『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第8話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』


「ねぇ、誰、あれ!?」

「うわ! ヤバくない!?」

「すげーーー」

キノさんが突然かけたジャクソンズのマニアックな『シェイク・ユア・ボディ』のリミックスでカチコチに凍結してしまったダンスフロアを解凍するように、僕はありったけのスキルを使って踊り始めた。

それまで陣取っていたパフォーマーたちも場所を空けて見守る形になり、僕は図らずもスポットライトを独占することになった。

社員旅行のステージ以来、ブカレストのライブだけでは飽き足らず、僕は過去のショートフィルムや音源と映像をすべてさらっていた。リミックスだろうが、マイケルの気持ちになって踊れば自然と内から湧き出てくる。

新旧織り交ぜたステップを組み合わせながら、心の周波数を世界のどこかにいるマイケルに合わせる。ふっと意識が遠のき無意識の状態になる。あとは音を細部までよく聴いて身を委ねれば、次第に僕が動いているようで僕じゃなくなる。ドラム、ベース、ギター、シンセ…マイケルの音楽はボーカルだけじゃなく、すべての音がメッセージだ。

きっとマイケルがこの場所でこんなむちゃぶりをされたら、こう動くはずだ。

初めは「あれはブカレストのあの場面の動きだ!」とか「『リメンバー・ザ・タイム』の後半に出てくるステップだ!」などとヒソヒソと分析していた周囲の人たちも次々と押し黙るようになり、食い入るように見始めた。

注目されることがあれほど嫌いだった僕が、たくさんの人に見られているという快感に引っ張られてどんどんと動きが乗ってキレてくる。

踊るってなんて楽しいんだろう。一人で踊るよりも人前で踊った方が何倍も喜びが増す。感覚的に曲がそろそろ終わるころだと思ったので、僕は今できる最高速度のターンを最後に決めた。

すると申し合わせたように、キノさんがそこに完璧なタイミングでイントロにガラスの割れた音が入った『ジャム』へとつなげた。その絵がまるで僕が凍結したフロアの氷を割ったような形に映った。偶然だとしてもその演出があまりにもハマり過ぎて一瞬の静寂のあと、会場から割れんばかりの歓声が起きた。

「キャーーーーー!!!!」

「マイコーーーーーーー!!!!」

「ヤバイ!! ヤバイ!!!」

「何、今の!!!?」

僕に向かって四方八方から雪崩のように人が押し寄せてきた。まるで追っかけでもみくちゃにされるアイドルみたいだ。

「君、何者!?」

「名前、なんて言うの?」

「今のめちゃくちゃ凄いんだけど!!」

「いつからマイケル踊っているの?」

一気に質問攻めにされて僕はパニックになり、人混みをかきわけてトイレに逃げようとした。すると誰かが僕の腕をガッと掴んで引っ張った。

「こっち!」

よく見るとタチアナだった。

僕はそのまま引っ張られるようにしてお店の外に出た。いつの間にか僕らは手をつないでいた。

辺りはもう暗かった。商店街の路地裏はネオンの色彩に照らされ、昼間とは違う熱を帯びて活気づいている。会社帰りのサラリーマンたちがほろ酔い加減で談笑しながら大声で行き交っていた。

ソウルバーの入ったビルの横にある非常用の階段を急いで駆け上り、踊り場まで来たところでタチアナは足を止めて僕の手を離した。二人とも息を弾ませていた。

「はい。ビデオカメラ」

「あ! すみません! ありがとうございます!」

僕はまださっきの余熱で身体中から汗が噴き出ていた。時折、階段を吹き上げる夜風がひんやりとしていて気持ちがいい。

「撮っておいたよ」

「え、何をですか?」

「何って。君のダンスに決まっているじゃない」

「あ、すみません! そういう意味じゃなかったんです!」

タチアナが上から下まで艶かしく僕を見つめると、タバコを取り出して火をつけた。その仕草がまたカッコ良かった。

「あのさ、せっかくカメラがあるんだったら、ちょっと撮ってみない?」

「な、何をですか?」

僕の頭に一瞬スケベな想像が湧いて心臓が早鐘を打った。まさかここで、この階段の踊り場で、僕は奪われるのか。これこそまさに大人の階段を上るというやつなのか、僕はごくりと息を飲んだ。

