コーヒーで旅する日本/関西編|持ち前の職人気質と探求心で、コーヒーラバーの裾野を広げる「三ツ豆珈琲」

関西ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真】入口すぐに鎮座する巨大な焙煎機。昨年の導入以来、新たな店の顔として存在感を発揮する

関西編の第2回は、兵庫県西宮市の「三ツ豆珈琲」。店主・長岡雅人さんは、高校時代に魅了されたコーヒーとの出合いをきっかけに、全くの独学で開店したユニークな経歴の持ち主。自らを惹きつけてやまない、コーヒーに対する熱意が店の個性にも現れている。

店主の長岡雅人さん

Profile|長岡雅人
1972(昭和47)年、兵庫県尼崎市生まれ。家業のカギ修理業に就き、高校時代からコーヒー好きで、当時、出合った自家焙煎の店の味に魅了され、記憶の味を再現するべく独学で焙煎を始める。その後、コーヒー店を生業とすべく、家業から転身して、2013年に西宮・苦楽園に「三ツ豆珈琲」をオープン。

開店への道を開いた、高校時代の記憶の味

川沿いのビル地下にあり、外の喧騒から離れた穏やかな時間が流れる

阪神間のサクラの名所としても知られる、西宮市・苦楽園を流れる夙川の畔。モダンなビルの地下の入口を開けると、天井に届かんとする、巨大な黒い焙煎機が目に飛び込んでくる。「設置の工事に半年くらいかかってしいました」と、苦笑する店主の長岡さんが昨年迎え入れたのは、約40年前のドイツ・PROBATのオールドマシン。しかも22キロという大型機は界隈で目にすることは稀だ。創業以来、手回し焙煎機を使い続けてきた長岡さんが、いきなり巨大な焙煎機を導入したことは、同業者の間でも話題を呼んだ。

 そんな長岡さんのコーヒーとの出合いは高校時代、自家焙煎店で飲んだアイスコーヒーが原点。「今でも、年中通して飲むほどのアイスコーヒー好きで、当時飲んだ、苦味がガツンときて、すっきりキリッとした飲みごたえは、今でも理想の味です」。その後、父親と共に家業のカギ修理業に就いた長岡さん。この頃、オーダー焙煎を売りにするコーヒー店で偶然、焙烙を使った焙煎を体験したのが、今に至る道の始まりだった。

「自分の手で焙煎した時に、ふと高校時代のコーヒーの味がよみがえったんですね。小さいころから手先は器用な職人タイプだったので、自宅で手網焙煎やさまざまな抽出器具を試して、記憶の味の再現を追求しはじめたんです」

やがて、時代の流れと共に家業の先行きを案じ始め、商売替えを考えるようになった長岡さんだが、ここでまず思いついたのはカレー専門店だった。「ただ、実際にお店で働いてみると、思いのほかの力仕事で、想像とのギャップを感じました。その帰りにふらりと入った喫茶店で、ピンと閃くものがあったんです。そういえば、コーヒーなら得意だったことを思い出して、“これや!”と(笑)。今まで自宅でやってきた経験も活かせるんじゃないかと思って、本格的に開店に向けて動き出しました」

そこから1年ほどで飲食店の居抜き物件を見つけ、自ら内装デザインにも携わり、和の趣を感じる新たなくつろぎの空間が誕生した。

石畳の床や天井の杉板、漆喰の壁など、和のテイストを取り入れた心和む空間


手回しの焙煎で、深煎りの醍醐味を追求

高校時代からのアイスコーヒー好きが高じて、大の深煎り党になっていた長岡さん。「近くに深煎りコーヒーを飲める店が少なかったのもあり、自分の好みの味を店で出したいと思っていました。開店してからも記憶に残っているコーヒーを目指して、当初は豆の焙煎度も中深~深煎りのものが中心でした」

一人で切り盛りする想定で、開店時は500グラムの手回し焙煎機を使用。焙煎できる量が限られていたためブレンドも作らず、シングルオリジン(※1)3種のみ。フードメニューにはケーキが1種と、“ほぼコーヒーだけの店”として始まった。

豆の銘柄に合わせて粉の量、抽出量を変えて持ち味を引き出す

試行錯誤のなかで深煎り豆との相性を考え、店で出すネルドリップのコーヒーは、「軽め」・「普通」・「深め」と3つの味わいで分かりやすくメニューに表示。紅茶を思わせる華やかな風味が女性に人気のエチオピア、まろやかな甘味とほのかな酸味が調和するコロンビアなど、それぞれ時季ごとに銘柄を入れ替えて豆の個性を提案した。

なかでも、「“コーヒーを飲んだな”と思える満足感が、深煎りの醍醐味」と、長岡さんが推す「深め」に使用するブラジルとマンデリンは、どっしりしたボディの奥に潜む香ばしい甘味でお客を魅了。現在は定番化しているブラジル・トミオフクダ(※2)の深煎りは、店の代名詞として定着している。開店時はスペシャルティコーヒー(※3)をネルドリップで淹れるスタイルも新鮮で、その後はお客の声を取り入れながら、現在までにシングルオリジンは7種まで銘柄の幅を広げ、豆の販売でも徐々にファンを増やしてきた。

「深めの珈琲」として不動の人気を誇る、ブラジル・トミオフクダ・ドライオンツリー(630円)。ババロアに近いふよふよの食感と軽やかな甘みが後を引く、自家製ミルクチーズケーキ(270円)


店の方向性を変えた焙煎機との出合い

7種の豆は、創業時から定番のブラジル、コロンビア、エチオピアのほか、後に加わったケニアやグアテマラも人気上昇中

9年前の開店前にはロースターが少なかった界隈だが、しばらくすると新たなロースターが続々と登場。近辺に4、5軒がひしめく状況のなか、新しい焙煎機の導入を考え始めたのは2、3年前のこと。

