無人営業が“町の本屋さん”を救う?大手取次会社・トーハンがスタートアップと組んで実証実験を始めた「MUJIN書店」とは

東京ウォーカー(全国版)

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出版文化産業振興財団(JPIC)の調査によれば、2022年9月時点で全国の「書店ゼロ」の市町村は26.2%と言われている。この数字は年々増加しており、書店減少が続いている状況だ。

この状況に歯止めをかけたいと大手取次会社の株式会社トーハンが着目したのが、スタートアップ企業の株式会社Nebraska(ネブラスカ)による「MUJIN書店」。その名のとおり、店員不在の無人状態で営業をすることで、これまで営業時間外だった早朝や深夜の営業を可能にし、顧客利便性を高めながら売り上げを拡大していくことを目指しているという。2023年3月20日から、トーハングループの山下書店世田谷店をリニューアルし、24時間営業の書店として実証実験をスタートさせた。この取り組みが始まった経緯と、実証実験の状況を株式会社トーハン経営企画部部長の大塚正志さんと経営戦略部マネジャー(新規事業担当)の和田隆さんに聞いた。

株式会社Nebraskaと協力してMUJIN書店の取り組みを行っている、株式会社トーハン経営企画部部長の大塚正志さん(左)と経営戦略部マネジャー(新規事業担当)の和田隆さん(右)【撮影=三佐和隆士】


「町の書店をなくしたくない」株式会社Nebraskaとの協業でスタート

そもそも、「MUJIN書店」のシステムを立ち上げたのは小売店向けDXソリューションを開発・提供する株式会社Nebraska。Nebraskaの代表である藤本豊さんと横山卓哉さんが読書好きで、「町の書店をなくしたくない」という思いから、「MUJIN書店」のシステムを開発したのだそう。そして、2人は取次会社であるトーハンに1通のメールを送った。

「2022年3月のことです。Nebraskaからホームページの問い合わせ宛に『MUJIN書店というシステムを作ったので、一緒にこのシステムを使った取り組みができないか』という打診があったんです」

Nebraskaは2021年設立のスタートアップ。トーハンとは全く面識のない状態ではあったが、もともとトーハンとしても書店の未来を課題としていたこと、Nebraskaのシステムに説得力を感じ、会ってみることに。

「Nebraskaのおふたりに会った時点で、現在のMUJIN書店のプロトタイプは出来上がっていた状態でした。実際の書店に導入するにはブラッシュアップしなければならないことはありましたが、我々とNebraskaで目指す方向は一緒だと感じました。そこでやり取りを重ね、1年という時間はかかりましたが、実証実験にたどり着いたのです」

Nebraskaがトーハンに声をかけたのは、出版社と書店をつなぐ流通業者であることから、さまざまな書店とのつながりを期待してのことだったそう。それでいて、トーハングループには株式会社ブックファーストや、MUJIN書店の実証実験を行っている山下書店を擁する株式会社スーパーブックスといった書店運営事業会社もある。まさに、うってつけの相手ということだ。

【画像】MUJIN書店の仕組み。LINEの友だち登録とQRコードの読み込みで扉の解錠ができるようになっている【写真提供=トーハン】

MUJIN書店の仕組みはシンプルだ。Webか店頭に掲示されたLINEの友だち追加用QRコードをスキャンする。友だち追加後、無人営業の時間帯に入店用QRコードを読み取ると施錠されていた自動ドアが開いて、いつでも入店ができる。会計は客自身が行うセルフ式で、キャッシュレス決済のみ受け付けている。退店時は操作は不要で、店を出ると自動で扉にロックがかかる。

「NebraskaはLINEを通じた利用登録から、入店認証、会計時の完全キャッシュレスレジまでトータルで無人営業化ソリューションを提供しています。システムそのものを購入しているのではなく、利用料をお支払いする形ですが、コスト分のペイがあると感じています」

山下書店世田谷店が実証実験店舗に選ばれたのはなぜだろうか?

「まずトーハングループの書店であるということですね。自分たちでMUJIN書店がよいものかを確認しなければ、取引先書店におすすめできないですから。それから、坪数と立地、大家さんからの理解もありました。24時間オープンするということは、防犯などの面から大家さんサイドで難色を示されることがあります。坪数に関しては防犯カメラを設置する必要もありますから、あまり大きいところは難しいだろうという判断です。山下書店世田谷店は約30坪で、松陰神社前駅からすぐの路面店というところが実験店として適していました」

松陰神社前駅は世田谷線の駅。渋谷や表参道まで20分以内の立地ながら、こぢんまりとした静かなエリアで、地元密着型の商店が立ち並び、おしゃれなカフェや雑貨店が軒を連ねる。夜間に人が多そうなエリアではないが、夜間営業をして採算がとれるのだろうか?