「ショートフィルムよ」

「え?」

タチアナはそう言うと、煙を大きく吐き出した。

ショートフィルム。それはAVのことなのか。いや、そうじゃない。ショートフィルムというのはいわゆるミュージックビデオのことだ。

「ショートフィルムって、マイケルのですか?」

「そう」

細かい説明は面倒臭いのか、タチアナはここまで僕を引っ張ってきたわりにはあまり積極的に内容を話してくれない。

「何の曲のショートフィルムですか?」

「ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール」

タチアナはそう言うと、長い髪の毛をかき上げて初めてニコッと笑った。

『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』は、マイケルのアルバム『バッド』からリリースされた第三弾シングルだ。プロデューサーのクインシー・ジョーンズの最もお気に入りの楽曲とも言われている。

内容はマイケルがブロードウェイスタイルの服を着て、ダンスをしながらストリートで美女をナンパするというものだ。そういえば、その相手役の女性モデルの名前が、タチアナ・サムツェンだった。タチアナ、そういうことか。

「もしかして、相手役は…」と言いかけたところでタチアナが予想通り「私よ」と言った。

「ずっと探していたの。私が求めるマイケル・ジャクソン。まさかこんな若い子だったなんてね」

「僕なんかでいいんですか?」

「あなた以外に考えられないわ。今日一番の収穫よ」

僕は収穫という言葉になんだかドキッとした。

「なんでまたタチアナさんはショートフィルムを作りたいんですか?」

「私、普段はCMプランナーをしているの。もちろんあの曲が元々好きっていうのもあるんだけど、あの作品を作ったCM界の巨匠、ジョー・ピトカのような映像を自分でも手がけてみたいとずっと思っていたの」

さすが『MJ DANCE PARTY』だ。マイケルに対する志が高い。まさかマイケルを模倣するどころか、映像作品に挑もうと考える人がいるなんて。

僕は自分が『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』のショートフィルムを再現しているところを想像してみた。ストリートで美女を口説きながら踊るマイケル。ギャンググループと路上で合わせる『ウエスト・サイド物語』のようなミュージカル仕立てのダンス。それを何度も振り切って歩く絶世の美女、タチアナ。そして最後は…。

確かにあの作品はマイケルのショートフィルムの中でも陰影に富んでいて映像美が素晴らしい。今までは振り付けだけを忠実に模写することばかりに目がいっていた僕だが、それを映像作品レベルで実現できたらなんと素敵なことだろう。こんな経験はそうそうできることじゃない。むしろこの話は僕にとっても収穫だ。

「ぜひ! やらせて下さい!!」

断る理由はなかった。

「OK! じゃ、あとのことは任せておいて。エキストラとか絵コンテとか、色々と準備しておくから」

タチアナはそう言うと、まだ吸いかけのタバコを何の未練もなく足で踏み消して「戻ろう」と言ってまた僕の腕を掴んだ。さっきよりは幾分、優しく。

『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』

その最後のシーンは、タチアナとマイケルのシルエットが重なり合い、抱き合うところで終わる。ということは、僕は本番で彼女とそれをやることになるのだ。

僕の腕を掴んでダンパに戻ろうとする彼女の横顔をチラッと覗き見た。見れば見るほど美人だ。女性と今まで付き合ったことがないどころか、女の人の顔をまともに直視できない僕に、果たしてそんな大役が務まるのだろうか。

だけど、チャレンジしてみたい。

会場に戻るとマイケルとパティー・オースティンとのデュエット曲『イッツ・ザ・フォーリン・イン・ラヴ』が優しく僕らを包んだ。

(第9話へ続く)

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