「一軒で儲かろうとしても、一軒も儲からない」黒川温泉の想いが詰まった入湯手形と激推し3湯【九州の日帰り温泉vol.4】
東京ウォーカー(全国版)
全国の人気温泉地ランキングで常に上位に入っている熊本県の黒川温泉。今となっては全国屈指の温泉地として名を馳せているが、ひと昔前まではそうではなかった。温泉街の規模の小ささから団体客の受け入れが難しく、山奥にある利便性の悪さも相まって「人気温泉地」という言葉からはほど遠い存在だった。

その不遇の時から脱することができたのは「黒川温泉一(いち)旅館」という考え方だった。30軒の旅館から成る黒川温泉を「一つの旅館」としてとらえ、一つひとつの旅館は「離れ部屋」、旅館をつなぐ小径は「渡り廊下」、そして温泉街全体がまるでひとつの旅館となるよう、雰囲気やブランドを統一したのだという。そう教えてくれたのは、黒川温泉観光旅館協同組合の北山さんだ。「私たちがやろうとしている『黒川温泉一旅館』というコンセプトの礎となっているのは、『一軒で儲かろうとしても、一軒も儲からない』という考えです」と北山さんは語る。
「一軒の宿が儲かるのではなく、地域全体で黒川温泉郷を盛り上げたい、という想いが『黒川温泉一旅館』という考えに込められています。その想いから生まれたのが『入湯手形』です」と北山さん。黒川温泉の「入湯手形」はそういった考えのもと生まれ、黒川温泉ブームが始まるきっかけを作った。入湯手形は大人1枚1500円で購入できる木の札で、黒川温泉の露天風呂3カ所ををめぐることができるというもの。実はこの入湯手形には、露天風呂が作れない2軒の旅館を救うために発案したという誕生秘話も眠る。そんな露天風呂めぐりの手形が、秘境の温泉地の人気の火付け役となり、「露天風呂めぐりの黒川温泉」というブランドが誕生。今回はそんな黒川温泉で特におすすめしたい温泉を3つ紹介する。

これぞ絶景!!まるで渓流に浸かっているかのような一体感を味わえる「山みず木」の露天
まずはじめに、筆者はこの露天風呂と初めて対峙したとき、そのロケーションに圧倒されたことを今でも鮮明に覚えている。今から約25年前だった。その後も数多くの温泉を取材してきたが、そのときの感動は薄れていない。露天風呂のすぐそばを渓流・田の原川が流れ、せせらぎが耳に届く。見上げると広い空が広がり、緑の木々からは木漏れ日が降り注ぐ…まさに自然との一体感を味わえる露天風呂がここにあった。

今回取材に応じてくれたのは広報を担当する梶原さんである。梶原さんにこの季節ならではの温泉の魅力について話を聞いてみた。
――大迫力の景観が自慢の露天ですが、6月あたりはどのような景色が眺められますか?
6月は新緑が深まり、木々の緑がいっそう鮮やかに映える季節です。夜には蛍が舞う幻想的な光景が広がることもあり、存分に自然の美しさをお楽しみいただけます。
――新緑シーズンの露天はいいですね!次に、泉質についても教えてください。
当館の温泉は肌に優しい泉質で、入浴後はお肌がしっとり潤うとご好評をいただいております。川のせせらぎを聞きながらの入浴は、日常の喧騒を忘れさせる特別な時間です。

――日帰り客もいただける人気の湯上がりグルメがあると聞きました!
日帰り入浴の受付ともなっている茶房「井野家」では、湯上がりにぴったりの自家製プリン(450円)が人気です。小国ジャージー牛乳を使用した濃厚な味わいが、多くのお客様からご好評をいただいております。

山みず木の温泉を利用した人たちからは「川のせせらぎを聞きながらの露天風呂が最高」「自然に囲まれた静かな環境に癒やされた」などの声が多数届いている。また、「スタッフの対応が丁寧で心地よい」の声も。広報の梶原さんに聞くと「当館では、自然との調和を大切にしたおもてなしを心がけております。皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております」とのこと。公式InstagramやLINEで最新情報や季節の便りを随時発信しているとのことなので、訪れる前にチェックするのもいいかもしれない。