現在、大きなトラブルなくMUJIN書店を実施できているとのこと。「細かい部分についてはNebraskaと話し合いを進めながら対応しています」【撮影=三佐和隆士】

「そこも実証実験の範囲内ですね。山下書店世田谷店の規模や立地で夜間営業が成り立つかどうか。ここがうまくいけば、中小規模書店でのMUJIN書店の活用が有効だということになりますから」

実験では売り上げが前年比10%増。前向きな未来を見据えて実験中

今回、MUJIN書店の実証実験をするにあたって、山下書店世田谷店では店舗設備の改修をかけているのだそう。

山下書店 世田谷店。MUJIN書店開始前は、店舗外に雑誌の棚があったが、MUJIN書店開始に合わせて店内陳列に変更した【写真提供=トーハン】

「防犯カメラの増設もそうですが、防犯対策を兼ねて外からの店内の視認性を上げるようにしました。もともとは、外に雑誌の棚を出していて外からは店内が見えない状態だったんです。そこで、外の棚はすべてなくし、店内陳列に変更しました。また、店内の書棚が入り口に対して並行に並んでいたのですが、垂直方向に並べるようにして視認性を高めました。新刊台には透明なアクリル製の棚を採用しています」

そういった工夫が功を奏したか、今のところ大きなトラブルは発生していないという。改善点としてはどういったことが上がっているのだろうか?

「細かいことではありますが、例えば今はキャッシュレスレジでは電子レシートのみで、紙の領収書やレシートが出ないようになっています。LINEの履歴から何を購入したかは確認できるようになっていますが、お客様からはレシートや領収書が欲しいという声が上がっています。紙や現金を使うと、紙詰まりなどの物理的なトラブルでお客様にご迷惑をおかけするリスクがあるので、メールなどの別の方法で対応できるようにしたいと考えています」

巷でセルフレジが普及していることもあってか、来店者が使い方にとまどったりすることもなく運用されているそう。

「取引先書店に使っていただくためには、まずは自分たちで効果があることを実証するべき」と大塚さん【撮影=三佐和隆士】

「実験開始当初、店頭に立ってお客様に話をうかがっていたのですが、書店が減っているなかでこうした店があって助かるとか、24時間営業ですごいといったポジティブな声をたくさんいただきました。6月末時点でLINEの友だち登録者数は2200人を超えており、幅広い年代の方に満遍なくお越しいただいています。雑誌よりも書籍の売り上げがいい印象がありますね。現在のところ売り上げは前年比10%増と順調です。MUJIN書店の導入コストや夜間光熱費のコストを鑑みても水準以上の成果が出せていると考えています。7月31日までの実証実験が終わっても、山下書店世田谷店ではそのままMUJIN書店の運用を続ける予定です。並行して、セキュリティの強化が必要なのか、何か新しい設備を準備したほうがいいのか、積み上げたデータをもとに検討を進め、ほかの書店に展開できるようにしていきたいと思っています」

実証実験で得られたデータをもとにMUJIN書店をどうしていくのか決めていくそうだが、今のところは前向きに今後を考えているとのこと。

山下書店世田谷店が掲出しているMUJIN書店のポスター。さまざまな嗜好に応えられるリアル書店の良さが伝わるキャッチコピーだ【写真提供=トーハン】

山下書店世田谷店がMUJIN書店の取り組みを始めたときに掲げたキャッチコピーは「今日、なんにも面白いことがなかった人へ。山下書店、まだ開いています。」というもの。リアル書店のいいところは、その場で書籍が確認できて、すぐに持ち帰ることができること。そして、自分の知らなかった本との新しい出合いがあること。電子書籍、ネット書店の登場もあり、リアル書店が置かれている状況は簡単なものではない。しかし、本との出合いをより深くする場として、MUJIN書店が活躍していくかもしれない。

この記事のひときわ #やくにたつ
・協業する相手とは同じ方向性を持っているかを大事にする
・コストをかけずに売り上げを伸ばすためには、どの部分が生かせるかを考える

取材・文=西連寺くらら

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