コーヒーで旅する日本/関西編|一杯のエスプレッソから生まれた衝動を胸に、尽きぬ好奇心と熱意でコーヒーの楽しみを追求。「Cauda」
関西ウォーカー
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第54回は、奈良市街から少し離れた、広大な平城宮跡のすぐ側に店を構える「Cauda」(カウダ)。店主の杉坂さんは、島根の名店・カフェロッソのエスプレッソに衝撃を受けたことで、コーヒーの世界へ。スペシャルティコーヒー草創期に、奈良でいち早くロースターを開店した、知る人ぞ知るパイオニア的存在だ。カフェロッソの店主・門脇さんの薫陶を受けて以来、長年、焙煎に試行錯誤を重ねながら、いまだに好奇心と熱意は尽きないという杉坂さん。そんな職人気質の仕事ぶりから生まれるコーヒーは、界隈の憩いに欠かせない一杯として、厚い支持を得ている。

Profile|杉坂知久 (すぎさか・ともひさ)
1974(昭和49)年、奈良市生まれ。会社員時代に、島根のカフェロッソ・門脇洋之さんの著書をきっかけにコーヒーへの関心を深め、現地に通って教えを請うと共に、独学で焙煎、抽出の技術を研鑽。2007年に奈良市内の富雄で「Cauda」を創業。界隈のスペシャルティコーヒーロースターの先駆けとして支持を得て、2015年に平城宮跡西側に移転。
島根の名店で出合ったエスプレッソの衝撃

“なんと(710年)立派な”の、語呂合わせで覚えた平城京遷都。かつての都の広大な遺構の傍にある「Cauda」の周辺は、いまや住宅街に変わったが、窓の向こうの抜けるような空の開放感には、どこか悠然とした時間の流れが感じられる。
奈良市西部の富雄で創業して16年になる店主の杉坂さんは、会社勤めを経てこの道へ進んだが、「実は、元々はお店を開こうなんて考えていなくて。全く興味がなかったんです」と意外な答え。当時、カフェや喫茶店へ行くこともほとんどなかったそうだが、それでもコーヒーが好きで、“面白い飲み物だな”という関心だけがあったという。そんな折に出合ったのが、全国にその名を知られる島根県のカフェロッソ店主・門脇洋之さんの著書。ふと手にした1冊の本が、杉坂さんとコーヒーの縁を決定づけるきっかけとなった。
その頃は、本格的なエスプレッソやスペシャルティコーヒーが、日本でようやく知られ始めたくらいの時期。「読んでみると、初めて聞く知識や技術がいっぱいで、“ここに書いてることは本当なのか”と、疑問に思って。それなら、本人に直接確かめてみようと、島根まで訪ねていったんです。その時、お店で飲んだエスプレッソのインパクトといったら!あれほどクオリティの高いコーヒーが味わえるところは当時、他になかったので、思わずその場で“この味の作り方を教えてほしい”と言っちゃったんです(笑)」と、衝撃の邂逅を振り返る。

門脇さんといえば、現在のジャパン バリスタ チャンピオンシップ(JBC)の前身である、全日本バリスタチャンピオン競技大会の初代チャンピオン。2005年のワールド バリスタ チャンピオンシップ(WBC)で準優勝にも輝いた、日本のバリスタ界の第一人者。世界を唸らせたコーヒーの洗礼を受けて以来、杉坂さんは仕事の傍ら、休日を利用して島根に通って教えを請うた。「このコーヒーを自分でも再現したい、との思いが今に至る原点にあります。“何でこんな味になるの?”という単純な疑問から、コーヒーの世界に引き込まれていきましたね」
とはいえ、門脇さんも手取り足取り指導してくれたわけではない。杉坂さんは現場で、その仕事ぶりを観察し、自ら学び取ることを繰り返した。「例えば、焙煎などは、本当に横に立って見るだけなんです。その間、何も言われないから、どの時点で窯の温度を調整して、ダンパーを開け閉めするか、煎り上げのタイミングはいつか、などとメモをして、それぞれの所作にどういう意味があるか、自分なりに解釈することを続けました。今思えば、チャンピオンの焙煎をかぶりつきで観察できたのはラッキーなことで、技術よりもコーヒーに対する姿勢や考え方に大きく影響を受けました」と杉坂さん。門脇さんをして、“ここまでする人はいない”と言わしめた熱意で、1年半にわたり島根通いを続けながら、焙煎機メーカーのセミナーなどにも参加し、研鑽を重ねていった。

開店の経緯に垣間見える、職人気質のキャラクター

一方で、抽出については、サイフォンに注目。「その頃、抽出器具としては廃れていく傾向でしたが、パフォーマンス性もあって、面白さを感じていました」と杉坂さん。ここでも、抽出のスキルを学ぶべく各地の名の知れた店を訪ね、門脇さんと同年の全日本バリスタチャンピオン競技大会・サイフォン部門優勝の神戸・GREENSの巌康孝さん、JBCサイフォン部門優勝の三重県のCafe de UN Daniel'sの吉良剛さんら、チャンピオンの仕事からも多くを学んだ。
この頃になると、自らの店を持つことも視野に入り始めたが、開店に至るプロセスに杉坂さんのキャラクターが伺える。「本当は、ただただ好きなコーヒーに触れていたかっただけなんですが、それでは生活していけない。ならばお店をやるしかないな、という発想で。コーヒーに関わりながら生きていくには、ロースターかカフェしかないと。本来なら、まず開店を目指して始めるはずが、考える順番が逆だったんです」。そんな職人的な性向は門脇さんも共通していたようで、こんなアドバイスを送られたそうだ。「僕の性格を何となく感じていたのか、“店の運営に追い立てられるから、都会よりも田舎の静かなところで始めた方がいいよ”と。今思えば、ちゃんとレクチャーしてくれたのは、唯一それくらいですね(笑)」

その後、久しぶりに地元の富雄に帰省した際、商店街がガラガラに空いた状態になっていたのを見て、当時の言葉を思い出した杉坂さん。「あの時の助言があったから、閑散としている場所が、逆にいいかもしれないと思えたんです」と、2007年、富雄駅前の商店街から「Cauda」はスタートした。当初は、カフェロッソからコーヒー豆を仕入れ、メニューにはエスプレッソ系のドリンクだけでなく、アルコールやフードも充実した、イタリアンバールのスタイルだった。
開店1年後に、門脇さんが焙煎機を入れ替えるタイミングで、古い機体を譲り受け、自家焙煎にも着手した。「結果的に、カフェロッソの焙煎機を譲ってもらったので、お店に通って得た経験をある程度、活かすことができました。同時に、当時から“焙煎のやり方を見ても参考にはならないよ”と言われた意味が、自分で携わってみて初めて分かりましたね」という杉坂さんにとって、新たな試行錯誤の始まりでもあった。

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