『マン・イン・ザ・ミラー』連載 第34話

東京ウォーカー(全国版)

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HOME MADE 家族のKUROがサミュエル・サトシ名義で発表した小説『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された


前代未聞のインパーソネーターによるマイケルの『THIS IS IT』は、翌日のトップニュースになった。

SNSや各メディアがこぞって取り上げ、その偉業を誰もが称えた。すぐにでも再演を望む声があがったが、僕は完全に燃え尽きてしまい、家から出ることすらままならなかった。

おまけに借金のツケが回ってしまい、初めて家賃を滞納してしまった。大家さんにはしばらく待ってもらえるようにお願いしたが、公演後の体の調子も芳しくなく、昼間の仕事も休みがちになった。

ただマイケルのオファーは急増し、過去最高となった。

このごろは事務所に所属しないかという話も頻繁にもらうようになり、これだけオファーが続くのであればインパーソネーターだけでやっていけるかもしれないとも思った。だが、所属する気にはなれなかった。むしろ今後は仕事を厳選しようとすら考えていた。

事務所に入れば、やりたくないこともやらされるだろう。営業も場所や条件次第で、せっかくの『THIS IS IT』後のマイケルが地に落ちかねない。照明、衣装、ステージサイズ、バックダンサーの数など、今後は一つ一つを慎重に選んで、ご本家のマイケルのクオリティをなるべく落とさないレベルでやっていきたい。マイケルのイメージを、僕は守っていきたいのだ。

インターホンが鳴った。

きっとコングくんだ。今日は今後のためのミーティングをする予定になっている。

「どうよ? 体の調子は? まだあしたのジョーみたいになってる?」

コングくんが手に持っているコンビニ袋を僕に渡すと「ほい、差し入れ」と言って、さっさと靴を脱いで入ってきた。

「そういえばさ、良い報せがあるぞ。イーくんを訴えるとかなんとかって言ってた奴、それってデンジャラス・じゅんだろ?」

「え?」

突然その名前を出されてドキッとした。

「どうやらあいつSHIBUYA-AXに来てたみたいでさ。終わってからロビーでスタッフに許可とってやってんのかって吠えてたらしいんだ」

動悸が早くなった。

「ところが、きちんとお金を払ってやってますって許諾書を見せたら、顔を真っ赤にしちゃってさ、なんでやねん! って言って出て行ったらしい」

コングくんが白い歯を見せてニヤリと笑うと「な、だから正攻法でいくって言ったろ」と言って僕を肘でつついた。

それを聞いてホッと胸を撫で下ろした。なるほど、盲点だった。それなら堂々とやれる。さすが機転の利くコングくんだ。

「その代わり、金はすげーかかったけどな。だからこれから目一杯稼ぎにいかねーと! 家賃滞納してるんだろ?」

「う、うん。あのさ、そのことなんだけど、コンくん。仕事、条件によっては今後は断りたいと思ってるんだ」

「え、なんでよ!」

コングくんがびっくりして目をパチパチさせている。

「うーん。ショッピングモールとかでやるのは、もう嫌なんだ」

「でも、今こそMJ-Soulを知らない人にもっと知ってもらわねーと! 何よりも今は勢いを止めるべきじゃないと思うぜ」

「いや、逆なんだ。『THIS IS IT』を実現させたからこそ、あまり簡単にやりたくないんだ」

コングくんは困った顔をして近くの椅子に座りしばらく思案に暮れていた。僕はちょっと気まずくなり、もらった差し入れをテーブルに出した。

「あのさ、イーくん。SHIBUYA-AXのときは変に気を散らせたくなかったからあえて黙ってたんだけど…この際だからきちんと話しておくわ」

僕は頷く変わりにコングくんを見た。

「イーくんの才能はマジで素晴らしいと思う。SHIBUYA-AXのとき、心底思ったよ。だって、あのマイケル・ジャクソンを体現できるって並大抵の感性と表現力じゃできないからね。あれは間違いなくイーくんだからできたんだ」

