コーヒーで旅する日本/関西編|コーヒーが日常の中にあるために。「NAKAZAKI COFFEE ROASTER」が考える、お客本位の懐深い提案

関西ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

「うんちく抜きにコーヒーを選んでほしいので」と、豆のスペックは産地と焙煎度のみ表示


関西編の第22回は、兵庫県姫路市の「NAKAZAKI COFFEE ROASTER」。元は船を操縦する航海士にして、コーヒー嫌いだった店主の中崎さんは、友人の誘いをきっかけにコーヒーの世界に飛び込んだ、ユニークな経歴の持ち主。スペシャルティコーヒー上陸前から、コーヒーシーンの大きな変化の波を経て、いまや地元で厚い支持を得るロースターとして注目の存在に。一度は“おいしいコーヒー”との出合いを諦めたという中崎さんだからこそ気付いた、コーヒーが日常の中にあるために必要なこととは。

店主の中崎武雄さん


Profile|中崎武雄(なかざき・たけお)
1976(昭和51)年、兵庫県姫路市生まれ。船舶の短期大学を卒業後、航海士の資格を取得。貨物船の運航に携わった後に、友人の父親が営むコーヒー卸の会社に入社し、営業や焙煎などの業務を経験。約6年の勤務を経て、2016年、地元・姫路に戻り焙煎・卸専業で「Sakura Coffee」を開業。2017年から「NAKAZAKI COFFEE ROASTER」に改称して、豆の小売もスタート。2018年には、ハンドドリップの競技会・JHDC(ジャパン ハンドドリップ チャンピオンシップ)に初出場し、3位入賞。2022年に、2号店となる本町店をオープン。

おいしさに対する諦めから始まったコーヒーとの縁

住宅街のただ中にあって、一見すると民家そのものの店構え

世界遺産・姫路城のお膝元、かつての城下町の面影を残す野里地区。古い木造家屋の門柱に、小さく掲げた“COFFEE”の看板は、うっかり見過ごしそうになる。分かりづらい場所ゆえに、「近所の人には、いまだに知らなかったといわれることもあります」と笑う店主の中崎さん。玄関の土間にはコーヒー豆の入った瓶が並び、注文後に奥で袋詰めを始めるとふわっと芳しい香りが漂ってくる。「昔ながらの豆腐屋さんが、店先の水槽から豆腐をすくって、お客さんに渡すみたいな感覚。扱うものは違っても、気軽に来られて、いつも良いものを用意する、という仕事は同じ。コーヒーが日常と共にあることを大事にしたい」と中崎さん。店の棚には、ブレンド3種にシングルオリジンが10種近くの豆がずらり。幅広い品揃えを前に、一人ひとりの求める味に丁寧に応える。お客の背中を押すような、柔らかな口調でありながら、伝える言葉は端的で明瞭だ。

かつて障子を張っていた明かり窓は、時に接客の窓口になることも


「どんなコーヒーが飲みたいのか、お客さんと話をする時に対等でありたいと思っています。変にへりくだったり、上から目線になったりせず、商品の特徴などは、なるべくありのままをはっきり言うようにしています」と、柔和な物腰と真摯な接客で多くのファンを持つ中崎さん。コーヒー店主といえばこだわりが強いイメージがあるが、「逆に自分は主張がなさ過ぎると言われるくらい。それは、元々がコーヒー好きではなかったからかも知れませんね」。そんな中崎さんの、ある種フラットなスタンスを形作ったのは、開店に至る道のりの中でのことだった。

畳敷きの上がり框で、籠に乗せて商品を手渡しするのは、この店ならでは


実は、以前は航海士として貨物船の操縦をしていたという中崎さん。しかも、当時はコーヒー嫌いだったにも関わらず、この道に引き入れたのは、船舶の学校で共に学んだ同級生だった。「同期の友人の父親が、神戸でコーヒー豆やエスプレッソマシンを扱う会社を営んでいて、そこに入らないかと誘われたんです。ちょうど仕事を変えようかなと考えていた時期でしたが、この時は本当にコーヒーが飲めなかったんです。初めて自分でコーヒーを淹れた時に、味がスカスカで、濃く淹れても苦味や臭いばかりがきつくて全然おいしくない。以来、いろいろなやり方を試しても、どうやってもおいしくならなかったので、コーヒーに対しては諦めに似た気持ちを持っていました。だから入社前にも、“コーヒーは飲めないんですよ”と伝えたものの、友人の父である社長は“そのうち飲めるから”と言われただけでした」

ひょんなことからコーヒーの仕事を始めることになった中崎さんだが、果たして、社長の言葉通りになったのだから慧眼というべきか。「会社に入ってから飲んだコーヒーが、初めて“おいしい”と思えたんです。その頃、グルメコーヒーと呼ばれていた高品質の豆で、しっかりしたコクと香りの余韻があって飲み心地がとても良かった、今まで飲んでいたのはただ苦いだけで、たまに焦げた味がしていたのは、成分が抜けてしまっていたんだと気付きました」

1990年代の当時、コーヒーと言えば喫茶店や専門店が主流の時代で、シアトル系カフェやスペシャルティコーヒーは、まだ上陸し始めたばかりの頃。中崎さんが飲んだコーヒーも、ブラジル・サントス No.2やインドネシア・トラジャ、モカ・マタリなど、昭和のコーヒー専門店でおなじみの銘柄だった。それでも日々、多彩なコーヒーの個性に触れる仕事は、コーヒーに幻滅していた本人にとって、目から鱗が落ちる思いだっただろう。

折目正しく正座で対応する光景は、昔の商家でのやりとりを想像させる


入社前までは、豆の品種や産地も分からず、ましてや生豆を見たこともなく、どうやって豆を焙煎していくかのプロセスもまったく知らなかった中崎さん。「でも、それが良かったのかも知れない、と今は思います。コーヒーの仕事も昔は大らかなところがあって、当時の良い部分も、いい加減な部分も見てきました。最初からコーヒーが好きな人なら、ダメな部分を見てやる気をなくしたかもしれないけど、自分は“そういうものか”と思うくらいで、何も知らないがゆえの強みがありました。自ら“やりたい”と思って働いていたら、ここまで好きになって、続けていなかったかも知れませんね」と振り返る。

結局、営業から機械のメンテナンス、エスプレッソマシンの修理、さらにガスや電気のサンプルロースターを使っての焙煎も担当。約6年の間に、さまざまなコーヒーの違いを知り、時代や人の嗜好によって変化する“おいしさ”を感じた経験が、今の中崎さんの土台となっている。

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