コーヒーで旅する日本/関西編|関西編|里山の焙煎所からオリジナルのコーヒーブランドを。40歳から始まったオールドルーキーの挑戦。「MAGNUM COFFEE」
東京ウォーカー(全国版)
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第94回は、兵庫県丹波篠山市の「MAGNUM COFFEE」。自然と食材に恵まれた界隈は、関西でも人気のお出かけ先であり、休日ともなれば店先はドライブやツーリングのお客の姿でにぎわいを見せる。篠山の土地柄に惹かれて、自らも移住して店を構えた店主の古荘さんは、1杯のエスプレッソをきっかけに、40歳にしてアパレルショップのオーナーからコーヒーの世界に転身。今では、オーガニックコーヒーのみをそろえるロースターとして、ユニークな存在感を発揮している。修業時代にブラジルのコーヒー農園を訪れたことで、理想とする店の方向性を見出したという古荘さん。里山のロースターが実現を目指す、“オリジナル”なコーヒーとは。

Profile|古荘利治(ふるしょう・としはる)
1967(昭和42)年、大阪市生まれ。大阪市内で10年以上、アパレルショップを経営した後、レストランの食後のエスプレッソに感銘を受け、40歳にしてコーヒー業界に転身。シアトル系カフェやイタリアンバール、ホテルでのバリスタ修業を経て、2010年、大阪・心斎橋にコーヒースタンド「mill pour」を開店。2年後に自家焙煎にも着手し、豆の仕入れ先である元井珈琲の店主に師事して、ブラジルの農園視察にも同行。2018年、丹波篠山への移住を機に、焙煎所として「MAGNUM COFFEE」を開業。2021年には大阪上本町に、姉妹店の「MAGNUM Collection」もオープン。
1杯のエスプレッソから始まったオールドルーキーの挑戦

京阪神の都心から車でおよそ1時間、近年は個性的な店のオープンや移住者も増えている、兵庫県中東部の町、丹波篠山。「MAGNUM COFFEE」があるのは、かつて城下町だった篠山の中心部から外れた旧街道筋。古い建物を改装した店内は、里山の自然と相まって開放感に満ちている。
とはいえ、「開店当初は、地元の方々に“なんでこんなところで店をするの?”と言われたほど、篠山でも辺鄙な場所でした。かつて近くを通っていた鉄道が廃線になって寂れたエリアで、最初に物件を見た時は廃屋のようにボロボロでした」。そう話す店主の古荘さんは、7年前に篠山に移住。以来、すっかり地域に溶け込んで、開業してからも、この場所ならではの魅力を日々感じているそう。大阪のど真ん中で生まれ育った古荘さんが、ここ篠山に拠り所を見つけるまでには、紆余曲折の道のりがあった。

以前は大阪・心斎橋でアパレルショップを営んでいた古荘さん。奥様のかをりさんは服飾のデザイナーでもあり、10年以上、ファッションの仕事に携わっていた。それが一転、コーヒーの世界へと誘われたのは、ある日、レストランで飲んだ食後のエスプレッソがきっかけだったという。「エスプレッソ自体は、服の買付けでヨーロッパに行った時にも体験していましたが、その時飲んだのが一番旨かった。20年ほど前、スペシャルティコーヒーが出だしたころだと思います。たまたま、この一杯がバリスタのベストショットが当たったのかもしれませんが、明らかに違っていた。それまでいわゆるコモディティのコーヒーは体が受け付けなかったから、目から鱗の体験でした」と振り返る。ちょうど、そのころ、アパレルショップの営業に徐々に陰りが見え始めたこともあり一念発起。まったく違う業界でゼロからのスタートに踏み切った。

ただ、古荘さんは、この時すでに40歳のオールドルーキー。「最初はとにかくエスプレッソを出す仕事に就きたくて」と、バリスタを目指して修業先を探したが、「働くにも年齢制限がハードルになって、時にサバを読んで応募したりもしました(笑)」と苦戦したが、幸いにも一軒だけシアトル系カフェに縁を得たことで道が開けた。何とか最初の一歩を踏み出したあと、アメリカ村の人気イタリアンバル・JOJO、当時ヒルトンホテルに出店していたイグカフェと、さまざまなタイプの店を渡り歩き経験を積んだ。
そうして2010年、最初にオープンしたのが、大阪・本町のコーヒースタンド「mill pour」だ。ここでは、アメリカのロースターから仕入れた豆を使用。アメリカに勤める知人からサードウェーブの話題を耳にしていた古荘さんは、開店当初からスペシャルティコーヒーのムーブメントに関心を寄せていた。ただ、スペシャルティコーヒーの普及とともに浅煎りが主流になりつつあった時期、「mill pour」は創業当初から深煎りのエスプレッソをウリにしていた。周りからは否定的な意見も多かったが、古荘さんの信念はいまだにブレることはない。「料理の素材でいえば、例えば、新鮮な魚の食べ方は刺身だけではない。煮ものや焼物にしても旨いし、素材の新鮮さは同じように重要です。スペシャルティコーヒーは本来、浅煎りから深煎りまで楽しめる豆。浅煎りの華やかな香りや風味の希少性にフォーカスされがちですが、うちではダシの旨味を味わうような感覚で、深煎りの苦味もおいしさの一つとして味わえるコーヒーを志向しています」

