「一人っ子の女の子として酒蔵に生まれた意味はなんだろう」。宮城県・川敬商店の挑戦
東京ウォーカー(全国版)
「ぜったいに継がない、と思ってました。酒造りによいイメージなんて、ぜんぜんありませんでしたよ」
15年連続金賞の『黄金澤(こがねさわ)大吟醸』をつくる川敬商店。その一人娘であり、昨年から酒造りを任されている川名由倫(ゆり)さんは、学生時代のことを思い出し、そう苦笑する。川名さんにとって、酒造りは「報われないもの」の象徴だったという。
「父はもともと蔵元の仕事が中心でしたが、私が中学生くらいの時から酒造りにも関わるようになりました。夜中でも早朝でも関係なく、心身をすり減らしながら蔵に行く父の後ろ姿を複雑な気分で見ていたのを覚えています。
大変なだけならまだしも、1998(平成10)年ごろは、日本酒の消費が落ち込んでいる時期でした。いくらよい大吟醸をつくっても、全く売れず、普通酒にブレンドして売っていたこともあったようです」と川名さんは目をふせる。
「中学の多感な時期にそういう姿を見せられて、辛い上に報われない仕事をするなんて…と。酒蔵のご子息は、東京農大などで酒造りを学ぶのが普通ですが、私は法学部で社会科の先生を目指す道を選びました。父は、なにがなんだかわからないという顔をしていましたね。継がないなんて想像もしていなかったって」。
大学の友人と飲み会に行っても、日本酒には一切口をつけなかった。教員免許も取得し、教職ではなかったものの仙台の企業に内定も取れた。酒とは無縁の道。第一歩を踏み出そうとした時、東日本大震災が起きた。
「この蔵も大きな被害を受けましたし、友人が被災したり、身の回りでたくさんの変化がありました。その時、自分が生まれてきた意味ってなんだったのかなって、あらためて考えたんです。一世代前は女人禁制だった酒蔵に、女の子として、しかも一人っ子で生まれてきた意味はなんなんだろうって。神さまは、私に何を求めているんだろうって」。
川敬商店を継ぐことを考え始めた川名さん。本当に継ぐかどうかはともかく、家業の酒造りとはいったいどういうものなのか知ってみようと、酒類総合研究所で行っている40日間の講習会に参加した。
「やってみたら、酒造りもけっこうおもしろかった。じゃあいいかな、と、半分ノリで川敬商店に入社しました」。
それが2012年の秋のこと。その年の仕込みから酒蔵に入り、17年の造りから一部のタンクを任されるようになった。
「これまで自分なりに一生懸命やってきたつもりでしたが、重圧がぜんぜん違いました。父や今までの杜氏さんも、こうやって一冬一冬つくってきたんだと身をもって感じました」。
できることはやりつくして、それでも後悔、後悔
はじめて自分が仕込んだ酒をのんだ時、さまざまな後悔が襲ってきたという川名さん。
「できることは、本当に全部やりました。それでも、もっとこうすればよかった、ああしておけば違ったかもという気持ちが出てくるんです。でも“よし、これで満足だ!”という酒ができたら、そこで成長が終わってしまうような気がするんですよね。後悔はあって当たり前。来年の課題として、持っていけるようにしたいと思います」。
おすすめの酒はなんですかと聞くと『黄金澤 山廃 純米酒』を出してくれた。
「山廃仕込み」は、麹のつくり方の一種。通常は乳酸を添加してスピーディに仕込みを行うが、山廃仕込みは乳酸を添加せず、蔵にもともと付いている乳酸菌だけを使い、じっくり醸造していく。
通常の手法より、重厚で、複雑な味わいの酒になるのが特徴だが、黄金澤の「山廃」はそうではないという。
「ライトな口当たりで、軽快なんですけど、しっかり芯が通った味になっているんです。山廃に抵抗がある人も、これはのめると言ってくださいます。うちの山廃のいいところは、味が崩れないところだと思います。背骨がしっかりしているので、ロックでもお燗でも、その温度なりのよさを見せてくれます」。
なぜ山廃にこだわるのか。理由は「より自社らしさが出る仕込みだから」と言う。
「買ってきた乳酸を添加するなら、どの蔵でも同じになっちゃう。山廃なら麹室などにいる乳酸菌を使って仕込むので、自社らしさが顕著に出るんじゃないかなと思うんです」。
最近では日本酒好きの女性も増えてきた。日本酒デビューした女性たちに末永く楽しんでもらうために、女性ならではの視点を活かしたラベルも開発している。地元宮城の食用米『ひとめぼれ』を用いた酒は、ピンクの紙にハートがくりぬかれたかわいらしいラベルにした。
「日本酒業界全体が生き残っていくために何をすればいいのかと考えています。自分の蔵だけボロ儲けしても仕方ないですし、みんなが盛り上がっていくため、私にできるお手伝いをしたいです」。
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