『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第6話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』


「お、寿司の置き方が上手になったな!」

ベテランの先輩が背中越しから僕の手元を覗いてそう言うと、ニコッと笑ってホールへ消えていった。

「ありがとうございます!」

あの日、社員旅行で一気に200名ほどの前で踊ったことが、結果的に全店舗に自分の存在を知らしめることになった。僕に対する周囲の見る目と反応が明らかに変わった。誰もが今までよりも好感を持って接してくれるようになったのだ。

すると不思議なもので、仕事に対しても期待に応えたいと思うようになり、以前と比べてミスも減ってきた。少なくともレーンは間隔を空けずにきちんと埋めるし、寿司のネタがシャリから落ちることもなくなった。

最近は新しい仕事もちょっとずつ任されるようになり、電話で他店からヘルプの要請があると「マイケルくんいる?」と真っ先に声をかけてもらえるようになった。繁忙期で人の数が足りないときは他店からバイトを補充するのだ。

ヘルプだと普段は出ない交通費も多めに支給され、さらに時給も上がって二度おいしい。何よりも使える人間が要請されるので名誉でもある。誰かに必要とされるのはとても気分がいい。

「マイケルくん! 穴子の一本握り、4番テーブルまでお願い!」

「はい! ただいま!」

僕は初めて人前でマイケルを踊った興奮が忘れられず、学校でも家でも思い出しては一人ニヤニヤしていた。あの恍惚感をなんとたとえたら良いだろう。それまでは普通の何でもないただの学生だったのに、あれから特殊能力が自分に備わったような感じだ。

それはまるでクラーク・ケントが電話ボックスでスーパーマンに変身するように、普段、駅のホームで人混みに紛れるちっぽけな僕が突如マイケルに変身するような感覚。「僕はいざとなればマイケル・ジャクソンに変身して、ここにいるみんなをあっと言わせることが出来るんだぞ!」そんな思いを抱くと、なんだか自分の存在が急に特別に感じられた。

この喜びをもっと誰かと分かち合いたい。

マイケルの楽曲やダンスの素晴らしさを熱く語り合える仲間がいたらどれだけ楽しいだろう。次第に僕の中のマイケル愛がパンパンにふくれ上がり、どこかに吐き出さないと破裂しそうになっていた。

ただ悲しいかな、周りにはマイケルを語り合える仲間が一人もいない。もともと学校には友達がいないし、バイト先の人はマイケルの存在は知っていても僕の思いが強すぎるのかまるで話が盛り上がらない。

少し嫌なのは、マイケルと言うとすぐに「ポー」と言ったり、肌の色や整形話になったり、面白がる空気になることだ。僕はゴシップを話したいわけじゃない、とことんマイケルの素晴らしさを語り合いたいのだ。

そんなある日、バイト帰りに駅前に新しくできた漫画喫茶になんとなく入った。このところ、設備が充実した大型の漫喫が流行り始めている。昔と違って漫画だけじゃなく、映画が鑑賞できたり、ゲームができたり、インターネットができるそうだ。僕の家にはパソコンがないから、ネットでマイケルのことを検索したらもっと面白いものが見つかるのではないかと思って入ったのだ。

基本料金で入場すると、30分200円。3時間や5時間のパックコースで入場すると800円〜1000円前後。パックコースの方がお得だが、自分が3時間もいるとは思えなかったので基本料金で入場した。

入ってまずビックリしたのが、壁に並ぶすごい数の自販機だ。コーヒー、紅茶、ジュースのドリンクバー、さらにフローズンまである。その横にはなんとソフトクリームのサーバーもあって、これがすべて飲み放題なのだ。おまけに奥にはシャワールームまで完備されている。

まるでカリフォルニア州サンタバーバラにあるマイケルの邸宅ネバーランドだ。確かにこれなら何時間でも居座れる。

(なるほど、流行るわけだ)

僕はペプシを選ぶとインターネットが使用できる個室に入った。狭いが完全にプライバシーが守られている。上からも覗かれない。素敵だ。しかも椅子がリクライニングになっている。意味もなくフラットにしてみた。

