『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第32話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


SHIBUYA-AXの入り口には何重にも折り重なって長蛇の列ができていた。

僕を見るためにこれだけの人が集まったのか。

まるで新木場のSTUDIO COAST状態だ。

あのときはゲストだったが、今日はMJ-Soulの単独公演なのだ。ミュージシャンでもない僕がこんなところを一杯にするなんて信じられない気分だ。

思わず拳に力が入る。

マイケルが実現しようとしていた『THIS IS IT』は、ただの復活コンサートではない。代表曲『ヒール・ザ・ワールド』にもあるように、ショー全体を通して「今が地球を治す最後のチャンスだ」という壮大なメッセージが込められていた。

アマゾンを始めとする森林破壊、終わらない世界の紛争や人種問題、地球で起きている様々な事象に対して警鐘を鳴らすコンサートでもあった。

マイケル亡きあと映画版の『THIS IS IT』を公開するにあたり、「完璧主義のマイケルが公開を望むわけがない」、「金儲けに使うな」、「観たくなかった」など、ファンの間で否定的な意見もあった。だが、僕個人としては見せてくれて本当に良かったと思っている。

理由はいくつかある。

一つはリハーサル映像とはいえ、マイケルのメッセージを受け取ることができたこと。あれだけ世間から叩かれても人間や地球のことを常に考えている優しい人だった。心の底から世界を憂えていたのだ。

もう一つは、マイケル自身が子供たちに、父の素晴らしさを最後に見せることができたこと。マイケルは生前、公演をやる理由の一つに「子供たちはもう僕の仕事が理解できるし、僕も今なら見せてやれる」と言っている。自分の父がこれだけ世界から愛されている人だったと感じられるのは子供として何よりも救いだったと僕は思う。

そしてもう一つ。世間の評価が180度変わったことだ。

あれほど揶揄していた評論家も掌を返したように賞賛し始め、実はファンだったという人たちが雨後のたけのこのように出てきた。マイケル自身がそれを見ることができなかったのはとても残念だが、それでもネガティブな声が沈静化されて再評価につながったことは嬉しい。きっとマイケルの作品は未発表曲も含め、この先何度も検証されて語り継がれていくだろう。

つまり僕がこれからやろうとしているSHIBUYA-AX公演とは、そういう責務を負っているということだ。

日本中のマイケルファンの思いと、亡くなった後にマイケルを初めて知ってライブを疑似体験してみたいと思っている人たちと、そして何よりもマイケル自身を失望させるわけにはいかない。

今までは単純に模写するだけで良かったものが、新たに責任感という重圧が僕の両肩にのしかかっていた。

ひょっとしたら今の僕は、世界のスーパースターのプレッシャーを多少なりとも味わっているのかもしれない。マイケルはこれを子供のころからずっと感じているのだとしたら、精神的に疲弊してしまうのも分かる気がする。

もしかしたらこれが、マイケルの景色なのかもしれない。

駐車場裏の楽屋口に車をつけ、颯爽と降りてスタッフやメンバーと簡単に挨拶をかわす。誰もが僕に敬意を払ってくれる。僕が今日休めば、すべてが終わるわけだ。考えただけでゾッとするが、バンドのボーカリストがわがままになる理由も少し分かる気がした。

まだお客さんが入っていない状態の会場を覗き見る。ステージのセッティングのためにスタッフは午前中から入っている。すでに立派なセットが組まれていて、ステージの後ろには特大モニターが設置されている。本家のマイケルと同じCGを使って演出するために、今はどうやら照明の確認をしているようだ。

舞台監督の横に座るコングくんの姿を発見した。彼と一瞬目が合ったが、最後の仕上げに忙しそうだったので、僕は自分の楽屋に急いだ。本番まで残すところあと数時間。ここからは集中力がものを言う。

