「コロナは“黒船”だった」。リモートワーク支援をスタートにHQ代表が目指す「人類にとって価値のあるプロダクト」
東京ウォーカー(全国版)
――リモートワークそのものが抱えている課題があれば教えてください。また、それにどうアプローチしていますか?
【坂本祥二】そうですね……リモートワークが普及したことによって、働き方の多様性が一気に広がったことが一番大きいと思っています。リモートワークする社員、しない社員がいるし、職種によって注意すべき点がまったく違います。以前なら何となく一律にオフィスに来て一律に働いていたのが、「あっ、全然、自由なんだ」ということにみんな気づいちゃった。例えば現地に行くしかなかったと思い込んでいた商談が、実はリモートで十分だと判明したわけです。
【坂本祥二】その一方で、「この職種はリモートでいい」「この職種はオフィスに来てもらわなきゃ」などなど、働き方をちゃんと個別で考えなければならなくなりました。そこに本当にうまく対応して、リモート導入前よりも業績が上がった企業もあれば、もとのリアルに戻す、とか、戻すと言ったとたんに社員が辞めそうになったからやっぱり止める、などと右往左往している企業もあります。リモートへの対応の仕方で、企業ごとに大きく差がついている印象です。実際、地方に出張しなくてすむようになったおかげで営業の効率が上がって、地方部門の売り上げをものすごく伸ばしている某企業様は、一方で顧客の個別の事情がわからなくなるからと、逆に飲み会を増やして情報収集をされています。そう考えると、リモートワークを行いながらリアルを大事にしている、例えばお客様への直接訪問により特別感を出して、リアルの価値を高めているような企業様が業績を伸ばしているのかもしれません。この明暗は組織に軸や企業理念、パーパス(目的)があるかないか、もしくはそれを実現するための戦略が明確か否かによるものではないかと感じています。特に、今のような混乱期はなおさらそこで差がつくのではないでしょうか。
――では、御社のビジョン、企業理念を教えてください。
【坂本祥二】「テクノロジーの力で、自分らしい生き方を支える社会インフラをつくる」を我々のミッションとしています。我々が成し遂げたい社会インパクトは、3つの方向に向けられています。まず一つは個々人に向けたもので、一人ひとりに個別最適化されたサポート、まったく新しい福利厚生を届けること。二つ目は企業・組織に向けたもので、社員の力を最大化し、日本企業の可能性を開花させること。最後の三つめは社会に向けたもので、個と組織の間に豊かな関係を築いて、一人ひとりの自分らしい生き方を支える社会インフラを構築していくことです。
【坂本祥二】これまでの福利厚生は、利用用途の9割5分が一律でみんなが好きそうな食とエンタメ、財形、旅行でした。これを例えばスキルアップや子育て、更年期障害、介護などへのサポートという全く新しいものに置き換えて、一人ひとりが本当の働きやすさを得られるシステムを作っていきたい。そうして社員の力を高めることで、従業員の雇用やキャリアをしっかり支えていくような企業を増やしていきたいし、支えていきたい。実際に、社員を人的資本として向上させていきたい、ということをきれい事でなく本気で考えている企業が、コロナ前後から明らかに増えてきたと思っています。現状では課題が多いですが、その解決に我々の存在意義があると考えています。
――ここからは坂本さんご本人について伺います。仕事観、キャリア観と、起業にいたる詳しい経緯を教えてください。
【坂本祥二】京都大学の総合人間学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社、その後カーライル・グループを経て前述のLITALICOに移りました。在籍期間はここが6年半程と最も長かったです。最初の2社の時代とLITALICOの時代とでは人生における仕事の位置づけがまったく違いました。もともと障害や教育の領域には大学時代から興味があって、施設のボランティアなどの勉強もしていたのですが、自分の仕事にするイメージはゼロでした。ボランティアは仕事で稼ぎ切った人がやるというイメージがあって、若さもあってか「バリバリ働かなきゃ」とか「スキルアップしなきゃ」と考えていました。最初の2社で僕が主に関わった、急成長しているテクノロジー業界のM&Aや資金調達は、ある意味で資本主義の極北です。マネーゲーム的な要素もあって、それはそれで楽しかったのですが、一方で諦念というか、「まあ、仕事ってそういうもんだろう」と斜に構えてるところがありました。
【坂本祥二】そこでたまたまLITALICOの当時の社長に出会いました。真剣に力強くビジネスをしながら社会的意義をピュアに追いかけている。「こんな仕事もあるのか!」と感動して、社長と意気投合しました。「でも、僕みたいなタイプの人間を、福祉業界は受け容れてくれないでしょう」と聞いたら、「いや、むしろそういう人こそ必要なんだよ」と言われ、同社に転職しました。
【坂本祥二】実際に仕事をやってみると、超アナログな福祉の世界で、金融やITの力を本当に生かすことができました。個別最適を目指して支援していくとか、個々の障害者に寄り添うのは、実は金融・テクノロジーが最も得意とするところだと気づいたんです。組織のための組織、システムのためのシステムではなく、個人の側を軸に社会システムを構築する――LITALICOではそういう文脈で働いていました。が、そこでコロナ禍に見舞われたところで、冒頭で申し上げたとおりに「やらなければ後悔する」と思って起業した次第です。コロナは二度も来ないでしょうから、チャンスは一度きりです。
【坂本祥二】企業の福利厚生も、福祉と同様にいまだにアナログで、ほかの世界と比べると金融・テクノロジーでできることがまだやり尽くされていません。一応、システムっぽいものはあるけれども、一流のエンジニアの魂のこもったプロダクトはまだないんです。当社のエンジニアにはグーグルやマイクロソフトに長く在籍した者や、スタートアップでCTO(最高技術責任者)をしていた者もいますが、そういうプロダクトに技術と情熱を持った彼らがこの領域で力を振るえば、大きなインパクトを生むことができると信じています。
【坂本祥二】僕はサラリーマンとしてでも、仕事をそこそこ楽しくやっていけるタイプ。経営者に転じた際、最初のゼロからイチを立ち上げるところ、最初の社員を雇うのをはじめとした、こまごまとしたこと全部が一番面倒くさかった(苦笑)。薄氷を踏むような過程がゼロイチの宿命ですが、そこが好きだというわけでもありませんでしたが、起業して2年経ってみると、規模以外で前職に近い安定感は出てきたものの、やはり強い気持ちが必要なものなのだと感じました。
――現在、長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳にお住まいで、そちらからリモートでお仕事をされてるんですよね?