「すごいな、漫画喫茶」

さっそくパソコンを立ち上げようと思い、モニター右下の電源ボタンを強く押したら、それほど強く押さなくてもすぐに画面が浮かんで、また消えた。

(しまった。もしかしたらスリープ状態になっていたのかもしれない。こういう場所は毎回主電源を切るものじゃないのか)

僕は結局また一から電源を入れ直してパソコンを立ち上げた。

カーソルを動かす。検索欄のところにma、i、ke、ru、jya、ku、so、nnと打ってみる。馴れないキーボードのせいで打つ手がまだぎこちない。

ようやく打ち込み終わって最後に「Enter」キーを押す。すると画面一杯にマイケルの情報がズラッと出てきた。

「うわ、すげーー、さすがマイケルだ!」

思わず独り言をつぶやくほど、心が躍り始めた。と同時に、自分が基本料金で入ったことを後悔した。

「これなら何時間でもいられる…」

色々な記事を読みながらカーソルをしばらく下に動かす。ふと気になるサイトが見つかった。

“マイケルファンサイト『ムーンウォーカー』”

「なんだろ、雑誌の『東京ウォーカー』みたいなニュアンスだな」

マイケルのニュース記事ではなく、ファンサイトという言葉に引っかかった。

さっそく開いてみると、なんとそこにはびっくりするほど詳細なマイケル情報が掲載されていた。それもマイケルだけじゃなく、その兄弟グループ、ジャクソン・ファイブやジャクソンズに至るまで、どれもマニアックな情報ばかりで埋め尽くされている。僕は貪るようにしてそれらの記事を読んだ。

「これ、一体誰が書いてるんだろう…」

日本にマイケルをここまで愛している人がいたことに僕は心底感動した。やはり一人じゃなかったのだ。しばらく読み進めると、近々蒲田のソウルバーで『第一回 MJ DANCE PARTY』が開催されるという告知を見つけた。

きっとすごい会なのだろう。しかも選曲はすべてMJ 縛りだ。全国から凄腕のマイケルダンサーたちが集まってくるに違いない。僕は気になってうずうずし始めていた。よく見るとサイトの下の方にコメント欄がある。思い切ってここに投稿してみようか。

僕はBBSと書かれたコメント欄にハンドルネーム“ITTO”と打って「はじめまして、ITTOと申します。もしよろしければビデオカメラを持って参加しても良いですか?」と書いた。なぜなら少しでも自分の成長のために人のパフォーマンスを記録したいと思ったからだ。

するとなんと数秒後に管理者から「もちろんです」というレスが届いた。さらに次の瞬間、そのサイトを見ていたおそらく全国各地のマイケルファンたちが一斉に会話に参加してきた。

「俺はスムーズ・クリミナルの格好で行くよ!」

「じゃ、俺は87年のバッドツアーのシルバーの衣装で行くぜ!」

「七回転半のスピンができるよ!」

「バブルス連れて行くぜwww」

僕の投稿を皮切りに次々とレスが送られてくる。ネットってすごい。そもそもこんなにも日本中にマイケルファンがいたなんて。

ハンドルネームも色とりどりだ。“キノ”、“タチアナ”、“フレディー”、“オパール”…。なんだかどれも妙に気になる名前ばかりで面白い。みんな普段何をしている人たちで、どんな顔をしているのだろう。

何よりマイケルの話がこんなにもできることが嬉しくてたまらない。きっとダンスパーティーは最高の夜になる。今から想像するだけでもワクワクする。

僕は生徒のつもりで参加しよう。

みんなからたくさん教わるんだ。

僕は夢中になってキーボードと格闘しながら、みんなに返信を打ち続けていた。気がつくと滞在時間はゆうに3時間を越えていた。やはりこんなことなら最初からパックコースの方がお得だった。でも、まあいい。心の中は充足感で一杯だ。

やっぱり漫喫は、ネバーランドかもしれない。

(第7話へ続く)

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