コーヒーで旅する日本/関西編|コーヒーを介して農業のイメージをアップデート。広大な畑の只中で始まった複業農家の新たな試み。「Sticks Coffee」
東京ウォーカー(全国版)
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第87回は、兵庫県朝来市の「Sticks Coffee」。丘陵地帯に広がる畑のただ中にポツンと一軒、決してアクセスが良いとは言えない立地ながら、休日ともなれば数百人が訪れるという。一見、お洒落なコーヒースタンドだが、実は店主の南谷さんの本来の姿はブドウ農家。日本の食の先行きに危機感を抱いて会社員から転身し、朝来市に移住して自ら農業の道へ。将来を担う若い世代の農業に対するイメージを変えるため、新たな“複業”として生まれたのが「Sticks Coffee」だ。「実は農業はカッコいい仕事だと伝えたい」と、さまざまな試みを重ねる南谷さんが、コーヒーを介して伝えたいメッセージとは。

Profile|南谷雄大(みなみたに・ゆうだい)
1984(昭和59)年、兵庫県神戸市生まれ。大学を卒業後、コンサルティング会社、製薬会社でマーケティングや営業を11年経験。その後、日本の食への危機感を抱き、農業の道へ転身。朝来市の南谷農園でブドウ栽培を始め、衰退産業と言われている農業を若い世代が目指すような職業に変化させるべく新たな試みを続ける。そのひとつとして、2021年、南谷農園の一角にコーヒースタンド「Sticks Coffee」をオープン。「次世代に農業をバトンタッチ」することをテーマに、先入観にとらわれない農家のスタイルを発信。
経営コンサルタントから転身、異色の農家への挑戦

姫路から北へ車で1時間ほど。“天空の城”として知られる名所・竹田城跡がある朝来市の東部。標高300~400メートルの丘陵に広大な畑が連なる夜久野高原のただ中に、まさにポツンと一軒、現れるのが「Sticks Coffee」だ。一見、簡素な店構えながら、店内はスタイリッシュな空間。都心にあっても不思議ではないコーヒースタンドが、土と緑の香りに満ちたこの場所にあろうとは、よもや思うまじ。さらに驚くべきは、店主の南谷さんが周辺の4カ所でブドウ栽培を手掛ける、歴とした農家だということ。しかも、経営コンサルタントから転身して、この地に移ったという異色のキャリアの持ち主だ。
前職時代、日本の農業従事者が激減している現状を知り、「このままでは将来、食べるものに困って、虫を食べないといけないかもしれない」という危機感を抱いたという南谷さん。若い担い手を殖やすため、自らが農家となって従来のイメージを変えようと、2017年に南谷農園をスタート。「いわゆる3Kの仕事と思われがちですが、実は農業はカッコいい仕事だと伝えたい」との思いを発信するために、誕生したのが「Sticks Coffee」だった。

「最初は夫婦2人で農園を始めましたが、だんだんと畑を広げていく過程で、2人だととても手が足りなくなって。とはいえ、農家の仕事はどうしても繁閑の差が大きいので、人手を増やすために、通年できる仕事を作りたかったんです」と南谷さん。そこで生まれたアイデアが畑の中のコーヒースタンド。コーヒーを通して農園に関心を持つ人を集め、ひいては農業を盛り上げる、この店の存在は成り立ちからして実にユニークだ。
元々、南谷さん自身が、以前勤めていた名古屋でスペシャルティコーヒーと出会って以来のコーヒーラバー。「Sticks Coffee」誕生のきっかけも、コーヒーショップでの体験にあったという。「ウチの農園で作っている、ぶどうジュースの卸先にコーヒー店が多くて、納品のために店にいくと、どこも若いお客さんばかりで驚いたんです。常々、農家の危機を感じてきた身として、一番思いを届けたい層がまさにここにいると思って、コーヒー好きなお客さんに向けて、農家の魅力を発信できる場をと考えたんです」

どこよりも生産者の気持ちが伝わるコーヒーを

農家直営のカフェと聞けば、素朴で飾らないイメージが強いが、ここでは対照的に、あえて都会的な店作りを徹底。のどかなロケーションとのギャップは、先入観を覆すに十分なインパクトがある。開店以来、農業に関心を持つ若い世代のお客が足を運ぶようになり、現在のスタッフも農家との“複業”で店に立つ。全員が朝から畑で仕事をし、開店準備をするというサイクルが、この店の日常だ。何もなかったこの場所に突如現れたコーヒースタンドは、一躍近隣の話題を呼び、いまや週末には数百人のお客を呼び、時には行列ができるほど、界隈の観光スポットとして認知されるまでになっている。

「幸い取引先にコーヒー店が多かったので、開店にあたって修業の場には困らなかった」と、下関や東京のコーヒーショップで、バリスタとして経験を積んだ南谷さん。季節によっては農園が繁忙期になるため、焙煎は現在、3つのロースターに委託しているが、豆のセレクトは、すべて自身でサンプルをカッピングした上で、焙煎先も決めている。コーヒーは時季替りで約10種ほど、シングルオリジンのみのスタイルに、農家ならではのこだわりがある。

「農家としては、他所で採れたものと混ぜて出荷されたくないというのが心情。実際、自分のブドウを出荷する時は、兵庫県産とかではなく農園の名で出してもらっていますから。何よりも作り手のこだわりを伝えられる豆を吟味することで、産地にリスペクトを持ちたい。どこよりもコーヒー農家の気持ちが伝わる店だと思っています」と胸を張る。なかでも、豆の個性がより際立つ浅煎りのコーヒーを中心に、アナエロビックなど最新のプロセスが持つ個性も積極的に提案している。
当初は、コーヒーと揚げたてのチュロスだけと、至ってシンプルだったメニューも、その後のスタッフの加入と共に続々と新作が登場。いまやチュロスのレパートリーは45種まで広がり、多彩なコーヒーとのペアリングが楽しめると評判に。さらに。月ごとにフレーバーが変わる自家製プリン、知人の養豚場特製のソーセージを使ったホットドッグが看板メニューの3本柱となっている。

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