『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第33話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


僕らが知る映画版の『THIS IS IT』は、良いテイクのリハーサル映像をつなぎ合わせているだけで、実際のセットリストとは違っていた。

ある有名な音楽評論家がブログでアップした、同ツアーのパーカッション奏者、バシリ・ジョンソンから入手したというセットリストを見て、僕らは分析と検証を繰り返し、想像を巡らせた。ここにきて、何年もの間『ヒストリー・ワールド・ツアー』や『デンジャラス・ワールド・ツアー』などを散々コピーしてきたことが役に立った。

一曲目は、『スリラー』からの第四弾シングル『スタート・サムシング』。何かを始めるのにはもってこいの歌である。トースターと呼ばれる、ステージの下から上に飛び跳ねて登場する演出でバックダンサーたちが勢揃いする。この絵は壮観だ。オパちゃんのマイクスタンドもきらりと光る。

開始早々『オフ・ザ・ウォール』のメドレーコーナーに突入。日本ではスズキのスクーター「ラブ」のCMで使用され、オールドファンには馴染み深い『今夜はドント・ストップ』からディスコ調の『ロック・ウィズ・ユー』へ。さらに間髪容れずにアルバム『デンジャラス』から『ジャム』。

50歳のマイケルは自分よりもうんと若いダンサーたちと寸分の狂いもないパフォーマンスを披露する。マイケルのキレは、往年とはまた違う切れ味で、ほどよく力が抜けていてもはや神の領域に差しかかっている。

続いて1995年のアルバム『ヒストリー パスト、プレズント・アンド・フューチャー ブック1』から『ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス』。まるでクイーンの『ウィ・ウィル・ロック・ユー』のような力強いこの行進曲は、人種差別、環境破壊、紛争、暴力、中傷など人間のありとあらゆる負の部分に対して怒りを表したメッセージソングだ。マーチングバンドのようにピタリと手を揃える振りは、これまでマイケルに降りかかった火の粉を払うようだ。

そして、名曲『ヒューマン・ネイチャー』。

当初、僕らが知らされた最終セットリストでは、この『ヒューマン・ネイチャー』が落とされていた。別候補であがっていた『ストレンジャー・イン・モスコー』と迷いに迷ったが、映画版の『THIS IS IT』では『ヒューマン・ネイチャー』をやっていたのでそれを忠実に再現することにした。

おそらく本家のマイケルも本番当日まで何をやるか、その時々で変えていくつもりだったのだろう。リハーサルをやっていたということが、その可能性を示唆している。

『ヒューマン・ネイチャー』で客を幻想の世界に誘ったあと、バックスクリーンに映像が映し出される。1946年公開の白黒映画の名作『ギルダ』だ。

女優のリタ・ヘイワースが投げた手袋をマイケルが受け取る合成映像が流され、シカゴの暗黒街を舞台にギャングの魔の手から間一髪で逃れると、マシンガンが乱射されて看板に文字だけが浮かび上がる。鉄板、『スムーズ・クリミナル』だ。冒頭のマイケルとダンサーたちのシルエットダンスが恐ろしいほどカッコいい。

マイケルはこの公演で、過去のショートフィルムの基本的なイメージは崩さず、すべてを作り替えたいと言っていたそうだ。確実にネクストレベルにいこうとしていた。オパちゃんが新たに開発したアンチ・グラヴィティがここで炸裂する。

マイケルを含むダンサー総勢7人による、アンチ・グラヴィティは圧巻の絵面だ。全員がパーフェクトにやり遂げた。オパちゃんがこれを会場で見ていないことだけが悔やまれるが、影で支えると言った以上、本番に顔を出さないのはオパちゃんらしいなと思った。

フロア全体から歓声があがり、二階席の観客も身を乗り出して見ているのが分かった。そのとき、自分の親がいる席にふと目がいった。

母の横にあの寡黙な父がいる。あれだけ出不精で息子のやっていることにまったく関心を示さなかった父が、初めて僕の公演を見に来ていた。思わず胸が詰まる。

舞台は進む。今度は『スムーズ・クリミナル』から一変、セクシーな『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』へ。

