コーヒーで旅する日本/関西編|社会の理不尽に対してコーヒーにできること。「LANDMADE」が見据える持続可能な世界のビジョン

関西ウォーカー

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

コーヒーの魅力を伝える教室やセミナーにも力を入れる上野さん


関西編の第34回は、兵庫県神戸市の「LANDMADE」。これまでの本連載の中でも、たびたびその名が挙がる店主の上野さんは、長年、神戸のコーヒー卸に勤めた後に独立。全国各地での焙煎指導や勉強会の開催、セミナーなどの講師も務める、関西のコーヒーシーンを牽引する中心人物の一人だ。そんな上野さんが、コーヒーの世界へ進んだきっかけは、豆の取引を通した生産国への貢献の仕組みを知ったことから。開店後は産地の現状はもとより、難病の子供とその家族、女性の働き方など、コーヒーを通じてさまざまな社会的な理不尽を改善する取り組みを続けている。一杯のコーヒーと社会のつながりを、自らの行動で伝える上野さんが描く持続可能な社会のビジョンとは。

店主の上野真人さん


Profile|上野真人(うえの・まさと)
1982(昭和57)年、神戸市生まれ。高校卒業後、イタリアンバールで働くなかで、自らのコーヒー嫌いに疑問を持ち、改めてコーヒーについて学ぶべくスターバックスで掛け持ち勤務。コーヒーの生産・流通の仕組みを知ったのをきっかけに本格的にコーヒーの世界へ進み、神戸のコーヒー卸・マツモトコーヒーに入社。8年の在職中に多岐にわたる業務を経験し、Qグレーダー資格の取得や独自の焙煎メソッドの構築、100社以上の焙煎指導にも携わる。2016年、ポートアイランドに独立して「LANDMADE」をオープン。小児がん専門療養施設・チャイルド・ケモ・ハウスの支援や、コーヒー生産者の生活向上など、開業以来、コーヒーを通した社会貢献活動の領域を広げている。

コーヒー嫌いの目を開かせた、コーヒーと世界とのつながり

店はマンションに併設したショッピングエリアにある

神戸市街の対岸に浮かぶ人工島・ポートアイランド。整然と立ち並ぶマンションの一角にある、「LANDMADE」の扉を開けるとふわりとコーヒーの香りに包まれる。店主の上野さんはQグレーダーの資格を持ち、店での焙煎指導や、セミナー、料理学校などの講師を務める、まさにコーヒーのスペシャリストと呼べる存在。それが、「元々、子供の頃からコーヒーだけが飲めなかったんです。ミルク99%のカフェオレでもダメでした(笑)」とは、今の姿からは想像もつかない。

そんな上野さんが、コーヒーを意識し始めたのは、高校卒業後に働きだしたイタリアンバールでのこと。この時もまだ、コーヒーは飲みつけず、最初は、あんな苦い飲み物をお客が注文しているのを不思議に思っていたという。「ただ、しばらくすると、逆に自分だけが飲めないのはなぜかと、思い始めて。自分がおいしいと思えないものを出すのは気が引けたし、実はコーヒーのことをよく知らないだけではと考え直したんです」。そこで上野さんが取った行動は、スターバックスとの掛け持ち勤務。早朝にスターバックスに行き、夕方からバールに戻るという生活で、正面からコーヒーと向き合い始めた。その間に初めて分かったのは、コーヒーを取り巻く環境や背景にある事情だった。

店内は、芳しいコーヒーの香りが漂う開放的な空間


「スターバックスでは、産地とパートナー契約を結び、良い豆を作った農園には相場の価格に+αのインセンティブを乗せて仕入れていました。今でいうダイレクトトレードの先駆けで、豆の取引を通して、搾取されがちな貧困層の生産者を支援できることに驚き、コーヒーの味よりもその仕組みに強く惹かれました」。自らもそのサイクルを担うなら原料を扱うことが必要と感じ、生豆・焙煎卸の仕事に目を向けた上野さんは、地元・神戸のコーヒー卸・マツモトコーヒーの門を叩くことになる。「初めておいしいと感じたコーヒーは、マツモトコーヒーの面接の時に出してもらった一杯で、結果的にこれがスペシャルティコーヒーとの出合いでした。しかも、ちょうど先輩社員が急に退職されたタイミングで、いきなり焙煎を任せてもらうことになったんです」。幸運にもチャンスをつかんだ上野さんだったが、その後に苦難の道のりが待っていた。