「豆の販売に力を入れようと思い、ネット通販も始めて、焙煎量を増やす必要が出てきたのが大きな理由です。さらに言えば、界隈では他店より早い時期に開業していたものの、喫茶店のイメージが定着していたので、何かロースターとして目を引くことができればと思っていました」

当初は1キロサイズの新品の焙煎機を考えていたという長岡さん。しかし、販売店の倉庫に思わぬ出合いが待っていた。「そこで、たまたま目にしたオールドプロバットの存在感に惹きこまれて。試運転をさせてもらうと、その引力は一層強くなり、最初に考えていたのとは全く違う、22キロの焙煎機の導入を決めました。ただ、ちょうど2022年春に予定している2号店に置くつもりが、設備環境が合わず本店に置くことになったんです」

台湾産の豆は、「他夢農場」「青葉珈琲荘園」「TCC」の3つの農園から。各々精製プロセスも異なる個性派ぞろいだ

そのインパクトは、冒頭ご紹介した通りだ。しかし、何より驚いたのは、長岡さんがこれまで機械式の焙煎機に一切触れてなかったということ。しかも古い機体でマニュアルもなく、操作は感覚が頼りのぶっつけ本番で使い始めたというから、二度びっくりだ。

「実は、いつか本格的な焙煎機を使うつもりで、機械の熱量や排気の流れに近づくように手回しの器具を改良しながら、味作りをイメージしてきました。サイズの大小に関わらず原理は同じ。PCに連携することもできましたが、今まで積み重ねた自分の感覚と機械のスペックをマッチングさせ、良いプロセスをデータとして残していく方法を採りました」

本人は至ってこともなげに話すが、1年近くで使いこなしているのは、持ち前の器用さや探求心に加えて、日々の仕事で養ってきた感覚の賜物。オールドプロバットならではの蓄熱の良さを考慮して、早めのタイミングで煎り上げ、きれいに豆の甘味を引き出すことに腐心する。また、焙煎機の購入時、販売店の社長から、「この焙煎機を置くなら、別人になるつもりでやらないと、お店も中途半端になる」との一言に刺激を受け、店の方向性を新たにすべく奮起。

「開店時は喫茶を主に続けていくつもりでしたが、これを機に豆の販売に軸足を移して、軌道に乗ったら喫茶も違う展開を考えています。コロナ禍の前から豆の販売は力を入れていましたが、喫茶主体の店のイメージが先行し、量はそれほど多くありませんでした。これから、豆の種類や今までなかったブレンドなど、品揃えは増やしていく予定です」と、今後の意気込みは十分。すでに昨年、台湾産の豆を新たにラインナップ。近年、新興産地として注目されていることに加えて、通販のエリアをアジア圏に広げるきっかけにしたいとの思いもある。

“第2の創業”の気持ちで新たな店作りに注力

ネルドリップによる丁寧な抽出にも、長岡さんの職人気質が垣間見える

焙煎機の導入を経て、以前とは志向を大きく変えながら、2023年に10周年を迎える「三ツ豆珈琲」。場所柄、年配や女性のお客が多かったが、ここ数年は若い世代のお客も増えているとか。そこに、この10年来のコーヒーシーンの変化を感じるという。

「スペシャルティコーヒーが広まって以降の若い世代は、酸味が特徴的なコーヒーが当たり前になりつつありますが、逆に“今は深煎りを飲めるところがない”という声も聞きます。だから最近は、以前はなかった浅煎りの豆を置くようにして、そこを入口に若い世代に深煎りの魅力も知ってもらえるようにしたい」と長岡さん。以前の深煎り党に向けたスタンスでなく、飲みやすい“マイルド深煎り”を追求し、コーヒーの楽しみの裾野を広げる提案を模索している。

一方で、個人的にはまだ自分が追い求める味に到達していない、という思いもある。「味作りについては、長いこと刃を研ぎ続けている感じで、“本当に高校時代の記憶の味は再現できるのか?”と、考えることもあります(笑)。当時と今では味の感じ方も違いますし。もしできた時には、特別な名前を付けて提供したいですね」と、職人としての探求心は尽きない。

今年4月には、西宮市内に2号店がオープン予定。コーヒースタンドに豆の自販機を設置するという、新たな試みが注目される。創業以来の大きな変化を経て心機一転の長岡さん。まさに“第2の創業”の心持ちで、新たな店作りに邁進する。

焙煎機の導入と共にロゴもリニューアルし、モダンな印象に(左が旧、右が新)


長岡さんレコメンドのコーヒーショップは「廣屋珈琲店」

次回、紹介するのは大阪・箕面市の「廣屋珈琲店」。「元々、同じ西宮の甲子園で開業されて、移転前はよくうかがっていました。コーヒー店主の先輩として、ブレずに深煎り・ネルドリップの魅力を追求し、長年、コーヒーへの熱意を持ち続けている、その姿勢に頭が下がります」(長岡さん)

【三ツ豆珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/PROBAT UG-22 22キロ(半熱風)、手回しロースター
●抽出/ネルドリップ
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり(500円~)
●豆の販売/シングルオリジン10種、100グラム700円〜

※1…生産者や農場、精製方法などの単位で統一された豆のこと
※2…日系2世のトミオ・フクダ氏が手掛ける農園で生産。完熟したコーヒーの実を樹上で乾燥させることで生まれる、濃厚なコクと甘味が特徴
※3…国際審査員が行うスコアシートに基づく評価によって80点以上の点数をつけるコーヒー豆

取材・文=田中慶一
撮影=直江泰治


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