コーヒーで旅する日本/関西編|手網焙煎との出合いで人生一変。徒手空拳でコーヒーの常識に挑む一本気イノベーター。「歩里人珈琲」
東京ウォーカー(全国版)
想像の斜め上をいく、前代未聞の焙煎の“発明”
ところで、手網焙煎と聞けば、片手で扱える手軽な道具という印象だが、岩本さんが考案したのは長柄を取り付けた魚網サイズ。一度で最大1キロ近くの豆を焼く、前代未聞のスケールにまず目を見張る。しかも、無骨な見た目と裏腹に、温度計測用のデータロガーや内部を照らすライトも装備。パソコンにつないでプロファイルの記録も可能と、アナログとハイテクが融合したオリジナルの“発明品”だ。さらに、一見、直火のように見える炉の熱源は、輻射熱(遠赤外線)と熱風の対流をコントロール。豆の薄皮は炉外に落ち、炉内に入っても焼き切れるところまで、計算されているというから恐れ入る。
「機械の焙煎機は中が見えませんが、手網は豆の変化を観察しながら焼けるのがメリット。もちろん再現性は大事ですが、焙煎に予想外のことは付き物なので、毎回、結果が違うという点では機械も手網も同じこと」と岩本さん。焙煎中は大きい音が響き続けるため耳栓を装着。絶えず網を揺らしながら、温度変化に合わせて高さを微調整する。最初は座って、最後は立ち上がって、流れる汗もそのままに煎り止めまでもっていく。一連の作業を約20分続けるのは、傍目で見るよりはるかにきつい作業だ。
アップデートを重ねた手網は、現在14代目。一時は1.2キロまで容量を増やしたが、構造を見直すなかで1キロにとどめ、ハイエンドの豆は750グラムで焙煎する。「年々、同業の知り合いが増えてきたことで、新たに得た知識や仕組みを取り入れてきましたが、今はまた原点回帰している感じ。手網の実験は延々続いていて、すでに15代目の構想や炉の改造など、頭の中には妄想が膨らんでいます(笑)」と日々、改良に余念がない。
開店当初、2、3種から始まった豆の種類は、焙煎の勉強を本格化するとともに瞬く間に増え、COEやトップオブトップを含む多彩なスペシャルティコーヒーを吟味。いずれ劣らぬ個性派ぞろいゆえ、オーダー時にはいくつか試飲を勧め、お客の反応から好みの傾向をマッチングして提供している。
「例えば酸味一つ取っても、風味の異なるコーヒーを用意することで、ミスマッチを防ぐことができます。細かい豆の説明をするより、実際に飲んでもらうことで、お客さんの表情や言葉からたくさんの情報を得られます。そうした反応を蓄積して好みの傾向がわかるようになってくると、微妙な嗜好の幅に合わせて提案できる。わざわざ、こんな場所まで来てくださるので、“ハズレのコーヒー”を出さないのが大事。何より、個性の際立った風味を体感すると、コーヒーの選択肢がぐっと広がるので、そのはじめの一歩をお手伝いする場にしたい」
豆を選ぶ基準は、焼くのが難しいもの、特殊なフレーバーを持つもの。手網焙煎で、ユニークな豆の風味をいかに引き出すかを考え、実験的に仕入れている部分もあるという。岩本さんにとってこの店は、お客も巻き込んだコーヒーの共同研究室でもある。もとより、今まで誰もやってこなかったアプローチだけに、常に自分でデータを取り、味の検証を続けてきた。そんな地道な追究は、本人の想像以上のインパクトをもたらした。
「正直、こんなに多くの人に驚いてもらえるとは思いませんでした。いまだにコーヒーはわからないことだらけで、いつまでも楽にはならないですが(笑)。単なる体験というより“事件”に近いコーヒーと出合える機会を作って、ここを目指して来てもらえる店にしたい」と、和歌山のローカルエリアからさらなる発信を広げている。
尽きぬ探求心で和歌山のコーヒーシーンを牽引
