【独占インタビュー】五郎丸歩が今、振り返る2015年W杯「結果は出ると思っていた」

2018年3月30日 20:00更新

東京ウォーカー(全国版) 浅野祐介/ウォーカープラス編集長

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2015年のラグビーワールドカップで、初の1大会3勝を挙げ、過去最高の成績を収めたラグビー日本代表。1次リーグ初戦でワールドカップ優勝2度の実績を誇る南アフリカから勝利を挙げるなど、日本で大きな話題を呼んだことは、まだ記憶に新しい。

同大会で中心選手として活躍した五郎丸歩選手に、これまでの歩み、2019年、2020年への思いを語ってもらった。

これまでの歩みを語る五郎丸歩選手

これまでの歩みを語る五郎丸歩選手
撮影=薮内努(TAKIBI)

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小さいころからとにかく負けず嫌いだった

――ラグビーを始めたきっかけを教えてください。

五郎丸「強制です(笑)。3歳から始めたので自分の意志ではありませんでした。近くにラグビーチームがあって、親がラグビー好きだったので、ある意味、強制ですね(笑)。兄が二人いて、その二人と一緒にラグビーをしていました」

――始めたときの記憶はありますか?

五郎丸「ラグビーの格好はしていましたが、横の草むらでバッタを追いかけていましたね。小さいころからとにかく負けず嫌いだったのと、体全部を使ってプレーするところが自分には合っていたのかなと思います。兄たちに鍛えられて運動神経は磨かれていました。1歳年上の兄とはしょっちゅうケンカばかりでした。同い年の友達と遊ぶより兄たちと遊ぶのがほとんどでしたね」

――当時から身体は大きかったんですか?

五郎丸「小さいころから身長は高かったです。背の順はだいたい一番後ろか、後ろから二番目ぐらいでした」

――小学校4年生からサッカーを始めましたが、身体も大きいし、周りから期待もされたのではないですか?

五郎丸「いやー、期待はどうですかね。ラグビーをやっていたこともあって、人にあたりにいくのが全然怖くないというので、監督からはなぜかGKのポジションを与えられましたね」

――サッカーを始めたきっかけは?

五郎丸「Jリーグに流されました(笑)。通っていた小学校にはラグビーチームがなくて、土日だけクラブチームに通っていたんですね。当時はJリーグ開幕で盛り上がっていたので、平日は仲の良かったメンバーとグラウンドでサッカーをしたり、Jリーグチップスを買いにいったり。そういう流れでサッカーに引かれましたね。サッカーを始めるときは、家族みんな反対だったんですが、じいちゃんだけが賛成してくれたんですよね。じいちゃんはいろいろなスポーツが好きで、いろいろなスポーツをよく見ていて、五郎丸家はみんなラグビーしかしていなかったから『違うスポーツをやってみてもいいんじゃないか』という考えがあったんだと思います」

――ラグビーの経験が生きたところは?

五郎丸「対人はやっぱり強かったですね。ただ、器用じゃないので、根性じゃどうにもならないもどかしさはありましたけどね(笑)」

――当時からキックの片りんは?

五郎丸「キックだけは飛びましたね。後ろのポジションは結構やりました。ただ、器用じゃないんで、中盤は少なかったです(笑)」

――小さいころはどういうキックの練習をしていたんですか?

五郎丸「小学校の校舎が4階建てだったんですけど、誰が最初にボールを(校舎の)上に乗せられるかを、ずっとやってましたね」

――先生に怒られるやつですね(笑)。

五郎丸「怒られましたね(笑)。とにかくやんちゃでした」

――子どもの頃に憧れていた選手は?

五郎丸「カズさんでしょ、やっぱり。わかりやすいというか、プレーもそうですし、点を決めた後のカズダンス、みんなやってましたよね。僕もずっとやってました」

【写真を見る】真剣な表情でキャリアを振り返る五郎丸選手

【写真を見る】真剣な表情でキャリアを振り返る五郎丸選手撮影=薮内努(TAKIBI)

正直、出場したくないと思った代表デビュー戦

――日本代表のデビュー戦は2005年のウルグアイ戦ですが、そのときのことは覚えていますか?

