日本とトルコの友情の軌跡「海難1890」 内野聖陽、忽那汐里らが記者会見

2015年10月29日 20:21更新

関西ウォーカー

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10月29日、大阪市北区のウェスティンホテル大阪で日本・トルコ合作映画「海難1890」の記者会見が行われ、田中光敏監督と主演の内野聖陽、忽那汐里が出席した。

本作では1890年に和歌山県串本町沖で発生したトルコの軍艦・エルトゥールル号の海難事故と1985年のイラン・テヘランからの日本人救出劇の2つの史実を壮大なスケールで描く。12月5日(土)公開。

内野聖陽は見返りも求めず座礁したエルトゥールル号の乗員を救助する医者役、忽那汐里は心に傷を負って声を失った娘と、1985年・テヘラン編の日本人学校の教師の2役を演じる。

本作の企画のきっかけは田中監督が10年前、大学の同級生でもあった串本町長から串本とエルトゥールル号の逸話について、手紙をもらったこと。

「映画にするのは大変だったが、町長や県知事、地元の人々と積み上げてきて、奇跡的に完成した。こんなに大きな作品になるとは思わなかった」と振り返る。

内野は「エルトゥールル号の話はほとんど日本人に知られていないけど、この映画によって後世の人たちにも見てもらえるし、若い人たちにも残せる。監督にはぜひやらせてくださいといった」という。

許婚者を海難で失ったことから声を失った娘・ハルを演じる忽那は「失声症、トラウマとどう付き合っていくのかずいぶん悩みながら演じていた」と日本編について語る。さらにトルコでは「この話にはトルコの人々も特別な思いがある。一般の人も声をかけてくれたし、空港では500~600名のエキストラが集まった」と話す一方、撮影の合間には趣味のレコード探しに興じていたそう。「東京では高いレコードも、トルコでは安い値段で売っていた。30~40枚も買ってしまって、持って帰るのに大変だった」とエピソードを語った。日本編だけの出演となった内野がこれを「(世界情勢の影響で)トルコで撮影できるのか心配していたのにレコード探しですか」とやっかみ交じりに話し、笑いを誘う場面も。

また、田中監督は「125年前の意思が今に伝わっていることは日本人として誇るべき。それが友好につながっている」と話すとともに串本での撮影に触れ「(地元の人たちは)トルコの俳優たちに気軽に声をかけたり、彼らが道に迷った時には車に乗せてホテルまで送ってくれた。そういう気持ちを忘れなければ、きっと平和な世の中になる」と語る。今に伝わる日本とトルコの友好の絆を、今一度思い起こさせてくれる作品だ。

【取材・文=ライター鳴川和代】

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