西新宿の日々が思い出される。振り返ってみれば、あのショートフィルムプロジェクトがなければ今の自分はない。タチアナは今ごろどこで何をやっているのだろう。彼女がインパーソネーターになるきっかけを与えてくれたのだ。ただ、今は感傷に浸っている場合じゃない。僕はスイッチを切り替えて再びマイケルに戻る。

バラード『ユー・アー・ノット・アローン』をリップシンクとは思えないほど完璧に歌い上げると、ジャクソン5メドレーに突入する。

『帰ってほしいの』、『ABC』、『小さな経験』、『アイル・ビー・ゼア』が短い尺で軽快に続いていく。ここはマイケルのライブではお馴染みのコーナーだ。

メドレーを締めくくるように『シェイク・ユア・ボディ』が始まると、それをきっかけにバックダンサーたちが一斉に前に飛び出し、ここが見せ場と言わんばかりにそれぞれのダンスソロが始まる。

ハウス、ヒップホップ、ブレイクダンス、クラシック。アクロバティックなバック転やバック宙が空を覆う。みんな縦横無尽に踊り狂い、ステージがアメリカの老舗音楽番組『ソウルトレイン』のように一気に華やかになる。最後はマイケルも一緒になって振りを合わせてフィニッシュだ。

ステージがカオスになったあとは、いったんクールダウンするようにバラード『キャント・ストップ・ラヴィング・ユー』。コーラスのジュディスが前に出てきて、一緒にデュエットをする。ひとときのラブロマンス。会場が二人の世界に引き込まれる。いや、二人の世界が会場を包み込んでいく。

名曲『デンジャラス』を挟み、今回のライブの目玉の一つとなるアルバム『バッド』からの第五弾シングル『ダーティ・ダイアナ』へ。

舞台にはベッドと長い棒が用意され、不穏なギター音が奏でられるとプロのポールダンサーが現れてマイケルと激しく絡み合う。あれほど女性に対して奥手だった僕がここまでやりきれるのは、僕がマイケルだからだ。

本家の『THIS IS IT』公演は、ここでガンズのギタリストSLASHの飛び入りを期待していたという。ならば、こんなゴリゴリのロックチューンでやらない手はない。姉、舞子の登場だ。

姉が見事なメイクと男装で、完璧にSLASHとなってギターを持って現れた。さすが血は争えない。法隆寺の金堂壁画を模写したことで知られる鈴木空如の血筋だ。どこで覚えたのか、ギターソロを弾く指の位置まで音源通りである。彼女は僕にウィンクすると、颯爽とステージを後にした。初めてとは思えない堂々としたパフォーマンスだった。

そしてロックからロックへ。僕が15秒のCMでマイケルに鷲掴みにされたすべての始まりである『今夜はビート・イット』。

クレーンの上に乗り、強力な送風機が下から当てられ、衣装と髪の毛が風でなびくなか、僕はお客さんと激しいコール&レスポンスをする。観客の声援を受けながら会場全体をクレーンが舐めるように動き回る。

ギャングに扮したバックダンサーたちの抗争の間に割って入り、『今夜はビート・イット』の有名な振りを全員でピタッと揃える。

誰もが知っている曲をたくさん持っているというのは最強だ。今度はバックスクリーンに怪しい映像が流れると、それだけで次に何が来るか観客が敏感に反応する。

『スリラー』だ。

お客さんの上空を無数の幽霊が飛び交い、下半身が見えないほどスモークが焚かれてステージ中央から巨大な蜘蛛が突如出現する。会場のあちこちにいる子供たちから悲鳴が上がる。

僕は蜘蛛の中から現れ、『スリラー』のパフォーマンスに入る。ご本家の前でも披露したお墨付きの一曲だ。

最後に一瞬だけ入るアルバム『インヴィンシブル』からの『スレトゥンド』が、身の毛がよだつほどカッコいい。そこにマイケルが97年に発表した短編映画『ゴースト』の振りを絡める。

