コーヒーで旅する日本/関西編|社会の理不尽に対してコーヒーにできること。「LANDMADE」が見据える持続可能な世界のビジョン

関西ウォーカー

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コーヒーを通して、社会の理不尽を改善する取り組み

こどもコーヒー100円は、子供でも飲みやすい甘いカフェオレ。募金を通して、チャイケモの活動を支援している

マツモトコーヒーで過ごした約8年の得難い経験を通して、知識と技術を蓄積していった上野さんに、独立を促す転機が訪れたのは、2014年。自身が骨髄移植のドナーとして入院している時に知った、チャイルド・ケモ・ハウス(以下 チャイケモ)の存在だった。チャイケモは、難病を抱える子供が家族と共に過ごし、治療が受けられる小児がん専門治療施設として2013年に設立。“子どもは社会で支える”“理不尽を社会で解決したい”という理念に基づく取り組みに強い共感を覚えたという。「この活動のすばらしさに感銘を受けて、子供はもちろん大人も大変な状況に置かれる理不尽さに対して、コーヒーを通して少しでも何かできないかと。自然にそう思ったことが、店を開くきっかけになりました」

店の立地として決して便利とは言えないこの場所に店を構えたのは、ひとえにチャイケモを近くで応援したいという思いの現れ。以来、月に一度は施設を訪れてコーヒーを振る舞い、クリスマスには毎年プレゼントを贈ったり、チャリティーイベントを企画したりといった活動は、「LANDMADE」の大きな柱の一つとなっている。また、地元の子供たちにチャイケモの存在を知ってもらおうと、日常的な取り組みとして、こどもコーヒーを販売。文字通り子供専用のコーヒーで、1杯100円の代金のうち10円をキャッシュバックし、チャイケモの募金箱に入れてもらうシステム。言葉で説明するより行動を通して、日常的にチャイケモの活動を知るきっかけを作りに腐心している。

販売されているコーヒーはすべて試飲できる


さらに遡れば、こうした社会貢献への意識はバール勤務時代から持ち続けてきたものでもあり、今の店のスタッフを子育て中の女性のみに絞っているのも、当時から考えていたことだった。「バールにいた頃、カウンターでの仕事は楽しかったんですが、ずっと現場にいようと思うと雇用形態が不安定で、休みも少なく拘束時間も長い。さらに技術を磨くための投資も必要になります。独身男性ならまだしも、女性が続けるにはハードルが高い職場です。多くの人がコーヒーの仕事に携わるためにも、女性の働き方を何とかしたい、という思いが出発点にあります。現在、豆の取扱いは9割が卸ですが、小売りに比べると店舗営業に縛られず時間の自由がききやすい。開業時の想定とは違いましたが、スタッフが長く続けられる環境としては今の形がいいですね」

テイクアウトのコーヒー(300円)


社会のさまざまな理不尽を改善する姿勢は、生産者に貢献するスペシャルティコーヒーも同様。そもそも、上野さんがコーヒーの世界に引き込まれたのも、ダイレクトトレードによる産地支援の仕組みが発端だった。店頭に並ぶコーヒーは、トレーサビリティの明確な豆だけを吟味し、7種のブレンドは“毎日のみたい”“フルーツの甘さ”“ガツンと苦い”など、風味特性を分かりやすく提案する。「コーヒーはとかく難しくなりがちですが、うちのコーヒーはいわばテーブルワインみたいなもの。毎日飲んでもらえる価格帯にすると、お客さんもスペックはあまり気にされません。卸先も障害者施設やコミュニティカフェなどうちと取り組みが近いところが多くて、特別な味よりも飲みやすさ、誰もがおいしいと思えるコーヒーが人気です」

一方、シングルオリジンは、産地の名称に生産者の名前を冠して販売。こちらも豆のスペックを語るより、上野さんが応援している生産者の顔を見せることで、産地をより身近に感じてもらおうという趣向だ。「基本的には、その人が推す一番にいい豆を仕入れています。年によって農園や作柄は変わりますが、農産物だからそのまま。さらに紹介する人を増やして、コーヒーで産地に貢献するスペシャルティの本質を伝えたいですね」。産地とのつながりを感じるコーヒーを、もっと気軽に飲んでもらえるよう、コーヒーバッグの販売にも注力。ハンドドリップと異なり、湯につけるだけで抽出時の失敗がなく、自分好みの味が作りやすいの簡便さでファンを広げている。

コーヒーバッグは、微粉が出ないよう密度を細かな不織布を使用


持続可能な世界を作るために、“コーヒーにできること”