【山あいの宿 山みず木】
熊本県阿蘇郡南小国町満願寺6392-2/0967-44-0336(フロント)
〈大浴場〉
■入浴料:600円
■営業時間:10時~15時(最終受付14時30分)
■大浴場の種類:内湯男1女2、露天男1女1※左記のうち内湯女1と露天男1女1が入湯手形で入浴可
■泉質:単純温泉(低張性弱酸性高温泉)
■湯の特徴・効能:神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・冷え性・くじき うちみ・関節のこわばり・慢性消化器病・運動麻痺など
〈貸切風呂〉
■入浴料:1室50分2000円~※風呂の種類によって金額が異なる
■営業時間:10時~21時(最終受付20時)
■貸切風呂の種類:貸切内湯3※17時以降も日帰り利用可能な貸切風呂は1
秘境宿の雰囲気漂う「山河」の湯量豊富な温泉を愉しむ
黒川温泉の中心部よりさらに奥地へ車で5分ほど進んだ場所に「旅館 山河」は佇む。周りにほかの宿や飲食店の姿は見当たらない。人気温泉地・黒川に在りながら、さながら秘境の一軒宿を彷彿させる。約3000坪という広大な敷地を誇るこの宿では、季節ごとに表情を変える木々に囲まれ、ゆったりと湯浴みを愉しむことができる。

山河の魅力は、決して秘境めいた雰囲気だけでない。豊富な湯量を誇る温泉は少し青みがかっている。実は山河の敷地内には2つの異なる泉質の湯が湧き出ているという。この2つの源泉について若女将である後藤麻友さんが詳しく教えてくれた。
――2つの泉質の違いについて教えていただけますか?
「薬師の湯」と「美肌の湯」の2つの自家源泉が湧いています。「薬師の湯」の泉質は単純硫黄泉で、「美肌の湯」の泉質はナトリウム塩化物・炭酸水素塩・硫酸塩泉となっており、泉質が異なります。内風呂に注ぐ単純硫黄泉の「薬師の湯」は昔から地元の方々に傷や火傷に効くと親しまれてきた温泉で、山河のはじまりのお湯です。ですがこちらはご宿泊者専用となっております。
――では、日帰り利用可能な「美肌の湯」にはどのような効能がありますか?
「美肌の湯」の名の通り、肌がすべすべになると評判です。自然との一体感を感じながら、心身ともにリラックスできると高評価を受けています。
――日帰り入浴では、この広々としたダイナミックな露天風呂が利用できるのですね!
はい。露天風呂からはさまざまな植物が織りなす豊かな緑の景色が眺められます。6月ごろでしたら、新緑から少しずつ色を深めていく木々の葉がとても美しいですよ。

取材の終盤で、若女将から「敷地内にコインランドリーができました!」と新情報が飛び込んできた。「え、コインランドリー?」…。この秘境の雰囲気とはかけ離れたワードに首をかしげていると「黒川の地域内に長期ご滞在中のお客様や、山登りやキャンプのお客様などのために」とのこと。山河の宿泊客以外の利用について尋ねると「はい、大丈夫ですよ。お洗濯が必要なお客様は日帰り入浴ついでにお使いいただければ…!」とほほえむ。「黒川温泉一(いち)旅館」のコンセプトを感じる計らいにこちらも自然と笑顔となった。

【旅館 山河】
熊本県阿蘇郡南小国町満願寺6961-1/0967-44-0906
〈大浴場〉
■入浴料:600円
■営業時間:8時30分~21時(最終受付20時30分)
■大浴場の種類:内湯男1女1、露天男1女1※左記のうち露天男1女1が入湯手形で入浴可
■泉質:ナトリウム塩化物・炭酸水素塩・硫酸塩泉
■湯の特徴・効能:冷え性や慢性疲労の改善、美肌効果、慢性皮膚病・関節痛・筋肉痛への緩和、外傷や火傷の回復、自律神経の調整・リラックス効果など
〈貸切風呂〉なし
熊本地震と九州豪雨で被災し廃業した「耕きちの湯」が2024年10月に営業再開!
「耕きちの湯」は、黒川温泉街から3キロほど離れた“奥黒川”に佇む日帰り温泉施設である。2000年にオープンし、多くの人たちに愛されてきた温泉施設だったが、2016年4月の熊本地震と2020年7月の九州豪雨、2つの大きな災害に見舞われ、廃業を余儀なくされた。しかし昨年2024年10月に7年ぶりに営業を再開。黒川温泉の入湯手形では入浴できないが、この温泉施設を今回の記事の最後に紹介したい。