いよいよステージは佳境に差しかかる。ここからは、本公演の主旨ともなるメッセージソングが三本続く。

『アース・ソング』、『ウィ・アー・ザ・ワールド』、『ヒール・ザ・ワールド』

マイケルの曲は昔からスタジアムのような大きな会場が似合う。それは世界一の売り上げを誇るという単純な理由からではなく、テーマのスケール感にこそある。地球規模で楽曲制作できる希有なエンターテイナーなのだ。

マイケルは本気で、音楽で世界を変えられると信じていた。

人種も貧困も紛争も環境破壊もマイケルにとっては遠いどこかの国の話ではなく、自分の話だった。

『アース・ソング』で実寸大のブルドーザーを止め、環境破壊に警鐘を鳴らす。『ヒール・ザ・ワールド』で世界中の子供たちをステージに登場させ、手を取り輪になる。もはやSHIBUYA-AXはただのライブハウスではなかった。マイケルのメッセージ色に染まった神聖なる空間だった。

誰もが感動で目頭を押さえている。改めてマイケルを失った大きさに悲しみ打ちひしがれている。今日の僕はそんなファンの思いを少しでも和らげるためにきた。本物のマイケルはもういないが、僕がここにいる。

悲しみをぬぐい去るように、アルバム『デンジャラス』から先行シングル『ブラック・オア・ホワイト』へ。ここでも姉に再びSLASH役として登場してもらう。

一度ステージに出て勢いがついたのか、姉のキレがさっきよりもよくなっている。まさか姉とこうしてコラボレーションする日がくるとは、なんとも微妙な気持ちになるが、これも一つの親孝行なのかもしれない。

そして今回の最大の目玉で、問題の『ビリー・ジーン』だ。

何が問題かと言えば、身体中に電飾がつく特殊な衣装を身に付けているのだが、リハーサルでは一度もうまくいかなかった。

電飾はすべての動きに合わせてコンピューター制御されてはおらず、歌と同時に自分で開始ボタンを押さなければいけない。最初は順調でも途中で誤作動を起こしたり、部分的に点かなかったりと欠点があった。

だが、本番で奇跡が起こった。すべてが完璧に作動したのだ。

暗闇の中で音に合わせて光る『ビリー・ジーン』。本家さえもやったことのない未知なる演出。会場中が興奮の坩堝と化した。この日は自分の力以上の何かが働いていたとしか言いようがない。

そして、フィナーレ。

『THIS IS IT』最後の二曲は、『ウィル・ユー・ビー・ゼア』と『マン・イン・ザ・ミラー』だ。両曲とも同じ聖歌隊が担当した珠玉の名曲である。僕も自分でパフォーマンスをしていて何度も鳥肌が立った。そして後者で、僕はとうとう自分ができる最高速度のターンをして床に崩れた。夢で何度も描いた、あのターンだ。

会場に厳かな雰囲気と余韻が残る。すると突如スクリーンにMJエアーと書いてある特大ジャンボジェットが現れる。僕は機体に吸い込まれ、会場に別れを告げて飛び去っていく。見事なコンピュターグラフィックスである。お客さんから思わずため息が漏れて、後ろの方で「マイコー!」「ありがとう!」という声が無数にあがった。

会場の明かりがふっとつく。誰もが現実に引き戻され目をしばたたかせる。同時に場内を揺るがす大歓声と拍手が起こった。それはしばらく引くことを知らず、数分間も鳴り止まなかった。

場内放送が終演を告げる。そこにちょっとした遊びを入れて。

「マイケル・ジャクソン氏よりご来場のみなさんへメッセージをお預かりしております。“日本にやっとこれた。遅くなってごめんね。今日は大好きな日本のファンに会えてとても嬉しかったです。I love you all!” …以上です」

会場からどっと笑いが起こる。

コングくんの発案だった。

(第34話へ続く)

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