五郎丸「よく覚えています。緊張というより、もうわけがわからないという感じで。U19のセレクション合宿で南アフリカにいたんですが、『南アフリカから一人でフランスに来い』っていうんですよ。いやいや自分19歳ですよって(笑)。結局、一人で南アフリカで国内線を乗り換えて、パリまで行きましたよ。そのときロストバゲージでカバンがアメリカに行っちゃって、そのまま。もう一生、出てこないでしょうね(笑)」

――代表デビュー戦、メンタル的にはどんな状態だったんですか?

五郎丸「不安定です(笑)。試合は正直、出たくないと思っていました。体のサイズがまったく違うし、経験も全然違うので、チャレンジャーとかそんなかっこいいものじゃなかったです。『やってやる!』みたいな気持ちは本当に全然なくて(苦笑)、ベンチスタートだったんですけど、最後に交代で出るとなったときは『マジかよ!』って普通に思いました。『ボール来るなよ!』って感じで、かなりネガティブでしたね。当時は19歳ですし、自信がなかったんだと思います」

――2015年のワールドカップでは世界を驚かせて、日本中もラグビー一色になりました。振り返ってみてどう思いますか?

五郎丸「今までやったことない練習量をやったので、悔いは一つもなく、やりきった感はありました。世間が騒いでいるのが逆に不思議で、自分たちはやってきたという過程を全部わかっているから、これで結果は出るよねという感じだったので。日本に帰ってきて浦島太郎状態でした(笑)」

――あれだけの注目を集めた後、自分の中で変わったものはありましたか?

五郎丸「僕はラグビーに育てられたと思っているので、この注目が集まっているときにどれだけラグビーを伝えられるかというのはすごく考えました。あのときは本当にTwitterにものすごく反響があったので、これはTwitterを使うしかないなと。誤字脱字には気をつけていました。間違っていたりすると『こいつアホだな』って思われるでしょ(笑)」

――ラグビー界だけでなく、他のスポーツ界にも影響を与えるような内容だったと思います。

五郎丸「日本人は外国人に対してすごくコンプレックスがあると思うんです。どうしても日本人は体が小さいという認識があります。でも、体が小さいということから逃げていたら勝てない。逃げないで戦うということを形にできたのは良かったことだと思います。これからラグビーが日本人にどういうメッセージを出せるかは楽しみでもありますね」

2019年、2020年は手段であり通過点

――2019年、2020年と日本で世界的なスポーツの祭典が開催されることについてはどう感じていますか?

五郎丸「2019年、2020年は通過点だと思っていて、そこにばかりフォーカスするだけでなく、その先で日本のスポーツ界がどうなっていたいのか、それが大切だと考えています。その先のビジョンを示してくれる人が出てきてくれればいいなと思っていますね。日本全体として、スポーツの捉え方を大きく変えられるチャンスですし、2019年と2020年は“手段”かなと思っています」

――五郎丸選手の考えは?

五郎丸「今は一般の方がスポーツしようとしても簡単にはできない環境じゃないですか。スポーツをするとしても自分の身体を鍛えるとか、健康を維持するとか、でも、スポーツの良さってそこだけじゃないと思うんですよ。人とのつながりだったり、人を思いやる気持ちだったり、そういうスポーツの魅力をたくさんの方が体験できるような、そういう環境を形にしていきたいなと思っています」

五郎丸「それから、子どもたちが海外のようにスポーツを選べる環境をつくれたらと考えています。海外ではシーズンによって、プレーするスポーツをわけたりするんですよね」

――そうなんですね。具体的にはどのようになっているんでしょうか。

五郎丸「暖かいうちはラグビーをやるけど、寒いときは他のスポーツをやるという選択ができるんです。海外にはいろいろな経験を積んでプロになる選手が多い。そういう子たちのほうが人生の捉え方も、大きく視野が広がるんじゃないかと思うんです。今の日本のスポーツ界って、例えば最初に野球チームに入ったら、ずっと野球だけやるという環境じゃないですか。そうじゃないとなかなか活躍もできないし、その先もないという。そういう環境は変えたいですね。海外では他のスポーツも一緒にできるし、選べるから一つのスポーツに対して飽きなくなるんですよね。シーズンが2つにわかれているので。いろいろな人との出会いがあるんですよ。僕もサッカーをやってなかったら、ラグビー選手としてここまで来ていなかったと思う。キックも蹴ってないし、あの変な構えもしていないだろうし(笑)。パフォーマンスだけじゃなくて、ラグビー選手からの視点とサッカー選手からの視点との2つを持つことができたので、それがすごく良かった。海外では2つやる人が本当に多いんです。日本もそういうふうになっていけばいいと思います」