ブラジルの農園での体験を機にロースターの道へ

まだ、エスプレッソをメインとしたスタンドがほとんどなかった当時、斬新な趣向を打ち出した「mill pour」だったが、ほどなく豆の仕入れに不安を抱えるようになる。アメリカの仕入れ先と直接コンタクトが取れず、たびたび入荷が止まることもあって、原料が安定しない時期が続いた。そこで、開業2年ほどで、自家焙煎への切り替えを模索した古荘さんは、東大阪の老舗・元井珈琲の門を叩く。店主の元井さんは、2007年にJBC(ジャパンバリスタチャンピオンシップ)チャンピオン・宮前みゆきさんの大会用豆の焙煎を担当した知る人ぞ知る存在。週に1、2回通って、焙煎の指導を仰いだ。
さらに、コーヒー産地の視察にも同行する機会を得たことが、その後の店作りの方向性を決定づけた。「ブラジルの農園を訪ねたのですが、その時、偶然にもアメリカのサードウェーブの草分けの一つ、インテリジェンシアのスタッフも来ていて。彼らと一緒にいたのがコロンビアの農園主。店で契約する生産者の研修、技術向上のために連れて来たというんです。生産者とともに店を成長させる、その姿勢に感動して、自分も同じことをしたいと思いました」

以来、パートナーとなる特定の農園の豆を使い、独自のコーヒーブランドを作ることが古荘さんの目標になった。「焙煎技術では長年の経験を持つ人には敵わない。それなら、ものすごくジャンルを絞った専門店にしようと。飲食で例えると、鰻屋をするにしても鰻の肝だけを専門にするくらいの感覚。1つの農園の豆に特化して、店が生産から提供まで一貫してやれたら、オリジナリティで経験を越えられるのではないかと考えたんです」
ロースターとして目指すべき姿を見つけたこのころ、古荘さんは頼もしい協力者を得ている。現在、「mill pour」と「MAGNUM Collection」に立つ東弘和さんは、関西でいち早くバリスタとして活動してきたパイオニアの一人。これまで、イタリアンバルJOJOでバリスタを務め、ヒルトンホテルのイグカフェの立ち上げに携わるなど、偶然にも古荘さんの修業先の先輩として同じ道をたどっていたという縁があった。

「東さんは2010年から独立してBar Zumaccinoを営んでいて、僕が『mill pour』を開店した時に来てくれて、お客さんをいっぱい呼んでくれた。『mill pour』は東さんの存在あって続いたようなものです。その後、東さんが自店を閉じた時に、その腕を生かさないのはもったいないと思って、うちに来てもらった。ちょうど焙煎修業で店を空けることが多かった時期で、東さんほどの実力者なら安心して店を任せられました」。「mill pour」は当初、エスプレッソを飲みなれた海外のお客が8、9割を占め、コーヒーシーンの変化とともに徐々にファンを広げていった。
一方、ブラジルの農園でカッピングを体験し、豆に対する評価が海外の人々と自分とでは違うと感じた古荘さん。「海外で評価されるのでなく、日本に合う評価をするべきでは」と考えたことから、カッピングをより正確にするべく、かをりさんがQグレーダーの資格を取得することに。この時、一緒に資格取得に取り組んだのが、当時「mill pour」のスタッフに加わり、後に大阪でMel Coffee Roastersを開店する文元政彦さん。メルボルンでの修業から帰国した気鋭のバリスタの存在は、かをりさんにとっても「一人では大変だったので、2人で資格にチャレンジできたのは心強かった」と振り返る。