神戸のアパレル雑貨ショップ・UMIKIRINとコラボしたKOBE COFFEE BAGは、神戸土産やプレゼントとして好評

難病の子供と家族の支援、女性の働き方、そしてコーヒー生産者への貢献。「LANDMADE」を構成する一つ一つを、周囲の人々を助け、社会の理不尽を解決する取り組みへとつなげている上野さん。一方で、自らを凝り性の気質と評するだけに、コーヒーそのものにかける熱意も人一倍だ。凝り性の本領を発揮して、かつて格闘ゲームの大会で2度日本一になったほどで、当時、培われた、試行錯誤を積み重ねる探求心と向上心は、コーヒーに向き合う姿勢にも通じるものがあるという。マツモトコーヒー時代から始まり、今も続くコーヒーの勉強会は、その最たるものの一つだ。最初は3、4人で焙煎やカッピングの情報交換というレベルから始まって、現在は10人ほどの焙煎士が参加。近年は焙煎の競技会・ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ(以下 JCRC)を目指し、毎回、参加者が指定された豆を焼いて持ち寄り、味を比べるコンペ形式で開催されている。上野さんにとってこの勉強会は、技術や知識の共有と共に、絶えず技術のアウトプットができる場として捉えている。

「全国トップレベルの焙煎士が集まって、毎月一回開催しているので、アウトプットの整理・検証・フィードバックを最速でできる場として貴重です。競い合いの中で知識や技術をアップデートしていく方法は、ゲームの世界も同じ。しかも強いプレーヤーほど、誰よりも周りに技術をシェアするんです。プロ同士がひっきりなしにシェアしていると、プレーヤーの層が厚くなり、より強くなるという、良い循環ができます。逆に、コーヒーは職人的世界観が根強く、以前から”なぜ技術を隠したがるのだろう?”と疑問を持っていました。感覚に頼らず、焙煎を科学的に検証・言語化して、頻繫にシェアを重ねているグループは世界的にもないはず。だから、いずれは勉強会のメンバーで競技会の世界チャンピオンが出るだろうと思っています。もちろん、それが自分であれば一番いいですね」。事実、この勉強会からは4年連続でJCRC優勝者を輩出。世界大会出場者やジャッジ経験者なども集まり、毎回、真剣勝負を繰り広げている。「今の世界の基準なども知ることができますし、実際、世界は身近になってきています」という、上野さんの言葉も大げさではない。

「店を始めてからも新たに学ぶことは多くて、年々、楽しくなります」と上野さん


上野さんが焙煎世界一を目指す理由は、先々に描く構想にもつながっている。「コロナ禍の中でも卸は増えていて、さらに増やすには、もっと産地に行くべきと考えています。現地を訪ねた方が産地を応援する幅が広がりますし、その時に“世界一の焙煎士”というネームバリューがあると説得力も違ってきます。例えば、産地で加工・消費する場を作れれば、生産者の生活を直接支援できるし、高品質の豆も産地で飲むこともできるかもしれない。現地の子供が、“うちの父ちゃんが作ったコーヒーだよ”、とか言って出してくれたら、めちゃくちゃおいしいと思うんです」と想像を膨らませる。

さらには、将来的にカフェを開業したいという思いもある。「例えば、妊娠育児中は焙煎や販売、独身や育児後はカフェでと、女性がより長く働き続けることができる、働き方の選択肢が作れたら」。コーヒーは広く社会とつながっている。そのことを、決して掛け声だけで終わらせず、リアリティを持って行動し、形にする上野さんを見ていると、“コーヒーにできること”を身近に実感させてくれる。開店から7年を経たが、「LANDMADE」の歩みはまだ途上。上野さんが描くビジョンは、今もさらに広がり続けている。

店名は“土地から生まれたもの”を意味する造語。地域密着で地元に親しまれる店に、との思いが込められている


上野さんレコメンドのコーヒーショップは「明暮焙煎所」

次回、紹介するのは、神戸市須磨区の「明暮焙煎所」。
「同じマツモトコーヒーから豆を仕入れておられるのが縁で、初めて訪ねて以来、お互い行き来するようになり、一緒にイベント出店したこともあります。店主の田村さんご夫婦の人柄がとても良くて、地元にしっかり根付いてお店を続けておられるところに好感が持てます。近くにあったら通いたいと思える一軒です」(上野さん)

【LANDMADEのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジ レヴォリューション 5キロ(完全熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/ あり(300円~)
●豆の販売/ブレンド7種、シングルオリジン4種、100グラム500円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治


※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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