『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第13話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


昼間の園内は家族連れやカップル、ジョギングに興じている人や犬を散歩させている人たちで賑わっている。特に今日は『所沢STREET DANCE CONTEST』が開催されるとあって、あちこちにドレッド頭や大きめの服で身を包んだヒップホップ系の男女が多く見受けられる。

屋台も多く並び、飴細工、焼き鳥、甘栗やお好み焼きなどダンスコンテストに乗じて公園が祭りの様相を呈している。あれだけこの日を楽しみにしていたのに、現場に来ると途端に緊張感が高まりお腹がキリキリと痛みだす。

「オパさん、遅いですね」

楽屋はないので、日陰になっている建物の下でスムクリ用のスーツに着替えた僕らは、振りの確認を入念に行っていた。フレディーがやたらと落ち着きなく動き回るので、きっと同じように緊張しているのだろう。

「知らねーよ。どうせアンチ・グラヴィティができなくて、気まずくて来れねーんだろ。あいつ、それで本当に来なかったら一発ぶん殴ってやる」

そう言って下から上に拳を突き上げた。

その格好がクイーンのフレディー・マーキュリーそっくりでちょっとおかしい。

「それより、一斗のとこの家族は見にくんの?」

「あ、はい。多分、お姉ちゃんと母は来ると思います」

「そうなんだ。タチアナは?」

フレディーがニヤっとする。

「え、く、来ると思いますけど…」

「大丈夫だって! 隠さなくても。俺、ショートフィルムのとき見てたから。お前らキスしてたべ?」

「い、いや!! してないですよ!! 僕からは、してないです!!あ…」

ずっと気にしていることをフレディーがズバッと言い当てたので、思わず認めてしまった。

「俺があの女の言う通りに、後ろ振り返るわけねーじゃん。振り返るふりしてそのまま一周して前を向いてやったよ! だはははは。一斗もやるね〜」

顔から火が出るほど恥ずかしかった。脇汗がすごいことになっている。

「あいわずぼーんとぅーらゔゆー、てか!」

フレディーが僕を冷やかしながらご満悦な様子で準備運動に戻っていった。どうやらまったく緊張していないようだ。

遠くの方でダンスコンテストの司会者が次のエントリーナンバーを読み上げる声が聞こえる。誰かがパフォーマンスをするたびに客席が大きく沸く。

タチアナにスムクリの成果を見せるのもドキドキするが、お客さんが受け入れてくれるかどうかも不安だ。なぜなら今日の出場者の中でマイケルのダンスを完コピするのは僕らだけだからだ。他はだいたいが創作ダンスである。自分たちで音を用意して振り付けを考え、またはステップを組み合わせてオリジナルで勝負するのだ。

マイケルのダンスをそのまま完コピする僕らは亜流だ。何かを自分たちで作ったわけではない。ひょっとしたら僕らはダンサーとして認められないかもしれない。でも、最悪それでもいい。僕はただもっと多くの人の前で踊ってみたいと思ったからエントリーしたのだ。そして彼女のためにも。

「どう? 準備万端?」

柔軟中に声をかけられて顔を上げる。タチアナだ。そしてその横から「スムクリの衣装、完璧だね」と言ってキノさんが顔を出した。

「あ! キノさん! あ、でも、あの、まだオパさんが来てないですけど…」

予想外の訪問者に取り乱してしまい、僕は咄嗟にオパさんの話題を口にした。

「そうなんだ。オパさんらしいね。でも多分、約束を破るような人じゃないと思うけど」

「うん。きっと来るよ」

二人が確信を持ってそう言うのが不思議だった。でも実は僕も同じようにそう思っていた。そんなことよりも二人が一緒にいる方が混乱した。もしキスしたことがキノさんにバレていたらどうしよう。タチアナは一体どういうつもりなのだろう。

「それじゃ私、席を確保してくるから。キノさん、ビールと焼き鳥、お願いね! じゃ、ITTOくん、楽しみにしてるね〜!」

タチアナはそう言うと、軽く手を振って先にスタスタと行ってしまった。その仕草がとても自然で二人の親密さを伺わせる。図らずも僕はキノさんと二人きりになってしまい、ちょっとだけ気まずくなる。

「ね、あれ、オパさんじゃない?」

いつもの落ち着いた口調でキノさんがその方向を指すと、遠くの方で物凄い形相でなにやら大きな荷物を台車で運んでいるオパさんがいた。

「オパさんだ!」キノさんとフレディーの三人で駆け寄ると、汗だくのオパさんが一言「重い!」と言って地面に座り込んだ。

「なんですか、これ!?」

肩で息をしながらオパさんが「アンチ・グラヴィティ」と言った。

「え、これがアンチ・グラヴィティ? ウソつけよ! まだ一週間ぐらいしか経ってねーぞ!」フレディーがそう言って持ち上げようとすると「重っ!!」と言ってすぐに手を離した。

僕も持ち上げようとしてみたが、びくともしない。これを一人で運んできたというのか。

「一つ30キロはある。まだ改良の余地はあるが、いける」

オパさんがケースを開けて中身を見せると、黒い長方形の厚めの鉄板が姿を現した。よく見るとそこにちょっとした突起物がある。

「オパちゃん、まさかこれ。Method and means for creating anti-gravity illusion?」

キノさんが、なにやら難しい英語を喋った。オパさんは「そう」と言う代わりに首を縦に振った。

まるで二人だけの合い言葉のようなやり取りが交わされる。

「なんですか、それ」

「マイケルがステージでアンチ・グラヴィティを再現するために取得した特許の名称だよ」

キノさんが優しく僕に説明してくれる。

「すごい!! オパさん、本当に作ったんですか!? じゃ、まさかこれで!」

「厳密に言うと同じではない。ただ原理は一緒だ。そして、コツがいる」

アンチ・グラヴィティの原理とはこうだ。

床から出たT字型のフックに、靴のかかとをV字型に改良した特殊なフックを引っかけて固定し、そこを支点に上半身をゆっくりと前に倒していく。あとは人力である。

「前に倒れるとき、ビビったら負けだ。そして腹筋、背筋を使って自力でもとの位置まで戻さなければいけない」

オパさんはそれ用に改造された特殊な靴を僕とフレディーにポンと渡した。

「グラヴィティシューズだ。この靴なら踊れる。時間がない。あとは本番まで練習しよう」

「オパさん…」

なんて人だ。まさか本当に作っちゃうなんて。しかも、本家と同じ仕掛けに真っ向から挑むとは。でも、一体どこでこんなの作ったのだろう。

「おもしれーじゃねーか。物はアンチ・グラヴィティどころか、グラヴィティ過ぎるけどな!!」

フレディーが一人で高らかに笑った。

「やりましょう! あとは靴に馴れさえすれば、きっとやれますね!」

オパさんはもう準備に取りかかっている。

「すごいな。本番が楽しみだよ。じゃ、僕は客席で世紀の瞬間をカメラに収めるね。頑張って!」

キノさんがビデオカメラを僕に見せるとニコッと笑って会場に向かった。ダンパのときと立場が逆で僕も思わず笑った。

よしやろう。奇跡を起こすんだ。多分、アンチ・グラヴィティをこの日本でやった人たちなんていないはずだ。僕らがただの完コピグループじゃないところをみんなに見せてやるんだ。

あっと言わせてやる。そして、タチアナを驚かしてやる。

(第14話へ続く)

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