耕きちの湯は2016年の熊本地震で被災し営業がままならなくなるも、あきらめることなく営業再開に向けて取り組んでいた。そしてようやく再開の目処がたった矢先の2020年7月、再び九州豪雨で被災してしまい、泣く泣く廃業。当時のことについて耕きちの湯の四方善章さんに話を聞いた。
――2度の被災をし、心が折れることもあったと思います。営業再開までの道のりについて教えてください。
新たな源泉採掘にかかる費用の問題もあり、廃業を決意しましたが、常連のお客様からの再開を期待される声に後押しされ、再開を決意しました。採掘許可・営業許可などの手続きの面が再度必要になる点や当初の想定を超える資金面など、ひとつ進んだと思えば次の問題が発生する状態でした。再開は無理かと考えることもありましたが、同業の仲間や協力いただいた業者さんの助け、クラウドファンディングもあり、再開をすることができました。

――そんな大変な苦労のなかでも再開を目指した理由は?
常連のお客様からの期待や、耕きちの湯の泉質や施設・環境は素晴らしいものだとの想いです。
――2024年10月に念願のリスタートを切りましたが、お客様の利用状況はいかがですか?
当方から再開をお知らせする術がなく、再開当初は厳しいスタートを予想していましたが、昔からのお客様による口コミやSNS、新聞などに取り上げていただいたことにより、廃業前より2割増しで推移しています。
――実際に温泉を利用された人から生の声は届いていますか?
「昔はよく来ていた。廃業が多い中、よくぞ再開してくれた」とのお声や、新しいお客様からは、「シンプルなのがよい」「湯の華の多さにびっくりした」とのお声もいただいています。
――まだ利用したことがない人へ伝えたい「耕きちの湯の自慢」を教えてください。
大浴場は、大正ロマンを感じさせる建物で、浴槽は2つあり、奥が熱め、手前が普通の温度となっています。各湯舟に丸太があり、丸太に身を任せ、ゆっくりとお湯を楽しむことができます。貸切風呂は、川沿いにあり、各部屋から見える風景は趣があり、稀に川向こうに鹿などの動物が現れることもあります。
――ズバリ、耕きちの湯の一番の魅力は何でしょうか?
泉質です。独特のとろみと湯の華の多さ、硫黄の香りは、熊本で有数と考えています。また、奥黒川にあり、水の流れる音と鳥の鳴き声しか聞こえない落ち着いた環境は、どこか懐かしくリラックスでき、また訪れたくなるとのお声をいただいています。

初夏を迎えるこれからの季節は、耕きちの湯と同じ敷地内にある古民家の縁側も開放するという。湯上がりにこの縁側で、ゆったりとした時間を過ごすのは最高の贅沢だ。たくさんの人の想いが詰まってリスタートを切ったこの地を吹き抜けていく優しい風を感じに出かけよう。
【耕きちの湯】
熊本県阿蘇郡南小国町満願寺6363-1/0967-44-0365
〈大浴場〉
■入浴料:大人700円、子ども300円
■営業時間:10時~19時(最終受付18時)
■大浴場の種類:内湯男1女1
■泉質:単純硫黄温泉
■湯の特徴・効能:リラックス効果、美肌効果、疲労回復など
〈貸切風呂〉
■入浴料:1室60分2500円
■営業時間:10時~19時(最終受付18時)
■貸切風呂の種類:貸切半露天3

黒川温泉街の絆であり、宝でもある入湯手形。一軒の宿の力では黒川温泉を全国区に押し上げることは難しかったかもしれない。「露天風呂の黒川温泉」を名実ともに全国区へと押し上げたのは、地域全体で力を合わせたからこそ成し得た功績であろう。黒川温泉を訪れた際は、温泉街全体に漂う情緒ある空気と地域の人たちの優しい人情を感じてほしい。最後に黒川温泉観光旅館協同組合の北山さんは「黒川温泉が目指すブランドは今も完成はしていません。黒川の挑戦はこれからも続いていきます」と話してくれた。
取材・文=大庭かおり
※記事内に価格表示がある場合、特に注記等がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
この記事の画像一覧(全16枚)
キーワード
テーマWalker
テーマ別特集をチェック
季節特集
季節を感じる人気のスポットやイベントを紹介
おでかけ特集
今注目のスポットや話題のアクティビティ情報をお届け
キャンプ場、グランピングからBBQ、アスレチックまで!非日常体験を存分に堪能できるアウトドアスポットを紹介