新天地で目指す、オリジナルのコーヒーブランド

頼もしいスタッフを得て店作りに邁進する古荘さんにとって、第二の転機となったのが、篠山への移住だ。「大阪の十三で育って、工業地帯の真ん中にいたから田舎の環境に憧れを持っていた。最初は焙煎所を西成で持つつもりでしたが、縁があって篠山を紹介してもらって移ってきて、その流れで、ここで焙煎所にできる広い場所を探しました」。そうして、地元の人に紹介してもらったのが、現在の「MAGNUM COFFEE」がある場所だった。元は公民館で、その以前は芝居小屋や映画館としても使われていた建物は、焙煎所としては十分すぎるほどの大きさ。余りにもフロアが広いため、店内でコーヒーも提供するようになったという。
カフェとしてお客を呼ぶには辺鄙なロケーションだったが、古荘さんには開店前から確信めいたものがあった。「店の工事が始まると、何ができるのかとのぞきに来る人が1日に2、3人はいて、この人たちがお客さんになってくれるという手応えを感じました。また、京阪神からほぼ同じ距離で道が通じているので、車でドライブはもちろん、バイクや自転車のツーリングのお客さんがいっぱい押し寄せた。まったくリサーチもしてなかったですが、店をやってみて、すごくいい場所だと気づきましたね」。週末ともなれば、県外から訪れるお客でにぎわい、今では篠山の人気の立ち寄りスポットとして定着している。

現在、「MAGNUM COFFEE」で提案するコーヒーは、時季替りで8~10種。すべてがオーガニックの豆を吟味しているのが、大きな特徴の一つだ。「店を始めて、最初に扱った豆で気に入ったのがたまたまオーガニックだったのがきっかけ。そのころ、コーヒーでオーガニックというのはほとんどなかったから、マクロビやビーガンに詳しいお客さんが求めて来られて、いろいろ教わるうちに品ぞろえをオーガニックに絞っていったんです。ちょうど同じ時期に、今の子どもたちの大半が何らかの食品アレルギーを持っていることに気づいて、自分たち世代の食べものへの意識を変えないと、と感じたのも理由の一つ」と古荘さん。いまやコーヒーのみならず、ミルクや焼菓子、パンにいたるまでオーガニックのものを吟味している。毎日のように口にするものだから、顔の見える安心できる素材を。その思いは、“We are what we eat”=私たちは私たちの食べるものでつくられている、という店のキャッチフレーズに託されている。

自身も篠山での四季の暮らしを楽しみながら、コーヒーとともに地域の魅力を発信している古荘さん。今後、目指すべきところは、創業以来の夢である、MAGNUMオリジナルのコーヒーブランドの立ち上げだ。多くの店では、毎年の作柄によって、各地の農園から豆をセレクトするのが一般的だが、古荘さんが思い描くのは、1つの農園で毎年の作柄にかかわらず仕入れを保証し、生産のリスクを負うぶん、細かな味作りの要望や新しいアイデアを実現することにある。「僕らだけのコーヒーブランドを作るには、独自の味作りに意欲的で実験的な生産にもチャレンジできる農園を見つけるのが大前提。といっても、専門家目線の品種の希少性や風味のインパクトでなく、一般のお客さんが旨いと思えるコーヒーであることが大事」という。
そのためにも、意見の合う生産者との関係作りは重要だが、「その前に、実現するには店で扱う豆の量をさらに増やす必要があります。修業時代以来、産地には行っていませんが、もし次に行く時は、自分のブランドを立ち上げる時になりますね」と古荘さん。篠山発のコーヒーブランドの誕生を楽しみに待ちたい。

古荘さんレコメンドのコーヒーショップは「Mel Coffee Roasters」
次回、紹介するのは、大阪市西区の「Mel Coffee Roasters」。
「店主の文元さんは、オーストラリア・メルボルンでのバリスタ修業を経験したパイオニアの一人。帰国後に、お客さんとして店に来てくれたのが縁で、2年ほどmill pourのバリスタを務めてもらいました。僕が焙煎を習いに行き始めたころで、安心して留守を任せていました(笑)。当時から研究熱心で、いち早く最新の計器やアイテムを使って、データ数値なども細かく取っていました。今では、海外からもお客さんも多数訪れる大阪の人気店として、国内外に知られる一軒です」(古荘さん)
【MAGNUM COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/ラッキーコーヒーマシン8キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(ボンマック)、エスプレッソマシン(ラマルゾッコ)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/ブレンド1種、シングルオリジン7~8種 100グラム900円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
この記事の画像一覧(全14枚)
キーワード
- カテゴリ:
- タグ:
- 地域名:
テーマWalker
テーマ別特集をチェック
季節特集
季節を感じる人気のスポットやイベントを紹介
全国1300カ所のお花見スポットの人気ランキングから桜祭りや夜桜ライトアップイベントまで、お花見に役立つ情報が満載!
全国約900件の花火大会を掲載。2025年の開催日、中止・延期情報や人気ランキングなどをお届け!
ゴールデンウィーク期間中に開催する全国のイベントを大紹介!エリアや日付、カテゴリ別で探せる!
おでかけ特集
今注目のスポットや話題のアクティビティ情報をお届け
キャンプ場、グランピングからBBQ、アスレチックまで!非日常体験を存分に堪能できるアウトドアスポットを紹介