だしを通して笑顔に。創業324年の老舗、にんべん社長「ワクワク」大切に新事業展開、次の“主流”を探る
東京ウォーカー(全国版)
かつお節だしの風味を活かした「つゆの素」や、鰹節のフレッシュパックといったロングセラー商品を製造・販売する鰹節専門店「にんべん」は1699年創業の老舗企業。2010年にスタンディングバーで「かつお節だし」を楽しめる「日本橋だし場」をオープンし、レストラン、弁当、惣菜事業も展開する。のれんを守りながら新たなチャレンジを続ける13代当主の髙津伊兵衛社長に、これまでの歩みや仕事観について話を聞いた。
創業320周年で13代「髙津伊兵衛」を襲名
――初めに、これまでのにんべんの歩みについて教えてください。
【髙津伊兵衛】1699年(元禄12年)に東京・日本橋で創業いたしました。現在の野村證券日本橋本社付近で、屋台のように戸板を並べ、その上で鰹節や干し魚などを扱っていたのが始まりです。それから日本橋の小舟町に移り鰹節問屋を開き、瀬戸物町(現在の室町)に移って鰹節の小売店を始めます。それ以来ずっと鰹節を扱ってまいりまして、2023年で創業324年になります。
――13代髙津伊兵衛を襲名された経緯を教えてください。
【髙津伊兵衛】2009年に社長になって、そのころは先代である父がまだ伊兵衛を名乗っておりました。創業者から伊兵衛という名前を代々継いでおりまして、私は2020年、ちょうどにんべんが320周年の年に襲名をしています。先代が亡くなったのが2014年で、最初は一周忌が終わったら襲名しようと思っていたのですが、また別の者が亡くなり不幸が続いて延び延びになっていました。320周年の行事をするというときに、「襲名をしたらどうですか」と榮太樓總本鋪の故・細田安兵衛さんからお手紙をいただきました。社内からも同じような声があったので、320周年に合わせて襲名をしました。
――プレッシャーはありましたか?
【髙津伊兵衛】襲名のプレッシャーはあまりありませんでした。名前が変わっても、名前で呼んでくださる方は少ないんですね。克幸という名前でしたので、昔から知っている方からは、今も「克幸さん」とか「かっちゃん」と変わらず呼ばれています。
――社長に就任したときはいかがでしたか?
【髙津伊兵衛】やはり社長になったときのほうがプレッシャーはありましたね。会社の業績があまりよくないときにはプレッシャーを感じますし、いいときはそれなりに楽観的になり、一喜一憂しています。
――コロナ禍は業績に影響がありましたか?
【髙津伊兵衛】全体で見ると売り上げ自体にはそれほど影響がありませんでしたが、中身はだいぶ変化して、スーパーで販売している家庭用の商品は非常にボリュームが増え、一方で直営店舗や百貨店、業務用商品は減りました。
そのままの「だし」に想像以上の反響
――にんべんに入社されてから現在まで、キーポイントとなった出来事を教えてください。
【髙津伊兵衛】日本橋室町地区の再開発があり旧本社ビルを取り壊して建て直すということと、それに合わせて本店も現在の形に変化をしました。そこが大きなターニングポイントでした。
――現在の日本橋本店では、スタンディングバーで「かつお節だし」を手軽に楽しめる「日本橋だし場」が併設されています。このアイデアはどのように生まれましたか?
【髙津伊兵衛】もともと日本橋本店は、旧本社ビルを建て直すまでの仮店舗として2010年10月にオープンしました。仮店舗では何をしようかと考えたときに、味わったり、学べたり、感じたり、いろいろと体験できる店舗にしようということになりました。そのころ、再開発事業を進めた三井不動産や広告代理店の方に「だしをテイスティングできる場所があったらおもしろいね」という意見をいただいたこともあり、多くの人にだしを知ってもらうために始めたのが「日本橋だし場」です。
――「一汁一飯」というコンセプトに込めた想いとは?
【髙津伊兵衛】日本型の食生活をテーマに、主食であるご飯に具材が入った汁物、そして主菜、副菜などおかずを組み合わせると、健康的な食生活を提案できます。そこで、まずはご飯と汁物(一汁一飯)から始めるというのがコンセプトです。
――実現するにあたって苦労した点はありますか?
【髙津伊兵衛】お店で何をするのかと考えたときに、「だしを知っていただく」ということは決まっていたのですが、おいしく提供できるものがなかなか開発できませんでした。そのまま開店を迎えて「じゃあシンプルにだしをそのまま提供しよう」ということで始めたのです。それが思いのほか反響が大きくて、多くの方にだしを飲んでいただくことができて、私たちも目から鱗でした。
――だし本来のおいしさを体験したいというニーズがあったのですね。
【髙津伊兵衛】そうですね、もともとはオフィスワーカーの方に向けて、だしスープやみそ汁などのテイクアウトをメインに考えていたのです。でも、開店してみるとだしが1日1000杯以上、ピークで1400杯ぐらいを販売しました。
――客層に変化はありましたか?
