『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第14話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


フェドラ帽を被り、白地にピンストライプのタキシードスーツ。右腕にブルーの腕章、インナーはブルーシルクのドレスシャツ。白のサスペンダーに白のシュースパッツ。ダンスの神様、フレッド・アステアの『バンド・ワゴン』から着想を得たと言われる、マイケルのダンスナンバー『スムーズ・クリミナル』は1930年代の禁酒法時代のシカゴを思わせる暗黒街を舞台に繰り広げられる。

全員がイタリアンマフィアのようなスーツ姿でピタッと揃えるダンススタイルはその後、多くのフォロワーを生んだ。そして、なかでも出色の出来だったのが重力を無視したパフォーマンス、アンチ・グラヴィティである。

マイケルの凄さはメロディーや歌詞、曲のインパクトだけに留まらず『スリラー』にしろ『今夜はビート・イット』にしろ、どの作品にもアイコンとなる印象深い振りがあるところだ。一度見た人でも「ああ、あれね」とすぐに思い出すことができ、また誰でもちょっと真似ることができるハードルの低さがある。その並外れた訴求力が、世界中の人たちを虜にさせるのだ。少なくとも一度観ると視覚的にどれも忘れることができない。

スタッフが僕らを呼びにきた。グループ名は『MJ-Soul』だ。今回のために急遽つけたものだったが、即席で思いついたわりには結構気に入っている。僕らは、マイケルの魂を舞台で再現するのだ。

前の出場者がパフォーマンスを終えて片付けをしているタイミングで、オパさんが作ってきたアンチ・グラヴィティの仕掛けを二人がかりでなんとかステージに運ぶ。一人じゃとてもじゃないが持ち上がらない。

幸い客の目線が司会者の方にいっていて、さほど目立たずに設置することができた。見渡すと会場はたまたま通りかかった家族連れや出場者を応援するダンサーの仲間たちでパンパンである。

ステージ下に4人がけの審査員席。その少し後ろ、中央付近にお姉ちゃんと母が並んで座っているのが見えた。お姉ちゃんの手には酒っぽいものが握られている。なるほど、以前から結構飲んでいたのかもしれない。母と目が合った。僕に向かって手でバッテンをしたので、そのサインで父が来ないことを知った。僕はフェドラ帽を目深に被って舞台袖に引っ込んだ。

「みなさん、よろしくお願いします!」

黒のスーツに身を包んだフレディーとオパさんに深々と頭を下げると、フレディーが「よっしゃ!!」と吠えた。オパさんは何も言わずに僕の背中をそっとさすった。不思議と気分が落ち着いてくる。

「それでは続いてのパフォーマーを紹介しましょう! 次はなんとマイケル・ジャクソンを踊るMJ-Soulの皆さんです!!」

ダンサー畑の司会者が、簡単な説明をしてからグループ名を大きく読み上げた。

よし、ここはルーマニアにあるリア・マノリウ・スタジアムだ。目の前に7万人の観客がいる。会場はギュウギュウのすし詰め状態で立錐の余地もない。一つ前の『ヒューマン・ネイチャー』が終わり、演目はこれから『スムーズ・クリミナル』へと移るのだ。

立ち位置につく。

意識が無になり真っ白になる。

世界のどこかにいるマイケルと周波数を合わせる。カチッとハマる。

ようこそ、マイケルのワールドツアーへ。

音源が大音量で流れて会場中を包み込む。明らかに他の出場者たちとは毛色の違う音楽。この時点でもう無敵だ。マイケルのライブ音源を使用しているため、7万人の大歓声も同時にスピーカーから流れてくる。

その熱狂に引っ張られて会場がさらに盛り上がっているのか、目の前の人たちが実際に嬌声を上げているのか、もはや判別がつかない。だが、これまでのどの出場者よりも客席の反応はいい。

審査員もみんなノっているようだが、もう関係ない。マイケルを審査できるのはマイケルだけだ。

そんなことよりもこの日のために集まってくれた7万人のファンに感謝したい。アリーナと二階席と三階席に少しでも思いが届くように僕は全身全霊で歌って踊る。いや、実際は三階どころか二階席もないのだが、僕にはハッキリと見えている。

