「福満園」代表取締役社長・山田聖一郎氏に聞いた! 横浜中華街に少なかった「四川・福建料理」で成功を収めた戦略とは?

2018年3月13日 10:10更新

横浜ウォーカー

Twitterで
シェア
Facebookで
シェア

横浜中華街・食の祭典「美食節・フードフェスティバル」で準グランプリの「茄子のエビ肉詰め 辛子香り炒め」や、最優秀賞の「ロブスターの四川炒めと豆腐とエビのすり身蒸し添え」など、オリジナルの新しいメニュで、横浜中華街に新しい風を吹き込んできた「福満園」代表取締役社長・山田聖一郎社長にお話を聞いた。

「福満園」代表取締役社長・山田聖一郎氏
(C)KADOKAWA 撮影=相川 明

全ての画像を見る(3件)

修業時代は、働きに働いた

「私は1988年に17歳のとき、日本語を勉強するために中国福建省から初めて日本にやってきました。学生ですので、生活するために、新橋にあったカレーとスパゲッティの店でアルバイトをしたのが、最初の飲食との出合いです。その後、『リトル香港』という東京・文京区にある中華料理店で働き、1992年からは、中華街の『大珍楼(だいちんろう)』で働きました。大珍楼の時は、今だから言えることなんですが、なんと1ヶ月で300時間くらい働いたこともあります。とにかくお金を貯めたかったので、もう休みなく働きづめでしたね」と話す山田社長。なぜ、そこまでがんばれたのか。

「自分の店を開業したいという目標も出てきていましたから、全く苦になりませんでした。どんどんお金が貯まりますしね」。そして1995年、同じく横浜中華街の『景徳鎮(けいとくちん)』へ。「この店では支配人まで務めさせていただきました。実は1995年には、『福満園』の第一号店を中区松影町で開業しているんです。福建料理の店です。福建料理は、上海近くの中国東部福建省を中心に発達してきた料理で、魚介が中心で、さっぱりとしているのが特徴です」。沖縄料理のルーツともいわれているという。

「1996年には日本国籍を取得し、名前を陳聖芳から山田聖一郎に変えました。日本でずっと頑張っていく決意を固めたからです。その後も景徳鎮の支配人は続けながら、2002年には、いよいよ中華街に『福満園』本店を出します。やはり、中華街で店を持つのが目標でしたから。景徳鎮の支配人の仕事を終えると自分の店へ、という感じで両立は大変でした。ですが、当時は四川料理も福建料理も中華街には少なかったので、珍しさもあったのでしょうか、お客様がどんどん来てくださったのです。結局、景徳鎮の支配人は2004年まで続けてしまうのですが(笑)」(山田社長)。

私は日本に残って店を開け続ける! その姿勢が従業員の心を動かした

「経営での苦労は苦労とは考えずに走り続けてきましたが、それでも2011年の東日本大震災のあとは大変でした。中華街へのバスツアーのお客様は1ヶ月で3000人も減りましたし、中華街では、中国人のコックさんや、経営者が続々と中国に帰ってしまいました。福満園でもそうなりそうな動きはありました」。その時、山田社長は従業員たちの前でこう決意を表明したという。

「私は中国には帰らない。日本に残る。この状況の中、中華街に来てくださるお客様のために、そして福満園に来てくださるお客様のために、どんな状況でも店を開け続ける。でも、みんなには強制はしない、自由にしていいよ」と。「そうすると従業員のほとんどが、社長がそこまで言うならと、共感してくれて、日本に残ってくれたのです。うれしかったですね。観光でいらっしゃっていただけるお客様はもちろんですが、いつも来てくださっている常連のお客様が食べるところがなかったら困りますから、店は開け続けました」。ほかのお店が開いていないので、逆に来客が増えて、むしろ大変だった思いもあるという。

「ほかのお店では、コックさんが足りなくなって、スタッフをお手伝いに向かわせたりもしていました。この時の経験は、人を大切にすれば、絶対に人は裏切らない、という思いにもつながりました」。

本店のスタッフと。壁には「民以食為天(民は食をもって天となす)」の書。漢書にある孟子の言葉。食を第一に考えることが平和につながるという意味(C)KADOKAWA 撮影=相川 明

本店の壁に掲げられている書『民以食為天(民は食をもって天となす)』は、漢書にある孟子の言葉。「“中国人は食を重んじる民族、民はお腹いっぱい食べられていれば、国に不満は言わない”、つまり、食を第一に考えることが平和につながるという意味です。食を通してスタッフとお客さまを大切にしてきたいです」(山田社長)。

そして山田社長がいつも心に刻んでいるもう一つの言葉が『一歩一脚印』。「中国の有名なことわざで、文字の通り、一歩一歩確実に歩んでいけば、必ず足跡は残せる、という意味です。今、横浜中華街では2代目3代目が店を手放してしまう人が多くなっていますね。私は横浜中華街が今の規模になってから、ここでお店を出させてもらっていますが、横浜中華街として大事なものを残していけるよう、一歩一歩、私よりもっと若い世代の人と頑張っていきたいですね」(山田社長)。

辛いだけではなく、独特の旨味も備えた四川料理。そんな味わいを感じさせる山田社長と福満園のこれからの挑戦が楽しみだ。

中華街北門通りにある「福満園本店」。21時~22時に閉める店が大半の中華街で、福満園は午前2時まで営業している(C)KADOKAWA 撮影=相川 明

【撮影/相川 明】

この記事の画像一覧(全3枚)

大きなサイズで見る

キーワード

カテゴリ:
タグ:
地域名:

関連記事

ページ上部へ戻る