【坂本祥二】はい、1年半前から住んでいます。鹿や熊、猿がよく出ますし(笑)、特急「あずさ」がよく鹿を轢いて停まってます。とにかく自然が素晴らしいうえに、有機農業が盛んで、家族も自分で育てて食べていますし、知り合いの鶏が生んだ卵を譲ってもらったりしています。おいしいレストランも多くて、しかも東京と違って混んでいません。現在は小学生と保育園児の2人の子育てという意味でもいい環境だと考えています。移住は家族の意見が大きかったのですが、自分でも単純に豊かに暮らし、働きたいと思って、それまで住んでいた東京・千代田区からこちらに移りました。

【坂本祥二】我々の会社は基本的にリモートで働いていますが、今も週1回、強制ではないですが出社日を設け、僕も都内に出向いています。ここから東京までは、電車で約2時間と割合近いですよ。ただ、仕事の効率をちゃんと計測してみると、リアル出社したときにかなり落ちるのは確か。だから、みんなリアル出社を否定こそしないものの、営業部門からは「商談の効率や行動の速度が落ちる」、エンジニア部門からは「集中しにくい」という改善の要求も出ています。ただ、オフィスではなくイベントのような態の集まりはよくやっていて、そこは好評ですね。社員どうしが仲良くなるとか、ビジョンや理念、バリューなどを、僕が話すのではなく個々の社員が主体者としてそれを体現する。そういうことならリアルで感情を共有したほうがいいし、無味乾燥なオフィスでやるよりテンションが上がりますね。
――仕事上で大事にされている言葉や信条はありますか?
【坂本祥二】2つあって、一つはちょっと青臭いですが、人にとって、人類にとって価値のあるプロダクトをつくる。そこを一番の軸にしていろいろなことを判断しています。これがないと、自分のなかで火が消えてしまうというか、「ま、いっか」「何で働いてるんだっけ?」という具合に気持ちが萎んでしまいます。もう一つはもう少し身近なことで、自分と関わる、出会う方々とお互いに高め合う関係、win-winの関係を築いていくことです。特に社員一人ひとりの人生にとって、ここで働くことがよいほうに作用する、逆にその社員がちゃんと会社に貢献する、という関係を作っていくことです。それができてくると、あらゆる人間関係がよいものになると思っていますから、そこにはこだわっていますし、そこがズレてるなと思ったときには例外なく言いにくいことでも言うし、言ってもらいます。
――最後に、今後の野望を聞かせてください。
【坂本祥二】非常に大きなマーケットなので、ビジネスとして大きくしていくこととセットで、一人ひとりの豊かな人生に貢献する、産業をゼロから塗り替えるようなプロダクトを生み出したいですね。投資家の方々にはよく「時価総額1兆円を本気で目指すからね」と言っています。
【坂本祥二】ロマンとソロバンは両建てでいかなければと考えています。ビジョンを提示するだけで、ビジネスモデルづくりやほかからの参入障壁作りから逃げて成功した人は、今まで見たことがありません。成功した人は、必ずそこをものすごく考えて手を打っています。そこは自分でもしっかりやらなければいけないし、HQを1円にこだわるシビアな企業にしなければいけないと思っています。
大きな環境の変化をチャンスと見て自ら起業した坂本さん。変化を契機に業績を伸ばした企業とそうでない企業とではどこが違うのか、その知見には説得力があった。大きな志と、それとは裏腹のシビアなソロバン勘定は、どちらも常に心しておくべき経営の両輪であろう。
この記事のひときわ
#やくにたつ
・キャリアでの経験を新しいビジネスに活かす<br />・仕事で実現したい軸を明確にする
取材・文=西川修一
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