穏やかな表情でインタビューに応じてくれた五郎丸選手

穏やかな表情でインタビューに応じてくれた五郎丸選手撮影=薮内努(TAKIBI)

“受け止められる力”は日本人にしかない

――ワールドカップ後は海外移籍も経験しました。海外でプレーしてみて日本との違いはどういうところに感じましたか?

五郎丸「日本の場合はトップの人がやりたいことを選手が愚直にやり続ける。自分に求められたことをやり続けて、その個人のピースがはまっていって、ひとつのパズルが完成するというイメージ。それが日本のスタイルだと思うんです。でも海外の場合、自分がこうしたいとか、こういう選手になりたいんだという自分の意志が選手個々にすごくあって、トレーニングメニューひとつにしても『俺はこうしたいんだ』とディスカッションできる。そういう力は日本人には今はないかなと。海外では簡単にいうと自主性というか、どんどんアピールして、伝えていかないといけない。待っているだけじゃなにも来ない。自分からコーチたちにコンタクトしていかないと『この選手はやる気がない』と思われる。でも日本の場合監督に歩み寄っていくと媚を売っているというか、そういう感覚にもなるじゃないですか。そこの大きな違いはありますね。日本人的にはコーチに『逆に何してほしいの?』とか、『なんで理解しようとしないの?』ということになるじゃないですか。でも海外のヘッドコーチは選手がこうなりたいからサポートするという感じです。日本の選手は受け身ですよね」

――そのやり方は日本でも徐々に変わっていくのでしょうか?

五郎丸「僕の中でも、その答えは全然見つかっていないです。先日、今治に行って、岡田武史さんと会ってきたんです。日本人は言われたことをやれる選手が多い。それだけじゃダメだよねって話もあったのですが、でも僕はエディ(ジョーンズ)のときも経験しているので、日本人って“受け止められる力”がすごくあると思うんですよ。違う言い方だと“耐える力”というか。それは海外の選手には絶対にない。自分の意見のほうが強いから。“受け止められる力”というのは、日本人にしかないと思うし、だからそれは日本人の強みじゃないんですかっていう話を岡田さんとしました。結局そのときも答えは出ていないんですけどね。だから国内でやるときと海外でやるときの違いを理解して、どっちの力も持てるような選手が出てくればいいですよね。そこは比率だと思います。受け止める力と自分を発信する力の比率が違うというだけで、両方できれば素晴らしいですよね。でも、そんな選手いるのかなって思います(笑)」

――ラグビーの観戦スタイルについてはどうですか?

五郎丸「国によって雰囲気が全然違いますね。イングランドは試合中はすごく静かで、いいプレーがあったときに一斉に沸く、という感じです。玄人が集まっていて、紳士のスポーツでもあるので、キックするときも誰もブーイングしないような環境です。フランスはうるさいですね。ラッパを吹いたりとか。オーストラリアはラッパとかは鳴らさないけど、ブーイングはあります。国によって本当に違いますね」

――日本はいかがですか?

五郎丸「日本のラグビーの観戦スタイルはイングランドに寄せていこうとしているんですけど、それだと玄人は好むけど、若い人やライト層の方は好まないというか、入りづらいところもあるじゃないですか。日本独自の観戦スタイルが自然とできあがっていくのがいいなとは思っていますけどね」

――日本のラグビーファンを増やしていくには?

五郎丸「観戦マナーとしては、日本人はイングランド寄りにいくのがあっていると思います。でもそれだけだと、玄人はまだ割合として少ないので、アメリカのようなエンターテインメント要素も欲しいですよね。そのエンターテインメントをつくるのが試合の前後だったり、『来て良かったな』って満足度を高めて帰ってもらえるような演出をラグビー界としてやっていったら面白いんじゃないかなと思います」

撮影=薮内努(TAKIBI)/取材・文=MCタツ

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