コングくんが、少し間を置いて話し続ける。

「でもさ、そばで見ていて時々苦しくなるときもある。友人として、メンバーとして、これからもパフォーマンスを続けていって欲しいからあえて厳しいことを言うけど、創造とビジネスのバランスは考えないとダメだ。夢とお金と言い換えてもいいよ。夢だけでも続かないし、お金だけでも始まらない。もちろん金がすべてじゃねーけどさ、でもお金がないと人は続かないよ。今のままじゃ、ただの自己満足だ」

自己満足と言われてカチンときた。

「自己満足って、みんなのために踊ったマイケルがなんで自己満足なんだ! 別に、僕は金儲けしようなんて最初から思っていない。コンくんのその手の話はもう聞き飽きたよ!」

「聞き飽きたってなんだよ、お金の存在は無視すんなよ!」

「無視なんかしてない! ただ、それに囚われて自分の表現を止めたくないだけだ!」

「だから、そこが自己満足だって言ってんだよ!!」

僕らは大声を上げているだけで、お互いの主張は衝突するどころか交わることのない平行線のように空を切っている。

「あのな、イーくん、今のままじゃいずれ誰もついていかなくなるぞ」

コングくんが少し落ち着きを取り戻して言う。

「俺、SHIBUYA-AX公演のあと、バックダンサーの一人に言われたんだ。これからはマイケルが凄いんじゃなくて、一斗くんが凄いからみんなついていくってならないとねって。俺さ、悔しくて涙が出てきたよ。だって、イーくんがすげーのにさ…」

充血した目の端から小さな雫が頬を伝ってこぼれ落ちた。膝の上の日焼けした拳が、ズボンをギュッと掴んでいる。

「…俺、言ったよな。スタッフやメンバーにもっと声をかけてやれって。それなのに一人で閉じこもってさ」

声が震えている。僕は黙って、続きを待った。

「イーくんが人と話すのが苦手なのは分かるけど、先頭に立つ人間としてそこを怠ったらダメだよ。どれだけの人たちが気持ちだけでやってくれたと思ってんだ。どれだけ俺がフォローしたと思ってんだ。そんなんだから自己満足で終わるんだよ。俺、イーくんに言われてスタッフやみんなをステージに集めたとき、ちょっとでも何か鼓舞する言葉とか、労いの言葉とか出るんじゃねーかって期待したよ。でも、イーくんはマイケルだった。俺、残念だったよ。俺らはみんな、イーくんの言葉が聞きたかった」

コングくんは涙を拭いもせず話し続ける。

「余裕がなかったのは分かる。イーくんがあそこまでストイックに表現を突き詰めたからあのマイケルがあったんだ。それは認める。すごいよ。でもそれと同じぐらいみんなも余裕がなかったんだ。マイケルだけが良ければいいわけじゃない。あの日の成功はみんなで掴んだものだ。自分の持ち場だけをしっかりやっとけばいいだけじゃ、最初は良くても人がついてこないよ」

「別に…自分一人で掴んだとは思っていないよ。ただ僕は、表現者として、アーティストとして美しくありたいだけだ」

コングくんが僕を見る。

「コンくんの言っていることも分かるし、感謝してる。あれだけの人脈は僕にはなかったし、コンくんがいなければ実行できたかどうか分からない。昔から人と話すのが苦手で、もしそれで誰かを傷つけたとしたなら謝るよ」

僕の素直な謝罪の言葉に、コングくんが目を見開く。

「だけど、自分の表現の欲求に対して嘘はつけないんだ。そこだけは不純物を入れずに常に真っ白でいたいんだ。そのためにしたくないことをやったり、何かを犠牲にしたりすることは僕にはできない。きっと道楽なんだと思う、僕の表現は。ビジネスには向いていないんだと思う」

「だから、俺がいるんじゃねーか!」コングくんがすごい剣幕で言う。

「そうじゃないんだ。コンくん。多分、僕はもう一人でやった方がいいのかもしれない」

二人の間に、かつてないほど重い沈黙が流れた。

「それって、MJ-Soulを解散するってことか?」

「分からないよ。でも、しばらく休止するのもいいのかもしれない」

(第35話へ続く)

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