宿坊に着想を得たスターバックスの店舗デザイン 信州善光寺のお膝元で歴史と文化を守り、新たに紡ぐ
東京ウォーカー(全国版)
「遠くとも一度は詣れ善光寺」と語り継がれる、長野県長野市の善光寺。創建以来1400年もの歴史がある寺だ。そのお膝元である仲見世通りに、「スターバックス コーヒー 信州善光寺仲見世通り店」がある。仁王門をくぐって仲見世通りを進むとすぐ右手、長野県産の木材をふんだんに使った2階建ての日本家屋だ。漆喰仕上げの壁に瓦ぶきの造りが参拝客でにぎわう通りに溶け込み、長野市景観賞を受賞。この土地の歴史や文化がコーヒーとどのように融合しているのか、店を訪ねた。
宿坊にインスピレーションを得た、地域に融合するデザイン
善光寺へとまっすぐ伸びる仲見世通り。商店が立ち並ぶこの門前町も、実は善光寺の境内だ。その歴史は古く、中世以来、商人が集まるようになり、明治維新を機に現在の街の形が出来上がっていったといわれている。界隈には宿坊が39軒あり、善光寺を守り続けている。
スターバックス コーヒー 信州善光寺仲見世通り店は、元禄年間から続く物産店「つち茂」の一角に2020年3月に誕生。老朽化に伴う建て替えの際に出店が決まった。しかし歴史ある街に大手コーヒーチェーンを招くことに「最初はとまどいがあった」と、つち茂18代目の原美代子さんは言う。
「外資系の企業をお寺の敷地に招き入れることに迷いはありました。しかし、 “地域との融合、共生”を大切にされている企業だと分かり、こちらであれば街にさらなる賑わいをもたらしてくれるだろうと決断しました」
そんな理念が見て取れるのが、店の造りだ。街の景観に溶け込む塗り造りの2階建て日本家屋。灯籠が置かれた入口をくぐると、扉まで少しセットバック(敷地から少し後退)されている。扉を抜ければ長野県産アカマツの風合いが美しい通路が細長く続き、その奥にコーヒーカウンターが見える。
実はこの造り、善光寺にある宿坊にインスピレーションを得たものだという。
現地視察で宿坊を見て回った内装デザイン担当のスターバックス コーヒー ジャパン・岸佑有子さん。「門をくぐり、間口から奥へと誘引される造り。玄関間の衝立…。宿坊特有のこうした構造や、仲見世通りの賑わいと宿坊の静けさのコントラストがとても印象的でした」
エントランス付近には衝立をイメージし、大きな花の絵が描かれたウエルカムボードが飾られている。この花は「タチアオイ」。善光寺の寺紋・立葵へのオマージュだ。
また、歴史の記録を守ること、そしてそれぞれがもつストーリーを大切にして取り組んだそう。その一例が、2階の天井に見られる太い梁だ。以前の建物は明治期に建てられたもので、その建物に使われていた梁をそのまま組み直して再生している。
「梁を再度組み立て、外観も正面2階部分は当時のデザインを再現してもらいました。店先の灯籠も、うちで眠っていたものなんです。前の建物はなくなってしまいましたが、それが随所に生かされているのが嬉しいです」と原さん。
長野県産の木材を多用しているのも特徴の一つ。マツクイムシの被害に遭い、廃材になることが多いとことを知り、利用を決めたエントランスのアカマツは、柔らかな木目で木の表情が楽しめる。コーヒーカウンターにはシデやカツラ、チャンチンなど5種類の木材を使い、色や風合いの違いがみられる。
「コーヒーカウンターはお店にとってステージのような場所。数種類を織り交ぜて表情のあるカウンターができたのは、木材が豊富な長野県ならではです」と岸さん。そこにコーヒーの花や実をあしらった巨大なタペストリーや、エチオピアのコーヒーセレモニーの器具などの装飾が見事に融合。地域の歴史や文化を尊重しつつコーヒーカルチャーを織り交ぜた、この店特有の空間が出来上がっている。
歴史ある街だからこその難しさと、新参者だからこそできること
善光寺は、多くの人に開かれた場所。就職や子供の進学など節目には参拝に訪れたり、散歩やジョギングのコースであったり…、地元の方にとってはそこにあって当然の日常の場所なのだという。店にも年配から若者まで、地元客が多く訪れる。日本家屋特有の柔らかな光と影が、席によって異なる表情を作り出し、語らう人、本を読んで一人の時間を楽しむ人など思い思いの時間を過ごしている。
「このお客様はこの席がお気に入りなんだなって、店の中にお客様それぞれの居場所ができていくことが喜びです」と笑顔を見せるのは、ストアマネージャー(店長)の宮田佳代子さん。
「宿坊のある通りに面した1階の席が仲見世通りとは違う静けさを感じられて個人的なお気に入りです。2階には小上がりもあり、場所によって雰囲気が異なるので、お気に入りの席を見つけてもらえたらうれしいです」
しかし、開店当初は歴史ある門前町だからこその難しさもあった。開店に際し、地域の宿坊や店舗など120軒余りに挨拶に回った。コロナ禍でのオープンで積極的に地域と交流する機会を設けられなかったこともあり、決してウエルカムな言葉ばかりではなかったという。また仏教行事が頻繁にあり、それに伴う決まり事や風習も未知のものばかりだ。
例えば、ある行事の際は夕方以降、光を漏らしてはいけなかったため、通常21時までの営業だが急遽夕方に閉店した。雪の多い地域だが、参道でもある仲見世通りは朝のうちに雪かきを終えておかなければならない。
「その土地ならではの風習に寄り添っていくのは大切なこと。一つ一つ丁寧に対応することを心掛けています。至らない部分を原さんが教えてくださり、とても感謝しています」と宮田さん。今では仲見世通りの飲食店のフードとスターバックスのドリンクのおすすめの組み合わせを店に掲示したり、折を見て街のゴミ拾いをするなど、少しずつ地域と交流を深めている。
近くの宿坊の30代と50代の僧侶のお二人は、店の常連のお客様。仲見世通りへの出店を知った際、最初は街のイメージと違うと思ったそう。
「でも、出来上がったら門前町の風景に溶け込んでいて驚きました。早朝に開いているので参拝者の方がよく立ち寄られているのも見かけます。店員さんが良い距離感で接客してくださるので、それがコーヒーだけではない店の魅力になっていますね」(50代・僧侶)
「夜、2階の窓から漏れる明かりがきれいだなぁと感じます。この辺りは夜が早いので、遅くまでやっている店は防犯という側面からもありがたいと思います」(30代・僧侶)
と、地域の人にも価値を見出してもらえているようだ。
地域の憩いの場所としてだけでなく、発展のためにできることをこれからも模索していく。「長い長い歴史を紡ぎ、それを守り続けている善光寺。そうした文化を一緒に守ったり発信したりできるような場になりたいと思っています。その場所に新参者がいる意味はきっとあるはずですから」と、決意を新たにする宮田さん。
これからこの街で、新たな歴史を刻んでいく。
※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。
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