メイク台の前に座る。

いつも通りの手順でドーラン、白粉、ファンデーション、アイブロウ、ノーズシャドウにアイシャドウ。アイラインを引いてビューラーで睫毛をカールさせる。

この段階でまだ二丁目辺り。

口紅をつけてチークにハイライト、顎を割るために薄くラインを引き、ウィッグをつける。

だんだんとマイケルの姿が彫刻のようにできあがっていく。

昔はあれほど嫌で人にやってもらっていたメイクも、今では自分でやるようになった。むしろプロのメイクさんと言えども任せることなどできない。マイケルのメイクは自分が一番よく知っている。

ここ最近の減量で、鏡の前にいる自分がより本物のマイケルと重なって見えた。以前、ネットでマイケルの画像検索をしたときに、自分の顔が出てきたことがあったが、インパーソネーターとして、ここまで似ていたら半分は成功だろう。あとはどれだけ魂を近づけられるかだ。

僕は今、容姿も技術も精神も、過去最高にマイケル・ジャクソンになっていた。

ロンドンのO2アリーナを終え、再び来日したのだ。

ここ、東京ドームに。

楽屋にコングくんが尋ねてきた。

「お! やべーな。今、ドキっとしたよ」

僕は全身を見せてクルっと一回転する。

「マジでマイケルになっちまったな。もう言うまでもなく準備は万端だな」

「コンくん、みんなをステージに集めてくれ。スタッフも全員」

映画版の『THIS IS IT』の中に、とても印象的なシーンがある。

監督のケニー・オルテガなどがスタッフと出演者全員をステージに集め、マイケルが「忍耐と理解を持って観客を未知なる世界に連れていくこと、そして誰かがやるのを待つのではなく自分たちから変わることを始めよう」と愛を込めてメッセージを送るのだ。

僕もそれぞれの作業を一旦中断させ、今日の舞台に関わる者全員をステージに集め、お互いに手を取り合って一つの大きな輪を作った。そしてマイケルとまったく同じことを言ったあと、最後にこう言った。

「あと4年で地球を治さないといけない。THIS IS IT」

劇中と一言一句違わぬセリフ。

僕はもう完全にマイケル・ジャクソンだ。

開演5分前。

コングくんの発案でロビーに置かれた巨大なホワイトボードは、ファンのメッセージで埋め尽くされていた。

一階席はパンパンで立錐の余地もない。二階席はお客さん以外にも親族や芸能人、同業者やメディア関係者で埋まり、さらに立ち見まで出ている。

MJ-Soul史上かつてないほどの注目度と熱気だ。誰もがこれから始まる世紀の一瞬に心を踊らせ、ソワソワしている。

開演3分前。

日本で有名なマイケル評論家が、前説として壇上にあがる。

そのうちの一人はキノさんだ。

この公演がどういったものか、改めてお客さんに説明している。そして、キノさんが感慨深げに言う。

「自分は蒲田でダンパをやったときからの付き合いなので、もう十年以上にもなります。そのときは本当に小さな会場で、まだ彼も若かった。まさかそれがこんな大きな会場でやることになるなんて、僕は始まる前から感動しています」

開演1分前。

定刻通りにすべての照明がふっと消える。それと同時にお客さんから地鳴りのような大歓声が巻き起こった。

みんなマイケルを待っている。

バックモニターに『THIS IS IT』のオープニング映像が流れ、フロアの緊張感と期待感が最高潮に膨れ上がる。

僕はステージ裏のセットにスタンバイする。衣装も本物とほとんど変わらない特注品だ。

世界のどこかにいるマイケルに周波数を合わせる。が、もうそのスイッチは外にはなく、僕の内にある。不思議と緊張感はない。やることは決まっている。なぜなら僕がやること、それがマイケルだからだ。

ジェットコースターのように映像がグルグルとお客さんをかき回す。

ライトマンという未来型のロボットが眩しい光とともに現れ、そこから一枚ずつパーツが剥がれてマイケルが登場する。

僕はたった一人でステージの前に現れ、しばらく静止する。

観客の歓声のメーターが振り切れて計測不可能になる。

大歓声のなか、あの『ライブ・イン・ブカレスト』と同じだけの間をたっぷりとあける。これから世界の誰も見たことがない幻の『THIS IS IT』が始まる。

さあ、伝説の幕開けだ。

(第33話へ続く)

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