【髙津伊兵衛】もともと私たちのお客様は50代以上の方が多いのですが、「コレド室町」にショッピングにいらっしゃる方や、近隣で働いている方にも来ていただき、30代、40代の方が以前よりも増えました。
――さらに2014年にはレストラン事業「日本橋だし場 はなれ」、2019年には弁当事業「日本橋だし場 OBENTO」、2020年には惣菜事業「一汁旬菜 日本橋だし場」を開業されています。新たなチャレンジを続ける理由を教えてください。
【髙津伊兵衛】今までは家庭で調理に使う商品を主に扱っておりましたが、だしや鰹節を使った料理そのものを召し上がっていただくことができ、お客様のお顔が見える場を作ろうということで、それまでなかったフルサービスで提供するレストランを始めました。
【髙津伊兵衛】その後「日本橋だし場 OBENTO」「一汁旬菜 日本橋だし場」を開き、だしや鰹節を使ったお弁当やお惣菜をご家庭で召し上がっていただく機会を増やそうと店舗展開を進めています。
――新しいアイデアを考えるための部署があるのでしょうか?
【髙津伊兵衛】いろいろな開発の流れがあり、企画部門で新商品やメニューを開発するという流れがひとつ。あとは現場の営業や店舗の人間、開発部門などが一緒になって会議体で開発していくという流れもあります。そのほかトップダウンで私が進める場合もあります。また現場から「こういったものを売りたい」とあがってくることも多いので、そういう場合はなるべく実現してあげたいと思っています。
――思い入れのある商品は?
【髙津伊兵衛】「日本橋だし場」ブランドの商品「本枯鰹節薫る味だし」で、2年以上かけて開発しました。「ものづくり会議」という、当時30代、40代の中堅が部門横断で集まる会議体があり、そこで「日本橋だし場」の「かつお節だし」を家庭でも、ということで検討をしました。調味がされていてお吸い物やお料理にも使いやすい商品です。
【髙津伊兵衛】当時は他社でも味付きだしパックが伸びていました。他社と差別化した点としては、私たちは鰹節の会社なので、鰹節の風味を家庭で使用するときまで保持させることにこだわりました。通常は熱風で乾燥をするのですが、鰹節に含まれた水分に塩や粉末の醤油が組み合わさると、ベタベタしたり、くっついたりして風味が変化してしまいます。そこで酸化しないように、なるべく熱をかけずに乾燥をさせ、さらに個包装にすることによって、風味を保持することができました。お料理屋さんでその場で引いただしと、相当近いレベルが実現できたと思っています。
――伝統を残す部分と変える部分のバランスはどのように判断していますか?
会社としては新しいことをどんどん受け入れて、変化を続けています。たとえば、もともとは鰹節を削るという習慣がありましたが、現在は「つゆの素」がメイン商品になっています。飲食店はまだ1店舗、惣菜店も6店舗で、まだまだこの「つゆ(液体調味料)」というものに頼っている状況です。次に何が主流になるかというと、まだ見出せてはいませんが、それを見つけるためにいろいろと新しいことを手がけている最中です。
「ワクワクすること」を大切に
――創業300年を超える企業のリーダーとして大切にされていることを教えてください。
【髙津伊兵衛】やはりワクワクすることが大事ですね。たとえば「あのお店ににんべんの商品を並べたい」と思うとき、新しい商品やサービスをお客様に手に取っていただけたり、召し上がっていただける場が増えたりするのを想像するとワクワクします。そういった思いを大切にしていますね。
――仕事をするなかで大切にしていることはありますか?
【髙津伊兵衛】会社や事業が存続していけるかということは常に考えなければいけません。どういうバランスで次に進んでいくか、ということは考えています。
――日本の人口減少が進むと、どうしても売り上げはリンクするかと思われます。海外の事業展開についても教えていただけますか?
【髙津伊兵衛】今は輸出だけですが、直接営業をするようになったここ10年ほどで売り上げは200%になりました。全体の中では2%ぐらいの構成比ですが、今後もまだまだ伸ばしていけると感じているので、力を入れていきたいです。
――海外だとどの地域のボリュームが多いのでしょう?
【髙津伊兵衛】昔から得意先がしっかりと売ってくださっていたこともあり、現状で売り上げが大きいのは北米で全体の約7割です。EUやアジア圏についてはまだそれほど多くなくて、EU圏は規制があるので鰹節を輸出するのが非常に難しい。鰹節以外のだしを使うなど、その規制に対応した商品を開発をして少しずつ伸ばしているような状況です。
――髙津さんの今後の野望を教えてください。
【髙津伊兵衛】個人の野望としては、次の代が喜んで継ぎたいと思える会社にしたいと思っています。留学中の息子がいるのですが、現地のスーパーで「日本語ラベルと英語ラベルのにんべんの商品が置いてあり、値段が違う」と連絡をくれたりします。会社を継ぐという思いは持ってくれているようですが、プレッシャーも感じると言ってました。
【髙津伊兵衛】会社としては、にんべんの商品やサービスを通じて鰹節やだしを使っていただき、みなさんの笑顔や健康的な食生活に貢献することです。やはりおいしいものを食べると笑顔になりますからね。そんな笑顔を増やし、持続することを目指していきたいと思います。
この記事のひときわ
#やくにたつ
・さまざまな形で商品を届けることで知ってもらう機会を増やす
・商品だけではなく「食生活」も提案する
・時代に合わせて変化を受け入れる
取材=浅野祐介 撮影=三佐和隆士
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