味覚障害を乗り越えて、築き上げた独自の焙煎メソッド

マツモトコーヒーから譲り受けた焙煎機は、修業時代から使っている愛着ある機体

入社後ほどなくして焙煎の仕事に就いた上野さんだが、昔ながらの職人気質の現場とあって、手取り足取り教えてもらうようなことはなく、見よう見まねの手探り状態。「焙煎のイロハも知らない状態で、最初に焙煎機を触った時は、電源の入れ方が分からなくて(笑)。一事が万事で、いきなりうまく豆が焼けるはずもなく、2、3年はしんどい時期が続きました。本来、卸先に焙煎のことを聞くのは良くないのですが、当時は毎週、配達で通っていた神戸のロースター・樽珈屋の大平さんに、焼いた豆を味見してもらったり、相談に乗ってもらったり、よく助けてもらいました」と振り返る。さらに、しばらくして味覚障害まで発症してしまったというから、その悩みとストレスは相当なものだったのだろう。

それでも、めげることなく、自ら味覚を回復させるべく独自のリハビリを実践。焦げに近い深煎りのコーヒーと生に近い浅煎りのコーヒーの味比べを毎日繰り返し、わずかな違いを頼りに味覚を再構築。2年かけて感覚を取り戻していったというから、その精神力たるや恐れ入る。まさに修業と呼ぶべき日々だったが、「マツモトコーヒーに全国から卸の引きが切らないのは、商品に対して誠実で嘘がないから。いい原料を公正な値段で卸し、口コミや紹介で信用を広げる愚直な姿勢は、これ以上ない商売のお手本でした」と、自分が選んだ道への信念は揺らぐことはなかった。

店内には世界各国から届く生豆の麻袋が積まれている


考えうるあらゆる試行錯誤を重ねて腕を磨き、やがて周囲からの信頼を得られるようになった上野さん。その間に、Qグレーダーの資格を取得し、2013年にはカップオブエクセレンス(以下 COE)を主催するALLIANCE FOR COFFEE EXCELLENCE(以下ACE)が開催するトレーニングを受ける機会も得た。COEで選ばれたコーヒーはオークションで入札され、生産者にダイレクトに還元されるシステムだが、その後の豆の加工の巧拙によって品質に差が出ることも多かった。そこで、消費者に渡る段階でのクオリティを保つため、当時ACEが焙煎やカッピングの指導を行っていた。上野さんが参加したのは、日本で唯一開催されたトレーニングであり、日本人の受講者は3名のみという貴重な経験となった。

「カッピングと焙煎で5日間のプログラムでしたが、特に良かったのが焙煎の研修。ここで焙煎に対する考え方がガラッと変わりました。かいつまんで言うと、従来は焙煎機のタイプや熱源、サイズの違いによって出せる味が違うと思われていましたが、焙煎は単なる化学変化だから実はハードの条件はほぼ関係ない、ということ。実際の研修では、古い直火焙煎機と100グラムの電熱式サンプルロースターで同じ豆を焼いて飲み比べていったのですが、最後は味の差がほぼなくなって、機体によって結果は変わらないというのを実感しました。さらに、カッピングの研修で使ったコーヒーもすごくおいしかったんですが、実は焙煎の研修で使ったのと同じ機体で焼いていたと聞いて2度びっくり。まさに目から鱗の体験でした」と上野さん。この頃には全国各地で焙煎指導を行っていたが、トレーニングの経験を元に、どんな機体でも同じように豆を焼ける独自の焙煎メソッドを構築していった。当時は異端的なアプローチだったが、焙煎に科学的プロセスを取り入れるようになった近年は、この考え方はスタンダードとして定着しているというから、かなり時代を先駆けていたことになる。

「最近、Qグレーダー資格の更新をして、カッピングがうまくなりました」と、今も研鑽を忘れない上野さん


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