コーヒーで旅する日本/関西編|のどかな山麓に開いた洗練された空間。「THE INY COFFEE」で、アロマ際立つ濃密なエスプレッソを。
関西ウォーカー
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第64回は、奈良県葛城市の「THE INY COFFEE」。大阪と境を接する奈良県西部、緑豊かな二上山の麓にある店の周辺には、行楽客の姿も多く、のどかなロケーションも魅力の1つだ。店主の稲田さんは、この道20年近くのベテランバリスタにしてカメラマンとしても活動している、ユニークな経歴の持ち主。「人の手業を感じるものが好きで」という、根っからの職人肌の稲田さんが自ら作り上げた店には、洗練された雰囲気の中にも、どこか温かみのあるクラフト感が随所に。意外な立地と空間のギャップで、遠方からも多くのファンが訪れる一軒だ。

Profile|稲田拓実 (いなだ・たくみ)
1986年(昭和61年)、大阪府生まれ。20代の頃に勤めていた大阪の人気イタリアン・カフェで、エスプレッソマシンに出合ったのを機にバリスタの道へ。趣味の写真の仕事も続けながらバリスタとして腕を磨き、大阪のオールデイコーヒーの立ち上げに携わったあと、ブルックリンコーヒーロースティングカンパニー、ストリーマーコーヒーカンパニーを経て、2018年、葛城市に「THE INY COFFEE」をオープン。
始まりは、エスプレッソマシンとの出合いから

大阪と奈良を分かつ二上山の麓。のどかな田園風景のただ中に店を構える「THE INY COFFEE」。すぐ背後には、双子の山のむっくりとした山容が迫り、緑あふれるロケーションにあって、キューブのような真っ黒な店の姿が異彩を放つ。「ここは二上山の登山口で、界隈は近隣の方々の身近な行楽地でもあるので、おでかけやハイキングのお客さんも多いですね」とは、店主の稲田さん。もともと親族が営んでいた喫茶店の建物を、ほとんど自力でリノベートした店内もまた、黒を基調にしたスタイリッシュな雰囲気。カフェでなく“コーヒーバー”と銘打ったのは、「フルサービスの店とは違って、ドリンク=コーヒーがメインで、かつ、ちょっとカッコつけていくところにしたくて」との思いを体現している。

20代の頃は、大阪のイタリアン・カフェで働いていた稲田さん。そこで、エスプレッソマシンに触れたことが、バリスタの道を拓くきっかけだった。「初めて触れたのは全自動のマシンで、スチームノズルだけが付いてるような機体でしたが、マシンを扱う作業が楽しくて。コーヒーは中学生の頃から好きで飲んでいましたが、エスプレッソ自体、このときが初体験でした。その頃は、今みたいにマシンを置いたコーヒーショップは少なくて、イタリアンのお店くらいしか置いてなかったんです。運よく、当時のオーナーさんが、“本気でやるならいいマシンを導入するよ”と言ってくれて、マニュアル式のエスプレッソマシンを入れてもらったことで、本格的にハマって今もバリスタを続けているので、いまだに感謝しかないですね」と振り返る。

同時に、その頃から趣味で始めた写真の仕事も増え、主に音楽ライブやブランドのカタログの撮影なども並行。二足の草鞋で活動していた中で、日本にもサードウェーブの波が上陸。まだバリスタも今ほど多くなかった時代ゆえ、稲田さんの活躍の場は広がっていった。大阪・梅田のオールデイコーヒーの立ち上げに関わり、N.Y.発の人気店の日本1号店・北浜のブルックリンロースティングカンパニーなど、関西のサードウェーブの最前線を経験。さらにその後は、ワールドラテアートチャンピオンシップのアジア人初のチャンピオン・澤田洋史さんが手掛ける、ストリーマーコーヒーカンパニーへと転身。ハイレベルな環境の中で、バリスタとして腕を磨いた。
幾重にも開くアロマに、体が目覚める濃密な一杯

その時期には独立を視野に入れ、焙煎機メーカー・富士珈機のセミナーなどに通って焙煎の習得にも着手。「とにかく自分で焼きまくりました」と、独学で自分の目指す味を追求し、自らが理想とする店の形をイメージした。そうして、稲田さんが新天地に選んだのは、地元でもある奈良・葛城の田園のただ中。開放的な雰囲気は他にない魅力ながら、店を始めるには少々勇気が要るロケーションに思える。それでも、「地元の方が好きなことがしやすいと思って。ある程度、人が来るのは知ってましたし、コーヒーの味作りにも自信が持てたので、不安は全くなかったですね。逆に大阪近郊はカフェが多く埋もれてしまうので、半端に離れたところよりも、むしろ思い切って距離を取った場所の方がいいと思ったんです」と、2018年、二上山の麓で「THE INY COFFEE」はスタートした。

エスプレッソマシンとの出合いから始まり、長年、バリスタとしてキャリアを積んできた稲田さんだけに、自店のメニューもエスプレッソ推し。ほぼドリンクオンリーのメニューには、エスプレッソをベースにしたバリエーションも幅広く提案している。「ハンドドリップは家でもできるから、店でしか飲めない味を出したい」と、エスプレッソの抽出には、この店ならではの個性を追求。専用のブレンド豆は通常の倍ほどの量を使い、ネイキッドのフィルターで少量抽出。リストレットよりも、さらに濃密な風味の凝縮感が、稲田さんのエスプレッソの真骨頂だ。「一杯に対する豆の量が多いので、使う豆の自由が利く自家焙煎だからこそできる抽出。前職では深煎りで、近いものはありましたが、ここではトップレベルのスペシャルティコーヒーを生かせるよう、レシピを改良しています」という自信作だ。

カップの底にトロリと溜まった液体を含むと、重層的な鮮烈なアロマが幾重にも開きだし、濃厚なコーヒーの旨みと共に、華やかな香りの余韻が後を引く。「エスプレッソは、体に活を入れる気付けの飲み物」との言葉通りの、味の密度に目を見張る。さらに、このエスプレッソのインパクトを生かした、人気のアレンジがジブラルタル。ラテよりもコーヒーの比率が高く、マキアートよりもサイズが大きい、アメリカ西海岸スタイルのアレンジは、複雑なアロマにまろやかなミルクが溶け合い、どしっとした飲み応えとビターな後味でコーヒー好きを虜に。アイス仕立てのダーティニーなら、ひんやりしたのど越しに冴えた香味が心地よく、暑い時期にはぴったりだ。「シロップ入り、ミルク入りのメニューがあるので、砂糖やミルクは基本的に付けない」というスタンスは、自分がおいしいと信じるベストなレシピを飲んでほしいという気持ちの表れ。磨き続けたバリスタの技術を、日々の一杯に込めている。

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