振りも表情も歌に合わせたリップシンクも完璧。まるで今ここで僕が実際に歌っているかのようだ。曲は次第に佳境に差しかかる。いよいよアンチ・グラヴィティの出番だ。

本家のステージでは爆弾を持った一人の男が下手でスポットライトを浴びながら客の目線を一手に引き受け、その間にマイケルたちが暗闇のなかでアンチ・グラヴィティの準備をする。

今日は人数が足りないので仕方なくオパさんが一瞬だけ爆弾を持つ役をやり、その間に僕とフレディーが言われた通りに黒い鉄板の上に突き出たT字型フックに靴のかかとを引っかける。慣れているオパさんは、あとから素早く合流する手筈だ。

このグラヴィティシューズをスムーズにT字型フックに引っかけるのは難しい。楽屋裏でギリギリまで練習したが、引っかかりが浅いと支えきれずにすぐに外れてしまう。本物のマイケルですらミスしたことがある難易度の高い仕掛けだ。ヘタしたらそのまま前に転倒して大怪我をすることになる。

オパさんが爆弾役でうまいこと会場を煽っている。

客席もこの後の有名すぎる展開を期待してワクワクしているのが分かる。

オパさんが爆弾を投げた。

きた。倒れるときだ。

僕は自分を信じて直立不動のまま体を倒した。ここで躊躇して少しでも膝を曲げると逆にうまくいかない。オパさんが一小節ほど遅れてアンチ・グラヴィティに加わった。僕らに追いつくために傾斜のスピードをあげる。同じ位置にピタリと合わせた。さすが制作者だ。上手い。

オパさん、僕、フレディー。三人が揃って45度に傾き、完全に重力を無視したアンチ・グラヴィティを再現した。

客席がどよめく。審査員の中には思わず立ち上がって見ている人がいる。後ろの方は総立ちだ。目の端に映ったタチアナも飛び跳ねて手を叩いて喜んでいる。

(よし、完璧だ。そしてここからが山場だ。腹筋と背筋を使って自力で元の位置に戻るのだ)

アキレス腱がグンと伸びる。これが意外と痛い。でも、なんとしても次のステップまでには戻らないといけない。体が持ち上がった。いける。僕は自分の全筋力を使って体を起こした。その瞬間だった。フレディーが視界から消えた。

よく見ると両手を地面についている。そしてあろうことか、それを誤摩化そうとしてビートに合わせて腕立て伏せを始めた。しかもT字型フックが外れないのか、そのままモゾモゾと靴だけ脱ぎ、靴下のまま何食わぬ顔をしてまた振りに戻ってきた。

ある意味すごいのはその状態でも顔がまったく動じていないところだ。舞台にはフレディーの靴が鉄板にハマったまま、一足だけポツンと置いてある。

マシンガンの音が鳴り響き、オパさんとフレディーが銃弾に撃たれて倒れる。マイケルが一人だけステージに残り、僕らの『スムーズ・クリミナル』は大歓声のなかで幕を閉じた。

会場中が総立ちで拍手をしている。お姉ちゃんと母が目を丸くして喜んでいる姿が見えた。僕は息を切らしながらペコリとお辞儀をして舞台を速やかに後にした。

「腹筋がなさすぎる」

「うるせーーー!!!! 靴が引っかかりすぎて外れなかったんだよ!!!!」

オパさんが早々にフレディーのミスを指摘している。僕らは衣装のまま出店の焼き鳥を食べにきていた。

「二人ともやめて下さい!」

「一斗もどうせ腹の中じゃ笑ってんだろ! 言っとくけどな、靴が外れなかったのはこいつの設計ミスだからな!」

フレディーが串でオパさんの方を指しながら反論するが、オパさんは相変わらず無表情だ。

「だいたいよ、本番ギリギリじゃなくてリハのときに持ってこいよ!」

「オラは、改良の余地があると言った」

「だったらそんなもん持ってくるなよ!!!」

フレディーが口角泡を飛ばしてわめき散らしている。

「ちょっと!! ITTOくん、呼ばれているわよ!!!」

息を切らしながらタチアナが僕らのところに駆けてきた。

「え? 呼ばれているって?」

「グランプリ受賞……MJ-Soulだって!!!」

そう言うとタチアナがそのまま僕をキツく抱きしめて、今度はみんなが見ている前でキスをした。

(第15話へ続く)

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