もはや店の存在自体が“事件”となって、全国に名を知られるまでになった「歩里人珈琲」。岩本さんの、尽きぬ探求心と行動力は地元のロースターにも大いに刺激になっている。一方で岩本さん自身も、Qグレーダーの資格を取得するなど研鑽を重ねるなかで、コーヒーがグローバルな飲み物だという実感を強くしてきた。地方にいては新たな原料や技術の情報が入ってこないことに危機感を抱き、各地のセミナーや展示会に積極的に参加。和歌山の同業者とは定期的に勉強会を開き、最新のコーヒー事情を共有する機会を増やしている。
その一環として、2025年は、地元のロースターを挙げてさまざまな焙煎競技会に参加。焙煎機メーカー・ギーセンが主催する若手の大会・1CCCで優勝者を輩出し、自身もパナマ産コーヒーに特化したPanama Coffee Roasting Competition(PCRC)ゲイシャ部門で、競技会初出場にして準優勝を獲得。2人の入賞者が誕生したことで、和歌山のコーヒーシーンに注目が集まった。岩本さんはこれにとどまらず、同じ年にエチオピアの豆に特化した焙煎競技会にも参加。また、SCAJ主催のジャパンロースティングチャンピオンシップ(JCRC)でも、決勝に進出するなど存在感を増している。「特にPCRCでは、すごく注目を浴びて、生産者さんにも喜んでもらえて、表彰式は最高の瞬間でした。手網焙煎で決勝進出したことに主催者が驚いていて、競技の映像を食い入るように見ていたのが印象に残っています(笑)」
優勝には届かなかったが、「結果的には2位でよかった」という岩本さん。その心は、「もし優勝していたら、次に和歌山から挑戦する人がいなくなるから」と、和歌山発のコーヒーの盛り上げに腐心している。近年はSCAJの展示会にも毎年、出店を続けているが、「まだまだ知ってもらえてない感が強い」と、地元への意識を常に持っている。「地方にいては成功できない、と思う人が多いぶん、この場所で続けていることには価値がある。地元を出ることは考えてないので、今後は、和歌山でコーヒーに関心を持つ人がロースターやバリスタとして活躍できる環境を作っていきたい」。学生時代に研究対象としていた触媒になぞらえて、自身が周りの人の活躍を促す触媒になれればという。
いまや「歩里人珈琲」の代名詞となった手網焙煎。岩本さんにとって、自らの個性を発揮する手段として、これ以上ないものだった。「手網はビギナーにも入りやすいし、ベテランにも原点を思い出させるもの。小さいころから親しんできたモノ作りを生かして、できたもので思った以上の反応を得られたら、それが生きる原動力になる。今では精神安定剤みたいなもので(笑)。どれだけ続けても正解は出ないけど、うまくいきそうでいかないのがコーヒーの本源的な魅力。その過程が、人の好奇心をわしづかみするのかも」
人生を変えた手網焙煎によって、コーヒーに対する視点を変えたい。和歌山に現れた“コーヒーの発明家”は、のどかな山間の町からさらなる可能性を広げている。
岩本さんレコメンドのコーヒーショップは「BEAR COFFEE」
次回、紹介するのは、大阪府熊取町の「BEAR COFFEE」。
「店主の宇賀さんとは焙煎のワークショップで知り合い、意気投合して以来、リスペクトする同志です。お店は大阪府南部にありますが、和歌山のロースターとも活動を共にしています。開店後も常に勉強を欠かさず、Qグレーダーをはじめ数多くの資格を取得。コーヒーの魅力を広める活動やセミナーなども活発に開いていて、周りからは“宇賀先生”と呼ばれるほど(笑)。近年は競技会でも評価を高めている注目の実力派です」(岩本さん)
【歩里人珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/オリジナル手網1キロ
●抽出/フレンチプレス、エスプレッソマシン(オリジナル)
●焙煎度合い/浅~中深煎り
●テイクアウト/ あり(550円~)
●豆の販売/ブレンド1種、シングルオリジン約20種、100グラム950円~
取材・文=田中慶一
撮影=直江泰治
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