスの卵というか、晴天の霹靂というか……これがあったか! というようなショックを伴うほどの強い衝撃を受けた。

 ゆずのあまりに鮮烈な登場と成功は、当時の十代をこぞって路上へと向かわせた。

 その中に、僕と良樹もいた。路上とかいいね、ちょっとやってみようか。どっちがどういうふうに誘ったのか、あまり覚えていないが、僕からだった気もする。とにかく僕は暇だったし、きっと良樹も暇だったのだ。高校一年生の冬だった。僕たちはお互いにギターを持って路上へ出た。

 こんな楽しいものがこの世にあったなんて思いもしなかった。二人でどれほどのことができていたのか、今となっては疑問だが、とにかく楽しかった。初めて夢中になれるものを見つけた気がした。高校に入って、次は大学に進学して就職して……そうした漠然とあるレールを外れたところにどうやって踏み出して行けばいいものか、具体的な手がかりすら見つけられないまま、このまま高校生活が終わっていくのだろうか、頭の片隅でちらりとそんな思いがよぎることもあった。けれど、路上でギターを弾いて大声で好きな歌を唄っている間は、靄のかかった未来を吹き飛ばしてくれるような爽快さがあった。

 音楽で食べていけるとか、ゆずみたいになれるとか、そんな大それたことを思っていたわけではない。将来とか未来とか、そういうぼんやりしたものを見つめる暇もないほど、単純にその時が楽しかった。音楽が何かの手段だったわけでも、すがる対象だったわけでもない。この瞬間のすべて--僕たちにとって音楽とはそういうものでしかなかった。

  

 路上に出るようになってから、本当にたくさんの曲を二人で作った。曲を作って、練習して、路上で歌う。実感として、そのサイクルほど自分の肉体や精神を形成するものは、その頃他になかった。学校のない日は、朝の10時から夜の10時まで路上にいた。演奏したり歌ったり、集まった友達と喋ったり、マックでも買ってきて食べて、んじゃそろそろやるか、というような感じだった。仕事でもなければ、遊びとも少し違う。自分の求めていた自由がそこにはあった。

 そして、音楽を通じてこれまででは経験できなかったコミュニケーションが一気に広がっていった。それは中学生活からは想像もつかないほど刺激的で新鮮なものだった。たしかに自分の足で、未知の世界を歩いているという感覚があった。

 

 どうして良樹とやり始めたのか--それはやっぱりわからない。ひとつだけはっきりしているのは、彼とじゃないとここまでできなかったということだ。そして聖恵がいて、物語が始まった、ということだ。

編集部

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