コーヒーで旅する日本/四国編|コーヒーがつないだホンジュラスとの縁。「カトラッチャ珈琲焙煎所」が生産者とともに広げる笑顔のサイクル

東京ウォーカー(全国版)

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

ログハウス風の店内からも伊予灘を一望。天気がよければ対岸の山口県や周防大島も見える


四国編の第25回は、愛媛県伊予市の「カトラッチャ珈琲焙煎所」。青年海外協力隊としてホンジュラスに赴任したのが、コーヒーとの縁の始まりという店主の今井さん。滞在中、学校に行けない子どもを多く目にし、「自分にできる援助は何か」と考え、たどり着いたのが、当時、自身が感動した現地のコーヒーの普及だった。地元愛から販路を広げ、生産者とともに豆の品質向上に取り組むなど、地道な活動を通して、農家と一緒においしいコーヒーを作る関係を積み上げてきた。すべて産地から直接届く、まさに作り手の顔が見えるコーヒーがつなぐ人の縁は、海辺の町から世界へ広がっている。

店主の今井さん


Profile|今井英里(いまい・えり)
1990年(平成2年)、愛媛県生まれ。学生時代、教員を目指すなかで、自身の経験の幅を広げるべく、卒業後の2013年に青年海外協力隊として中米・ホンジュラスに赴任。任期中に、現地で感銘を受けたコーヒーを通じてホンジュラスへの支援を志す。帰国後は、ホンジュラスのコーヒー生豆輸入を始め、現地のコーヒー専門学校でも学んだ後、2019年に愛媛県大洲市で「カトラッチャ珈琲焙煎所」を創業。ホンジュラス産コーヒー専門のロースターとして、毎年、現地の農園を訪ね、生産者への支援活動を通じて現地との関係を深めている。2023年に現在地に移転。2024年から、ホンジュラス産カカオを使ったチョコレートの製造もスタート。

人生の転機をもたらしたホンジュラスでの体験

風光明媚な国道378号沿いに立つ店は、元レストランの跡地を改装

松山市から南へ、車で30分ほど。海岸線の縁を走る国道378号は、目の前に伊予灘が広がる格好のドライブコース。のどかな道沿いを進むと、開放感いっぱいの景色の先に「カトラッチャ珈琲焙煎所」の看板が見えてくる。海に向かって張り出したテラスは、まるで展望スポットの趣。開放感に満ちたロケーションは、この店ならではの魅力の一つだ。「海の色も毎日、表情が違います。今日は色数が多くて特にきれいですね」。そう話す店主の今井さんが、穏やかな空気に満ちたこの場所にいたる道のりは、遠く中米の国での体験に端を発している。

海を見晴らす開放的なテラス席では、朝食会などのイベントも開催


遡れば、学生時代、教員を目指していた今井さん。ただ、実習などを通して、自らに足りない人生経験の幅を広げるべく一念発起、JICAの青年海外協力隊に応募する。その派遣先は、まったく未知の国・ホンジュラスだった。「現地の学校では、子どもたちに算数を教えていました。“英里のおかげでわかるようになったよ”と言ってくれる子もいて、達成感はありましたが、それ以上に気になったのが、学校に行けない子どもたちの存在でした。ゴミを拾い集めるなどして日銭を稼ぐ姿を見て、当時、自分ができることは、その仕事を手伝ったりして、同じ生活を体感することしかできなかった。でも、確かに“助けて”という声は聞こえたから、外からの援助が必要だと思って。もっと経済的な面からこの国と関わりたいと思ったんです」

店名入りのボディが目を引く焙煎機。カトラッチャとは、ホンジュラスで尊敬を集める伝説的な人物の名前


今の自分にできることは何か。思案を巡らせた末にたどり着いたのは、現地で最も感動したものの一つ、コーヒーだった。ホンジュラス赴任中に、たまたま立ち寄ったカフェ・Aroma Cafeの店主・ナンシーさんとの出会いをきっかけに、歯車は動き出す。「それまで、黒くて苦いものと思い込んでいましたが、ナンシーさんのコーヒーは風味が柔らかくて。ベリーやバナナ、黒糖の甘みなど、一杯の中にいろいろな表情がありました。初めての体験で、今も忘れられない味わいです」と振り返る。

