コーヒーで旅する日本/関西編|極小店舗と土鍋焙煎でオリジナリティを発揮。個性派スタンド「tent-coffee」が街に根付くまで
関西ウォーカー
関西では唯一無二。店の代名詞となった土鍋焙煎

沖縄での得難い経験を持って、地元に戻ってきた佐藤さん。祖父の店を改装して「tent-coffee」を立ち上げたのは2011年のこと。店の代名詞でもある土鍋焙煎は、ヒロ・コーヒーファーム直伝のオリジナルの焙煎方法だ。「農園では焙煎機を入れるほど豆の量が取れなかったから、代用として利用したのが土鍋でした。そのときは焙煎器具のことなんか知らなくて、土鍋を使うと聞いても、そういうものかと違和感はなかった」。知らなかったがゆえに受け継がれたユニークな焙煎は、関西では唯一無二、全国でも稀有な手法だが、仕組みは至ってシンプルだ。

料理に使う最も大きなサイズの土鍋に、生豆を入れてひたすら混ぜながら煎る。いわば手網焙煎のスケールアップ版といった趣。一見、原始的にも見えるが、細かな工夫も随所に。ガス火が鍋に直接当たらないよう、底にフライパンを敷くことで、輻射熱(ふくしゃねつ)で半熱風式に近い火入れを実現。さらに、豆を混ぜるプロペラは、耐久性のある医療用のモーターと専用の足場を組み合わせて自作。攪拌の効率を上げるため、ペラをS字に曲げ、少し仰角を付けたのは佐藤さんのアイデアだ。

見れば、鍋肌は真っ黒に染まっているが、「これはコーヒー豆の油分が陶器にしみ込んだ跡。油分があるから空焼きにはならず、割れることがない」と佐藤さん。鉄板と陶器の2重底で火入れするため、煎り上げには普通の焙煎機の倍の30~40分を要するが、豆が焦げることもめったにないとか。じっくり火を入れつつも、蓋をしないから排気は全開なので、煙がかぶることもない。「陶器ならではの遠赤外線効果もあってか、深煎りにするといい意味でクセのある味になる。土鍋焙煎は冷めても変化が少ないように思う。外回りの営業のお客さんは最後まで味があるから喜んでくれる」。土鍋焙煎のブレンドは口当たりがつるんと滑らか。ふっくらと広がるような柔らかな香味、余韻の香りもふわりと繊細なのが印象的だ。
地元の縁から生まれた超極小の2号店

今ではシングルも幅が広がったが、豆はブレンド2種からスタート。自らの好みもあり、中煎り~中深煎りを中心に、土鍋焙煎ならではの味わいを打ち出してきた。ただ、テイクアウトが中心だったがゆえに、当初はなかなか飲んでもらう機会が得られず、数年してコンビニでもコーヒーが販売されるようになり、テイクアウトが浸透したものの、大きく状況は変わらなかった。むしろ、地元の見る目を変えたのは、市外からのお客だった。当時からイベント出店も積極的で、丹波篠山のマルシェなどで知り合った人が口コミで拡散。市外から店を訪ねてくるお客も増えていったことで、地元の人々の見る目も変わった。
「近所の人たちも紹介してくれるようになり、ようやく地元に根付いた感がある。湊川にコージーコーヒーができて、コーヒーを飲み歩きする人も増えて環境が変わった。イベントも篠山のほか、神戸市内のファーマーズマーケットや湊川てしごと市とかも。そもそも店がこのサイズなので、イベント会場の方が広々してるんですよ(笑)」

さらに、持ち前のフットワークの軽さと人の縁の広がりから生まれたのが、2020年、新開地にオープンした姉妹店「tent-coffee Stand」。本店に輪をかけて小さな、なんと2畳のスペースしかない超極小店は、元々は新開地のゲストハウス・ユメノマドの倉庫。「ユメノマドの女将と知り合い。できたのが同時期で、Beyond Coffeeの木村さんが手伝いで入っていたこともあり、仲良くなった。その女将から、ゲストハウスの物置を何かに使えないかと相談を受けた。以前から何かに生かしたかったが、人もいないし何をしたらいいかわからんと。それならコーヒースタンドしかないと。コロナで暇になったときに、1年のお試しのつもりで出展したのが始まり」と佐藤さん。
ゲストハウスが立つ高台の真下。崖にへばりつくように立つ店は、建物というより箱に近い。絶妙な立地で、街の風景と一体になったスタンドは、界隈でも話題に。新開地と湊川は大通りを挟んで南北隣だが、客層、生活圏も全く違うのがおもしろいところ。数百メートル離れてるだけなのに、本店を知らない人が多く、新たな客層も広がった。

かつて思い描いた喫茶店のマスターとは違う形になったが、「今は形にはこだわらない。最初の数年は結構しんどかったけど、10年続くとは思わなかった。未経験だったからこそできた店だと思う」と佐藤さん。実は、一時は焙煎機を導入しようと思ったこともあるが、今では心境も変わったようだ。「土鍋は、最初は自分では推してなかった。でも今となっては。土鍋の焙煎に価値を持たせたいと思って続けてきたことで、ほかにない個性として差別化できたし、ここはちょっと違うなという独自のポジションができた。葛藤はあったが、やっぱりうちの売りはこれやなと」。使い込むほど味が出る土鍋の如く、唯一無二の個性派コーヒーは、じんわりと神戸の街に浸透している。

佐藤さんレコメンドのコーヒーショップは「Coffee Temple」
次回紹介するのは、神戸市中央区の「Coffee Temple」。「50年以上続く喫茶店のよいところを残しつつ、進化を続けている老舗。2代目店主の田和さんは、毎年スペシャルティコーヒーの展示会・SCAJに参加し、長年、競技会のジャッジも務めるなど、常に研鑽を積んでいて、普段から店の運営やコーヒーのことを教えてもらっている頼れる先輩です」(佐藤さん)
【tent-coffeeのコーヒーデータ】
●焙煎機/土鍋 約1キロ
●抽出/ハンドドリップ(カリタ)
●焙煎度合い/中~中深煎り
●テイクアウト/ あり(400円~)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン8種、100グラム600円
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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