実は、ナンシーさんは、ホンジュラスのコーヒー業界において、シンデレラストーリーともいえる足跡をたどった女性。もともと貧困層に生まれたが、コーヒーの業界団体に清掃員として入ったのを皮切りに、持ち前の勤勉さを発揮して、さまざまな部署の仕事を吸収し、当時の上司からカッピング担当に抜擢された。その後、団体の援助でコーヒーの専門学校に通い、ホンジュラスで初の女性カッパーとして活躍している。「彼女は、国際審査員としても世界各国の産地に赴いて、そこで初めてホンジュラスのコーヒーの魅力を知ったそうです。産地では、質の高いコーヒーは輸出に回されるため、生産者が自分が作ったコーヒー本来の味を知らないことが多い。それを伝えるために、自国でAroma Cafeを立ち上げ、浅煎りのスペシャルティコーヒーの提供を始めたんです。私が現地でコーヒーに感動を覚えたのも、やはりナンシーさんの存在があったから」という今井さん。ナンシーさんとの出会いは、大げさではなく運命を変える出会いだった。

店内の一角では、ホンジュラスの民芸品も販売


産地の人々と手を取りあい豆のクオリティを向上

8種の豆はフルーツ系・チョコ系・コク系と、大きく3つのタイプでわかりやすく提案。スポットで個性的な風味の豆も登場

2013年から2年にわたるホンジュラス赴任から帰国した今井さんは、早速、コーヒーの仕事を学ぶべく修業先を探して奔走。だが、半年で20ほどの店を訪ねたが、あえなく門前払いが続いた。それでも、捨てる神あれば拾う神あり。「さすがに落ち込んで、もう一回、ホンジュラスに戻ろうかなと、半ば諦めかけて訪ねたのがイエムラ珈琲でした。そこでホンジュラスの話をしたら興味を持ってもらって、ほどなく再訪するからと、生豆を持って帰る約束をしたんです」

ホットコーヒー600円は、液色が見えるようガラス製カップで提供。写真の、ナンシーさんのコーヒー(浅煎り・ウォッシュド)は、みずみずしい果実味の後に、ほのかに黒糖のような甘味が漂う


果たして、持ち帰ったナンシーさんの豆を焙煎してみると、これならいけると手応えを感じたマスターから、豆の輸入を依頼された。今井さんは通関などの手続きの勉強をし、イエムラ珈琲が購入したのが2016年。ナンシーさんから初めて仕入れた10袋(690キロ)の豆が、今井さんにとってコーヒーの仕事に関わるはじめの一歩となった。その豆も1年で売り切れ、翌年にも同量を輸入。さらに、その翌年はイエムラ珈琲のマスターとともにホンジュラスのナンシーさんを訪ねることに。「マスターは初めての産地訪問でしたが、“この10日間が人生で最も濃密だった、ありがとう”と言われて、うれしかったですね」と今井さん。2019年からは輸入量は倍になり、ナンシーさんも自身の豆を使う人と直に交流したことでモチベーションを高め、互いにさらなるコーヒーの品質向上に取り組む関係を築いていった。

生産者の名前を冠したプレートで、産地への親近感が増してくる


一見、順風満帆に見えるが、この間、自身の体調不良や、2018年の西日本豪雨被害など、困難なことも重なった。それでも、豪雨被害の復興ボランティアで縁を得た、大洲市の酒店の好意もあって、再開後の新店舗を間借りする形で、2019年に「カトラッチャ珈琲焙煎所」をオープン。小さな焙煎機を導入し、ロースターとしてスタートを切った。焙煎はこの時から始めたそうだが、実は開店前に3カ月間、ホンジュラスに渡り、現地のコーヒー学校で学ぶ機会を得ていた。「ナンシーさんの協力があって、学校で焙煎やカッピングも勉強して、生産者とのネットワークも広がりました。この時に、輸出のための小規模生産者のグループを作って、今は11件の農家から直接、仕入れていいます。もちろん、仕入れ先の農園にはすべて足を運んでいます」という今井さん。ホンジュラス各地の生産者と時間を共にすることで深めた信頼関係こそ、この店の芯になっている。

豆の説明をする時は、精製プロセスの異なるコーヒー豆の実物を使うことも


実は2019年、ホンジュラスのコーヒー業界は危機的状況にあった。コーヒーの品質が評価され始めると同時に、大量生産・低価格化が進み、生活が立ち行かなくなった何千もの農家が国外に逃れる事態に。そのなかで今井さんは、現地の協力者に声をかけ、小規模農家応援隊を結成。ナンシーさんを中心に、品質管理に取り組む体制作りに尽力した。「コロナ禍とも時期が重なっていましたが、ナンシーさんは、さらにコーヒーの質を高めるため、欠点豆のハンドピックも、自らの倉庫で人を集めてチェック。約7トンもの豆に目を配れるのは、彼女の献身的な姿勢があればこそ。そこからクオリティが目に見えて向上し、仕入れ先も増えていきました」。この店に届くコーヒーは、産地とのつながりを深めた賜物だ。

コーヒー豆をたっぷり練り込んだきまぐれコーヒークッキー1個150円


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